Lookalike

@Tarou_Osaka

本編

 ここ、人が住んでるの? それが、高校時代にわたしの実家を見た友達の、率直な意見。山小屋と言えば聞こえが悪いけど、そこはおしゃれにロッジと呼ぶようにしている。表札には、そっけない『高市』の二文字。書いてはいないけど、続く名前は、義雄、春子、有紀、初音の四人。わたしは高市家の末っ子。有紀とは双子で、わたしの方が少し背が高い以外は、よく似ている。おそろいの日に二十二歳になったばかりだから、高校時代と言っても、つい数年前のことだ。それに、今新しく覚え出したことより、その頃の記憶の方が鮮明だったりする。例えば、自分が体験したわけではないけど、両親の昔話とか。

 お父さんは、わたしが生まれるより何年も前、何もなかったこの場所に家を建てることを思いついた。当時、登山道の入口として開発途上で、旅人が一休みするにはうってつけの場所だったらしい。今もマイナーながら、休憩場所として機能している。シンプルなご飯しか出せないけど、二組までなら宿泊もできる。お父さんは、特に夢や希望を持ってロッジを始めたというわけではなかったらしい。お母さんはよく『私たちは手に職がなかったから、当時は食べていくのも大変だったのよ』と言って笑った。今から二十三年前の話。写真で見せてもらうと、何もかもが古く見える。思い出話は楽しい。でも、これから新しく作っていく記憶は、二人には刻まれないだろう。

 去年の暮れ、二人は揃って若年性認知症と診断された。気づいてみれば、ホームに入るまでの一年ほどは、変なことだらけだった。車のトランクが開きっぱなしだったり、エプロンが客間に放ってあったり、有紀と後片づけをしながら、一度だけその話をしたことがあった。

『こんなとこに置いとくなんて。やばいのかな』

 わたしが言うと、有紀は首を傾げた。

『まだ五十半ばだよ。大丈夫じゃない?』

 結論から言うと、大丈夫じゃなかった。家にいる人間が突然半分に減るのは変な感じだ。親戚のおじさんは、二人の症状のせいで、わたし達が危険な目に遭うことを何より心配していた。自然の脅威の中で生きている以上、ミスは許されない。冬場なら、ドアや窓をちゃんと閉めずに夜寝てしまったら、朝には凍死しているだろう。車のエンジンがかからなければ、買い物にも行けない。食べ物を確保するタイミングを見失ったら、それはひもじい思いをする。わたしはそれを、十七歳のときに経験した。

 高校二年生の冬。一週間ほど、家の隣で栽培している野菜の煮つけだけが出たときがあった。それも、冬だから収穫できる量も知れていて、布団にくるまる頃には、もうお腹が鳴っていた。当時、わたしはバドミントン部に所属していた。有紀は帰宅部で、よく家で本を読んでいたから、そこまで空腹ではなかったと思う。お父さんもお母さんも、足るを知るといった感じで、あまりがっつく感じはなかった。そんな感じで、ダメージを受けたのは、結局わたしだけだった。一週間ほど野菜生活が続いたあと、わたしは練習中に貧血で倒れて、手首を折った。それで、バドミントンはあっけなく引退。回復したらどうしようとか、そんなことを考える気には、なれなかった。

 生活サイクルが変わって初めて気づいたこと。それは、見たことのない車が夕方六時ぐらいまで停まっているということだった。練習を終えて終バスで帰ってくる部活時代には、見たことがなかった。暗い色の古いセダンで、ある日窓から外を眺めていると、その持ち主が帰ってくるのが見えた。有紀と手をつないでいて、彼氏なんだと気づいた。有紀がわたしに気づいて手を振り、男の人も手を振った。わたしは手を振り返した。後で有紀に根掘り葉掘り聞いて、色々と教えてもらった。名前は、石岡智則。二十三歳。結構年上だなと思ったけれど、お父さんとお母さんは何とも思っていないようだった。むしろ、歓迎しているようにすら見えた。

