真夏の雪だるま(その4)

亡八にすごまれた植辰の若い衆は、足元の盆栽にけつまずきながら、母屋へ向かって駆け出した。

それを追いかける亡八。

すると、鎌や植木挟を手にした植木職人たちが、ばらばらと母屋から駆けつけ、亡八を取り囲んだ。

「これはまずい」

と思った浮多郎、

「御用の筋で詮議に来た」

と、抜きたくない十手をかざして制止し、大旦那に面会を求めた。


「ひと月ほど前、京町の栄屋で芸者をあげて大騒ぎをしたのは確かだ」

奥座敷にでんと座った大男の辰五郎は、部屋中に響くような大きな声でいった。

栄屋に数年来の馴染みの太夫がいるという。

「それもこれも、得三が手掛けた、さる大身旗本の庭の枯山水風の造作が思いのほか出来がよく、お殿さまから過分の褒賞をいただいたので、得三に遊ばせてやろうと思ったのさ」

という辰五郎は、どうにも豪気な性分のようだ。

「それに、今度の吉原の真夏の雪見の仕事だ。それで、得三に前祝で金を渡したのさ。それで、ひとりで栄屋に登楼して女郎と馴染みになったのだろう。俺に似て、宵越しの金は持たねえ見上げた野郎だぜ」

などと、江戸っ子風を吹かせて、さかんに得三を持ち上げる。

その話の腰を折るように、

「その真夏の雪見に、得三さんが造作した評判の雪だるまですが、雪見が終われば、その場で壊すはず。それが、わざわざ大八車で中野くんだりまで運んで来たそうで。ちょうどその日の朝、栄屋の振袖新造の吉乃が行方知れずになり、大騒ぎになりました。・・・どうも、その雪だるまの中に、女狐がまぎれ込んだようで」

浮多郎がいい立てると、辰五郎はとたんに血相を変え、

「親分さん、何ですかい、うちの得三が吉原の女郎をかどわかしたとでも・・・」

「かどわかしたとはいいません。これだと、女郎と示し合わせて足抜けしたようで」

「足抜けだって!何の証拠があって、そんないいがかりを」

「ああ、証拠は何もありません。すべては、あっしの思い込みで。得三さんをここへ呼んでいただいて、本人が釈明すれば済む話です」

酒呑童子のように顔を真っ赤にした辰五郎は、片膝突いてつかみかからんばかりの勢いだが、浮多郎は一歩も引かない。

「得三は宇都宮だ」

「それは、先ほどそちらのお若い方からうかがいました。はりぼての雪だるまと女郎の着物を焼き払うと、すぐに出かけたようで」

それを聞いた辰五郎は、太い首を巡らせて若い衆を睨みつけた。

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