真夏の雪だるま(その5)

亡八というのは、どうにも頭の血のめぐりの悪い奴らばかりで、中野から帰った仲間から話を聞くと、その日のうちに六人ほどが捜索隊として宇都宮へ向かった。

それを伝え聞いた植辰の、こちらも血気盛んな若い衆五人ばかりが、亡八どものあとを追った。

昨夜来の豪雨で利根川が増水したせいで、古河の手前でとどまっていた亡八一行に、植辰の若い衆が襲いかかった。

狂犬と狂犬が素性丸出しですさまじい闘いになった。

騒ぎは大きくなり、古河藩の奉行役が駆けつけ、亡八どもと植辰の若い衆を一網打尽にした。


植辰は、大名屋敷や大身旗本の造園を一手に引き受け、中野あたりの火消しの役も頂戴していた。

一方、亡八を抱える吉原も、御免状をいただく公許の妓楼なので、この騒動はお上の知るところとなった。

この案件は、江戸北町奉行の小田切土佐守の預かりとなった。

土佐守はしばらく熟慮したあと、

「亡八が、足抜けした女郎を追うのは、これは当然の仕事なのでお咎めなし。植辰の若い衆は、兄貴と慕う若頭を守ろうとしたあっぱれな義挙なので、こちらもお咎めなし。女郎ながら、恋する男に添い遂げようとする吉乃は烈婦である。その女郎の心意気に応じようとした得三も見事な男ぶり。ただし足抜けはご法度なので、吉乃はいったん栄屋にもどし、得三は小伝馬の牢で一ヶ月の服役の後、大旦那の辰五郎が吉乃の身請け金を払い、ふたりを夫婦にする」

という裁断をした。

辰五郎は、寛大な処置に感服し、身請け金を払うのはもとより、

「得三と吉乃を夫婦養子として迎え入れた上で家督を譲る」

と誓紙に認め、お奉行に差し出した。

世間は、この大岡裁きをした土佐守を、

「大岡越前守以来の名奉行」

と、褒めそやした。


すべて八方丸く収まったかに見えた・・・。

だが、この後は、蛇の道は蛇というか、悪銭の匂いがするところに悪党が群がるのたとえ通りの展開となったから、世の中というものは分からない。

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