『あんたも、お姉ちゃんみたいに髪を伸ばしたらいいのに』

 わたしは、有紀に比べると背が高くて、髪も短いから、女の子らしい雰囲気はあまり持ち合わせていなかった。髪を伸ばさなかったのは部活で邪魔になるからだったけど、辞めたからその必要もない。でも結局、わたしは今も同じ髪型だ。三年生に上がって、大学へ進学することが決まり出した頃に、有紀が部屋で泣いているのを見つけて、石岡さんとは別れたのだということに気づいた。慰めたり、かけてあげられる気の利いた言葉は見つからなかった。だから、わたしは隣に座って、膝枕に有紀を寝かせた。言葉はなくても通じたらしく、しばらくすると落ち着いたように目を閉じた。

 お母さんは何でも写真に撮る人だった。だから今は持ち主のいない部屋には、床が抜けるんじゃないかと思えるぐらいに、家族のアルバムがある。ほとんどが家の中で撮ったもので、山道や頂上の風景も一部あるけど、ほとんどは人が写っている。ほこりをかぶっているものもあれば、真新しいものも。高市家の歴史。

 先月家の掃除をしていて、お父さんの部屋にも久々に入った。アルバムを繰っていると、石岡さんの写真が出てきた。すぐに、五年前の記憶が蘇った。それは、ずっと頭の中を巡らせることができるくらいに、鮮明だ。片方の手を包帯でぐるぐる巻きにしたわたしと、家で本を読んでいる有紀。来年、わたし達は大学を卒業する。お互い就職先も決まったし、あの家に誰かがいるということ自体、かなり稀になるだろう。有紀は県外へ、わたしは県内だけど、引っ越し先の方が、お父さんとお母さんが入所しているホームに近くなる。

       

 今、慣れない駅前の喫茶店で、わたしは自分が頼んだコーヒーが運ばれてくるのを待っている。そして、店の入口の辺りで、少し遅れたことに引け目を感じながら店内を見回しているその姿は、窓から見下ろすわたしに気づいて、有紀とわたしの顔を代わる代わる見ていたときと、あまり変わっていない。わたしを見つけて、向かいの席に座った石岡さんは、言った。

「久しぶりだね」

「お久しぶりです」

「会社の前、よく通るの? びっくりしたよ。あの後、同期に怒られた」

 石岡さんは、もう一人と営業車を洗車しているところだった。わたしが門ごしに声をかけると、その声ですぐ気づいたらしく、ホースを持ったまま振り返って、一緒に洗車していた人の頭がびしょ濡れになった。そのときの様子を思い出してわたしが笑うと、石岡さんはそれを待っていたように、続けた。

「いやーほんとさ。五年経つと人って変わるけど、高市さんは変わらないね」

「そうですか。同じ髪型だからですかね?」

「色々思い出してきたよ。高市さんに比べると、お姉ちゃんは髪が長かったな」

 わたしの前にコーヒーが運ばれてきて、石岡さんはバツが悪そうに同じものを頼んだ。わたしが角砂糖を溶かしている間、その目が手に向いているのが、何となく分かった。

「部活をやめたんだったね。それで時間がずれて、おれがお邪魔するときに、家にいるようになったんだっけ」

「わたし、そんな話しましたっけ?」

 わたしが言うと、石岡さんは肩をすくめた。

「部活を辞めたことは、有紀さんから聞いてた」

「わたしも初音でいいですよ」

 わたしが言うと、石岡さんは自分のルールに反することをしているみたいに、気まずそうに一度咳ばらいをした。

「大丈夫ですか?」

 石岡さんはお冷を一口飲んで、うなずいた。

「いや……、いやあでもさ。何というか、悪いことをしたなと」

「有紀は、今でもよく話をしますけど。そんな悪い風には言ってませんよ。振ったのは、有紀のほうなんですよね」

 五年前、部屋で泣いていた有紀。膝枕を通じて、心臓まで届いた言葉。

『あの人とは、未来がないの』

 石岡さんには、婚約者がいた。有紀は自分で発した言葉でもう一度刺されたように、しばらく肩を震わせると、『だから、きっぱりやめる』と言った。そうやって、禁煙するみたいに、付き合いを解消した。だから、石岡さんと有紀の両方にとって、完全に終わった話じゃないというのは、第三者の目線で見ていたわたしにも、よく分かった。

