スピード違反の魔法のほうき

@ramia294

第1話

 現在、この国のほうき職人の作る魔法のほうきの品質は、安定しています。


 魔法の畑で収穫される、ほうき草は、魔法使いの農夫たちが、一生懸命、世話をするので、とても高品質。


 現在主流のほうきのは、人間が竹の子を採った後の竹が見る夢。つまり、失った竹の子が育つはずだった竹の夢です。

 育つはずだった竹。

 たった一晩だけの幻。

 この国の魔法のほうきの最大の特徴です。


 夢見る竹が、朝の光で目覚める前に、幻の竹を収穫して、永遠の夢の呪文を記した呪術紙で、しっかり巻きます。


 秋空に高く浮いた雲を魔法の糸巻きで糸にして巻き取った糸を呪術紙の上からしっかり巻き付け、補強します。


 出来上がったほうきの柄の底に一カ所、小さな穴を開けます。60年以上生きている黒猫が落としたヒゲを穴に差しこむと、収穫して、形を整えた箒草が、吸い寄せられて勝手に集まってきます。


 人間が捨てた夢を拾い集めて、十年も保存していると、夢の周囲の余計なものは、溶けて消えていき、中心部のかつて情熱だった物だけが残ります。その夢の残骸で帯を作り柄と箒草の接合部分を巻いて、完成です。


 現在主流の魔法のほうきは、魔力の消費が小さく、乗り心地も良く、コントロールも簡単と魔法使いたちに好評です。

 僕たち、ほうき職人は、魔法使いのために、少しでも良い物をと、頑張ってきました。


 しかし、過去のほうきは、こうではなかったらしいです。野生の箒草と、不死鳥の炎で焼かれた栗の木の残骸を削り出した柄に、人魚の織る海藻の帯を巻いたものは、速く飛べますが、魔力の消費が激しく、長距離が苦手だったそうです。


 魔法畑で箒草を作り出した当初は、品質が、安定しなかった事もあるのでしょう。バオバブの木を削り出した柄に、空飛ぶクジラのヒゲで箒草を巻き付けたものは、コントロールが難しく、ほうきの好き勝手に、飛んで行きます。


