真夏の雪だるま(その3)

仲ノ町に大木を運び込んだのが植辰で、そこの大旦那がひと月ほど前、京町二丁目の栄屋でどんちゃん騒ぎをして、連れて来た得三という若頭だけが居残って吉乃がついた。

その後、得三だけが二度三度と吉乃に登楼して、朝帰りしたという。


それを聞いた浮多郎は、亡八のひとりを連れて、中野に広大な土地を持つ植辰の園芸場をたずねた。

植木屋といっても、大名や旗本の庭の植栽から造園まで手広く手掛ける、いわばお上の御用達だ。

裏手から入ると、物置小屋の前で焚火をしたあとがあった。

この暑い真夏に?

焚火のあとを棒きれでかき回すと、竹と紙切れと女物の着物の燃えカスが見つかった。

母屋の裏の三段棚の盆栽の水やりに余念のなり若い衆に小粒を握らせ、

「こちらの若頭の得三さんが、三日ほど前、吉原からはりぼての雪だるまなんか持って帰りませんでしたかね」

といって、浮多郎は下手に出た。

「ああ、吉原で真夏の雪見をするってんで、兄いが張り切って作った雪だるまのことでしょう。あっしらにも見せてくれるってんで、わざわざ持って帰りましたね」

「その雪だるま、まだこちらにありますかねえ」

「いやいや、その日のうちに裏庭で燃やしてしまいました」

「それは残念。吉原で大評判をとったそうで、ひと目拝みたかったのに。・・・ところで、その雪だるまの中に女狐なんかいやしませんでしたかね」

「女狐、ねえ・・・。あっしじゃ、分からねえんで、ちょいと母屋で聞いてきます」

しきりに首をひねる若い衆が、水桶を置いて歩き出すのを押しとどめた浮多郎、

「ところで得三さんは、今おられるんで」

とたずねると、

「あ、いや。今は、いません」

「どちらへ」

気のいい若い衆は、小粒なんぞもらったせいか、

「ああ、郷里で法事があるとかで出かけました」

「郷里は?」

「宇都宮の在です」

たずねられるままに、ぺらぺらと答える。

吉原や岡場所の妓楼では、同じ郷里の女郎を客につけないのを鉄則にしている。

郷里が同じだと、男女の仲がいっぺんに深まるからだ。

そういう意味では、栄屋はドジを踏んだようだ。

「やいやい、得三は女郎を連れて逃げたんじゃねえのか。白状しちまいな」

傍らで話を聞いていた亡八が腕まくりして、脅しにかかった。

腕っぷしは強いが、頭の中はからっきしなのが亡八なのだ。

孔子の説くひとの道、仁・義・礼・智・忠・信・孝など八つの徳目を忘れたひとでなしのことを亡八という。

若い娘を安く買い叩いて高級女郎に仕立て上げ、客に高く売る女郎屋の楼主のことを亡八というが、その手下の用心棒もまた亡八にはちがいない。

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