 わたしは、大学の願書を出すときに、一度だけ石岡さん一家を街で見かけている。奥さんがいて、子供がベビーカーの中にいた。有紀と付き合っていたとき、おそらく、奥さんは身ごもっていたのだろう。それから四年が経って、営業車に向けたホースを握る石岡さんの左手には、すでに指輪がなかった。

「結局、離婚したんだ」

 石岡さんは言った。わたしは、無意識に薬指を見ていたことに気づいて、慌てて視線を逸らせた。そのことを有紀に話すと、興味なさげに視線を寄越しただけだったけど、晩御飯のときに話に出て、二人で厨房の掃除をしているときに、また話題になった。

「そのときはうまくいきそうでも、わからないですよね。先のことなんて。後悔はありますか?」

 わたしが訊くと、石岡さんはすぐにうなずいた。

「子供だな。償わないといけないからね、四歳になるんだけど、会えるだけ会ってるよ」

 どうして離婚に至ったのか、わたしにはその理由が分からなかったけど、それは石岡さんの口から聞いたところで、はっきりとしない気がした。二人の間にあったことを、神の目線で公平に語ることなんてできないだろう。石岡さんは、しばらく宙を泳がせていた目線を、わたしの手の辺りで止めた。

「あかぎれ、大丈夫?」

 わたしの手先はいつもボロボロだ。親戚のおじさんの助けも借りながら、『ロッジ』の仕事は続けている。今までお母さんが作っていた料理は、有紀とわたしが分担しているし、洗濯や掃除も全部自分たちの手に委ねられている。

「花嫁修業中なんで」

 わたしはそう言うと、コーヒーの残りを飲み干した。

「そうなんだ。あの家に住んでるんだよね?」

「ええ」

「おれ、いつも車で行ってたんだけど、結構怖い場所だよね」

 登山道の周りには、いくつも手ごろな崖がある。高市家は、昔からボランティアで見回りをしていた。

「怖い場所、確かにそうですね。わたしも有紀も、麻痺しちゃってるのかも。でも、ご飯には自信があります。有紀は、是非ご飯に招きたいって、言ってます」

「おれを?」

「ええ、うちはロッジなんで。レストランみたいなものですよ。ただ、あまり凝ったものは出せないし、わたし達と一緒に食べることにはなりますけど」

 そう言って笑うと、石岡さんは戸惑った様子で苦笑いしたが、しばらく考え込んだあと、言った。

「道、覚えてるかな……」

 わたしは、石岡さんの目をじっと見つめた。石岡さんの諦めたような笑いが表情の奥に見えたとき、ダメ押しをするように言った。

「覚えてるでしょ? 来週末とかどうですか」

 石岡さんはうなずいた。わたし達は連絡先を交換して、店から出た。

       

 家に帰ると、エプロンを巻いた有紀が玉ねぎを切っていた。わたしに気づくと、涙をとどめるように少しだけ上を向いて、言った。

「おかえり」

「ただいま。変わってなかったよ」

 有紀から借りたハンドバッグを居間に置いて、わたしは手を洗った。夕方五時。夕飯の支度の時間。エプロンを巻くと、わたしは有紀の隣に立った。鮭は、内臓を抜かれて綺麗に捌かれている。子供の頃のわたし達は、正しいタイミングで食料を確保できなければ、それはこの世の終わりと同じだと思っていた。わなをしかけて、野生の動物を捕まえたりしたこともある。でも、みんな素早くて勘がいいから、労力の割に大したものは捕れなかった。肩で息をしながらお父さんが言った言葉を、今でも覚えている。