 昔のほうきは、確かに今の物に比べると、劣っていたかもしれません。

 しかし、個性の光る面白い物でした。


 貯まりすぎた有給休暇を取って、ノンビリしておいでと親方に言われた僕は、旅に出ました。 

 しかし、仕事が好きな僕の旅の目的は、自分のほうきを作る事です。


 現在絶滅しかかっている、野生の箒草を求めて、魔の森へやって来ました。

 この森には、あまり魔法使いは、近づきません。


 白い綿毛の様な幻惑の種が、フワフワ飛んでいたり、動くものなら何でも襲いかかる、ヨロイアリや、魔法使いが、大好物の空飛ぶ食虫植物が、いるからです。


 森へ一歩踏み込むと、幻惑の種が近づいてきました。

 永遠の夢の呪術紙と夢幻の竹で作った魔法の扇子を開き一閃。巻き起こした空気の渦が、幻惑の種子を巻き上げて空高く吹き飛ばしました。

 幻惑の種子が、永遠の夢の中で、魔の森の空を永久に彷徨う事になりました。


 体長15センチのヨロイアリには、ハチミツを塗った短い槍を10本、地面を丸く囲む様に、深く突き立てると、アリは、囲まれた円に入りました。


 ヨロイアリが、全て入った事を確認すると、空飛ぶクジラのヒゲで槍を繋いで結界を作り、円を閉じました。


 ホッとしていると、いきなり食虫植物が飛びついて来ました。

 油断していた僕は、葉っぱに包み込まれました。

 この植物は、本体から葉っぱを自切りして、自在に空中を飛ばします。

 獲物を見つけると、飛びついて巻き付き、そのまま消化しながら本体に戻り、栄養を吸収します。


 葉っぱに巻き付かれ、身動き出来ず、この植物に襲われた時のために、用意しておいた、青虫たちを入れたカゴの蓋を開く事が出来きません。


 突然、葉っぱが、力を失い、硬く縛った紐が、ほどける様に、滑り落ちました。


 本体らしき植物が、焼かれています。


 どうやら、たまたま近くを飛んでいた火の鳥を襲ってしまったようです。

 しかし、火の鳥は、巻き付かれたまま炎で、葉っぱを焼き切った時に、火傷を負ったようです。


「火の鳥さん。助かりました。危なかったです。しかし、火の鳥さんも火傷をするのですね」


「まあ、肉体再生でどんな傷も火傷も治るのでね。気にしないよ。それにしてもこの森に、人間とは珍しい」


 気にしないと言いながら、火の鳥は、顔をしかめています。

 僕は、治癒の呪術紙を取り出し、火の鳥の火傷に巻き付けました。


「僕は、野生の箒草を探しに来ました。僕は、ほうき職人で、昔の様に、個性あふれる魔法のほうきを作るのが、夢なのです」


「変わった夢だな。魔法使いの乗るほうきは、現在とても高性能だと聞いているぞ」


「僕は、昔の個性的なほうきをもう一度この手で作ってみたいのです」


 火の鳥は、少し考えて、言いました。


「今から僕と一緒にある場所に来てほしい。遠くはない」


 僕は、火の鳥と森の奥へ行きました。


 森の奥には、真っ白な山がありました。


「これは、灰?」


 手に取り握ると、指の間からこぼれ落ちる程の小さな粒子の灰です。


「そうだね、灰だ。私自身が新たな肉体に生まれ変わった残骸だ。よければひとつかみ持って行くと良い」


 僕が袋の中に灰を入れると、火の鳥が尾羽をひとつ抜き灰の中に放り込みました。とても美しい尾羽は、ゆっくりと灰の中に沈み込んでいきました。


 一分後、火の鳥に、言われました。


「灰の中を確認してごらん。君にプレゼントだ」


 灰をかき分けてみると、尾羽は巨大になり、ほうきの柄に最適な大きさになりました。


「これは、新しいほうきの柄にちょうど良いです。どうして、初めて会った僕にこんなに親切にしてくれるのですか?」


「君も初めて会った僕に、火傷の治療してくれたじゃないか。どんな人なのか分かるよ」


 火の鳥が笑っていた。


「君の探す箒草の自生地なのだが…。実はこの場所だった。済まない。この場所で肉体再生をしてしまった。箒草は焼けてしまったが、お詫びに箒草を固定出来そうな糸を紹介するよ」


 ポケットから、小さくした魔法のほうきを取り出して復元の呪文を記した呪術紙で撫でました。


 元の大きさに戻った僕のほうきは、火の鳥の後を追いながら飛びました。


「彼女は、争いと平和の女神。彼女が、昼間に紡いだ糸は、この世に平和をもたらし、夜に紡いだ糸は、争いをもたらす」


 火の鳥が僕を連れて来たのは、海辺の大きな建物でした。紹介された美しい女神様が、糸を紡いでいました。


「あら?火の鳥さん。再生されたのですね。さっそくケガされたのですか?相変わらずのヤンチャぶり、でも、その姿は、可愛くて素敵ですけどね」


 火の鳥は、女神様のペースに巻き込まれません。


「この人間が、魔法のほうきを作るための糸を探している。あなたの紡いだ糸を少し分けてやってくれないか」


「あら、それは困ったわね」


 困っている女神様は、とても可愛く思いました。


「昨日使いが来て、時の女神に送ったところです。そうですね…余っているのは、これくらいですか」


 女神様が、取り出した糸は、金色に輝いていました。


「これは、太陽の神が居眠りして、白夜になってしまった夜に紡いだ糸。正直、争いの糸なのか平和をもたらす糸なのか、分からないわ。おそらくどちらでも無いと思う」


 僕は、ありがたく頂きました。


 この建物に、冥界の神様が訪ねられていました。

 何でも地上の戦争が多くなり、死後の国の受け入れ準備が、忙しくなり過ぎたため、争いの糸の量を減らしてくれるように、頼みに来たということでした。


「箒草なら、我が国にもあるぞ。よければ、採ってもよい。特別に命のある身のままで、冥界に行けるように、この帯をあげよう」


 冥界の神様は、時の女神が織った布で作った帯を僕にくれました。

 僕は、神様にお礼を言って、冥界の箒草を頂きました。


 火の鳥の尾羽を磨き、形を整えた柄に、冥界で仲良くなったケルベロスのヒゲを差し込むと、箒草は自ら集まりました。

 女神に貰った金糸で固定した後、時の女神の帯で、補給しました。

 火の鳥の灰を焼き固めたシートは、まったく重さを感じません。シートと同じく灰で作ったステップを取り付けて僕のほうきは、完成しました。


 さっそく試乗してみます。 

 とても軽いほうきです。

 乗るとフワッと浮き上がりました。

 軽く飛んでみようとしただけなのに、ステップに足がかかった瞬間、猛烈な勢いで飛び出しました。

 音速を軽く超え、衝撃波を撒き散らし、時間の壁さえ超えて飛ぶほうき。僕が、必死に飛行を止めてホッとしていると、サイレンが鳴り響きました。


「スピード違反です」


 魔法パトロールに反則切符を切られました。



           終わり(;^_^A








 

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