真夏の雪だるま(その7)
ふつう大物と呼ばれる盗賊は、狙いを定めた大きな商家などに下働きとして手下を送り込み、二三年ほどじっくりと様子を見る。
金の在り処やひとの配置などを見定めてから、住み込みの手下に手引きさせて一気に襲う。
金品を奪ったあとは、すぐに江戸を離れて関東近郊で二三年優雅に暮らし、次の獲物を物色する。
どうも、鼻削ぎの悪源太は大物ではないようだ。
のべつ押し込み強盗をする。
だが、尻尾はつかませない。
やられっぱなしの火盗(火付け盗賊改め)は、悪源太は押し込み強盗の時だけ徒党を組み、ふだんは手下ともども定職についているのではないかと思い定めていた。
植辰の若い衆のひとりが、棒で打たれて悶絶しながらも、賊の中に見知った者がいたようなことを辰五郎が口走ったのを覚えていた。
別の若い衆は、
「先生」
と呼びかける悪源太の声を聞いていた。
辰五郎の斬られようを見ると、右脇腹から逆さ袈裟懸けに見事に一刀で斬られていた。
腕の立つ用心棒の牢人者の仕業にちがいない。
火盗を担う先手組の御用もする浮多郎は、うだるような暑さの中を、辰五郎の縁者をたずねて回った。
それで、辰五郎に勘当した息子がいることが分かった。
浮多郎は、小伝馬町の典獄にいる得三をたずねた。
得三は、初めから牢獄には入らず、牢役人の部屋で寝起きしながら、囚人たちの世話をしていた。
辰五郎が、押し込み強盗に遭って殺されたのはすでに知っていて、
「あっしがこんな所にいなければ、大旦那を守れたかと思うと残念でなりません。それもこれも、吉乃に惚れて足抜けなどという途方もないことをしでかした報いです」
と、肩を落として涙を流したが、
「・・・たしかに、あっしが植辰に見習いで入った時に、惣領の辰郎さんはまだ家にいました」
辰五郎の息子の辰郎の話になると、遠くを見るような目をして昔話をはじめた。
女房を早くに亡くした辰五郎は、息子にかまける暇がなかったので、辰郎は二十歳になる前から悪所通いや博打に精を出し、いっぱしの極道になっていた。
「どういう訳か、大旦那はあっしに目を掛けてくれて、辰郎さんを勘当してしまいました」
辰五郎は、得三の働きぶりを見て跡継ぎにすることに決め、ひとり息子を廃嫡したのだろう。
「この辰郎さんとやらには、どこで会えますかね」
浮多郎がたずねると、察しのいい得三は、
「まさか、辰郎さんが・・・」
と、信じられないという顔をした。
親殺しは、磔の刑の大罪だ。
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