『どうして、簡単に捕まえられないか分かるか?』

 わたしには、その答えが全く思いつかなかった。夕日が沈みかける地平線を見ながら、お父さんは言った。

『それは、言葉が通じないからだ』

 つまり、言葉さえ通じれば、誘い込めるということだ。わたしは九歳のとき、初めてその腕前を見せてもらった。お父さんは、崖の前に立って考え込んでいる人に話しかけて、しばらく肩を並べて話していた。

『まあ、生きてたら色々あるよ。泊まって行きな』

 振り返った男の人はぐしゃぐしゃに泣いていて、今なら自殺しようとしていたということが分かる。お父さんは家に連れてきて、客間に泊めた。次の日の夜、豪華な料理が出た。血まみれのエプロンを見た有紀とわたしは、時折出てくる御馳走が何を料理したものなのか、初めて理解した。

 わたしは、隣に立つ有紀に言った。

「多分、これが最後になるね」

 来年の春には、わたし達はここから出て行く。お父さんとお母さんが作り上げた調理法や、いらない部分の始末の仕方は、社会に出れば役に立たないだろう。有紀は顔を傾けて前髪を顔から払うと、少しやつれて見える大きな瞳を、わたしに向けた。

「私にできるかな」

「いいよ。わたしが御馳走する。だって……」

 その続きを言いそうになって、わたしは口を結んだ。今日向かい合わせに座って分かったこと。石岡さんは、有紀の顔が好きだったんだ。だから、髪がショートなだけであとは瓜二つなわたしを見る目は、どことなく名残惜しそうで、それは別れ際に一度顔を見合わせたときに、はっきりと分かった。わたしは、いつだって石岡さんを誘い出せる。

 小さくため息をつくと、有紀は呟いた。

「まあ……、付き合ってたし」

「でしょ。やっぱ気まずいよ」

 自分が死ぬということを全く気付かせずに殺すのは、不可能だ。薬を盛ると、肉の味は変わってしまう。筋肉に血が残ったまま死ぬからだろう。そういう肉は匂いがきついし、硬くなる。本当に素材の味を引き出したいなら、逆さまに吊るときも、喉を切るときも、相手の意識を保っている必要がある。わたしが何となく感じていた通りで、有紀は、やはりぼろぼろのままだった。膝枕をしていた日から数時間しか経っていないように感じる。

「変な役目を負わせてごめん」

 有紀は言った。昔からよく言われたこと。わたしが同じ服を着て、もう少し小柄になって、髪が長ければ。誰もが同じ人間だと思う。でも、もし今そうしても、果たして同じ人間のように見えるだろうか。有紀の顔は、ずっと月に照らされているように青白い。わたしは言った。

「離婚したって」

「いいよ、そんなこと。聞きたくない」

 有紀は目を伏せた。水気がなくなってきている玉ねぎを見ながら、わたしは言った。

「解体してるときは音出るけど、どうするの? 聞いてられる?」

「友達の家にいようかな。いつ?」

「来週末だろうね。また連絡するよ。友達連れてきたらダメだよ」

「何言ってんの」

 わたしの冗談に、有紀はやっと笑った。

       

 一週間が過ぎて思うのは、人の解体がわたしの天職ではないということだ。血まみれのエプロンは、もう使わない。今までなら洗って片付けるけど、わたしはそれをごみ箱に捨てた。悲鳴や、涙や、自分の血が外に出て行くのを上下逆さまになって見つめる気分。自分が同じ立場にならなければ、痛みは分からないのだと思う。お父さんとお母さんには、どのように見えていたんだろう。わたしと同じことを思ったのだろうか。思う通りのことをやって、この世との接点を断ったお父さんとお母さんが、今は羨ましい。

 夕方五時、有紀がやってきた。わたしは、火にかけていた鍋の中身をかき混ぜながら、アルバムを見ていた。お母さんの撮った写真。最初は顔が見切れていたりしたけれど、カメラに慣れてからは、芸能人のプロマイドのようになっていて、明らかに上達していた。

