真夏の雪だるま(その6)

北町奉行の小田切土佐守の大岡裁きは、江戸の庶民のよく知るところとなった。

ということは、ひと月以内に、植辰が吉乃の身請け金を作ると悪党にも知れ渡ったことになる。

そこに大金があれば、何があろうともそれを奪いに行くのが悪党の性。

草木も眠る丑三ツ時(午前2時)、中野の植辰の母屋で独り身の若い衆は一階の大広間で、女房を早くに亡くした大旦那の辰五郎はひとり奥座敷で寝入っていた。

心張り棒など難なく外した四人ほどの盗賊が音もなく忍び入った。

さすがに若い衆が目覚めて、

「泥棒だ!」

と叫んだので全員が起き出した。

だが、先に夜目に慣れた盗賊たちは、暗闇の中でも若い衆の動きを見切って、次々とこん棒で殴り倒していった。

「あっ、お前は!」

奥座敷から姿を見せた植辰が、手燭をかざして頬被りした若者を照らし出した。

それを見た頭が、匕首を抜いて辰五郎に襲いかかった。

辰五郎は手にした脇差抜いて応戦した。

腕に自信のある辰五郎だが、なまじ腕が立つと、とんだ落とし穴がある。

「先生、お願いします」

頭が、後ろを振り向いて呼びかけた。

後ろに控えていた牢人者がおもむろに進み出て、抜きざまに大刀を払うと、辰五郎はあえなく虚空をつかんで崩れ落ちた。

辰五郎の足元の手燭を取り上げた頬被りの若者は、まるで我が家を歩くように奥座敷に入り込み、床の間の掛軸の裏の壁穴に手を突っ込み、銭函を掴み出した。


やっと失神から気がもどった若い衆が、押っ取り刀で中野の番所へ駆け込んだが、時すでに遅かった。

番所が捕り手を集めて植辰にやって来たが、身請け金を奪った盗賊は、すでに立ち去っていた。

ただ、辰五郎を殺した盗賊は、痕跡を残していた。

「俺がやった」

とばかりに、倒れた辰五郎の鼻を削いでいた。

そんな大それたことをしでかすのは、鼻削ぎの悪源太しかいなかった。

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