「もうすぐできるよ」

 わたしが言うと、有紀は部屋に広がる匂いを浴びるように吸い込んで、少しだけ笑顔を見せた。

「シチュー?」

「お楽しみ。ほぼ、全部使った」

 わたしは、石岡さんと有紀が知り合ったきっかけも知っている。五年前の夏、有紀は、崖に座って足をぶらぶらさせている石岡さんを見つけた。お父さんと有紀が『危ないですよ』と声をかけると、石岡さんは『風が吹いたら落ちると思いますけど、お構いなく』と答えたらしい。奨学金に、家の借金に、新しい家族。色々なことが一気に重なって、『死ぬ気はないけど、死にそうな目に遭ったらどうなるかなと思った』のだと言う。五年が経った今、そんな破滅的な雰囲気は面影もなかった。

 キッチンから出て伸びをするわたしに、有紀は言った。

「大変だった?」

「そうでもないよ」

 わたしが笑ったとき、チャイムが鳴り、有紀がびくりと跳ねた。血まみれのエプロンや、使えなかった骨が転がっていないか確認するように、辺りを見回した。その様子は、子供のときから変わらない。

 わたしはドアを開けて、言った。

「こんばんは。できてますよ」

 振り返ると、有紀は、わたしの肩越しにその顔を見ていた。石岡さんは言った。

「久しぶりだね」

 わたしは石岡さんの上着を取ると、ハンガーにかけた。中で携帯電話が震えている。石岡さんは顔をしかめて言った。

「さっきから、ちょくちょく鳴ってるんだ」

 有紀は凍り付いたまま動かなかったけど、わたしは言った。

「ダイニングに運ぶから、待ってて」

 石岡さんはやや落ち着かない様子で、有紀に言った。

「変わらないね」

「そうかな……」

 有紀と石岡さんがダイニングに入っていき、わたしが料理を手際よく運んでいくにつれて、石岡さんは目を丸くした。

「花嫁修業って、伊達じゃないな。シェフになるの?」

 石岡さんが食べている間、有紀はほとんど透き通って見えるぐらいに、真っ白な顔をしていた。いつまでも見ていられそうだ。お母さんが撮り貯めた、あのアルバム。あの中に、石岡さんの写真を見つけたとき、わたしは同じような顔をしていたに違いない。勤め先から、住所まで、全部書かれていた。日付まで。数ある中でも、あのアルバムは、今までに食卓に並んだ人たちの記録だ。ずっと、例外はないと思っていた。なのに、その人がどうして目の前にいるのか。理由は一つしかない。有紀がやめさせたのだ。あの一週間、ろくな食べ物が出なかったとき、本来なら石岡さんが食卓に並ぶはずだった。今でも鮮明に思い出せる。部活は、わたしの人生そのものだった。貧血で倒れていなかったら。今でもそう考えるときがある。これが済んでも、考え続けるだろう。有紀の口が開きかけては、また閉じている。わたしに聞きたいことは一つだけだろう。石岡さんはもう離婚しているんだから、わたしを押しのけてやり直してみたらいい。この食事の後でも、この男を愛せるなら、それは本物だと思う。でも、わたしに比べると、あなたはそこまで背が高くないし、わたしより長い髪は、少しばさついている。

 食事が終わってコーヒーを飲んでいると、玄関のハンガーで石岡さんの携帯電話が震えているのが微かに聞こえた。石岡さんも聞こえたらしく、ナプキンで口元を拭きながら、顔をしかめた。

「あの間隔の短さは、別れた嫁だな。結婚してた頃を思い出すよ、よくあんな感じで、何度も電話をかけてきたっけ」

「どんな用事だったんですか?」

「リモコンをなくしたとか、そんなの。ごちそうさま、美味しかったよ」

 有紀の口がまた開くが、声にはならない。その言葉の中身が、わたしには分かる。

 それは、わたしが復讐したかった相手のことだろうか? それが自分だということは、有紀はもう分かっているだろう。多分、本当に聞きたいのは、そんなことじゃない。有紀が、喉から手が出るほど欲している答え。もう今にも、言葉に出そうだ。

『誰なの?』

 形がなくなってしまえば、違いには気づかないものなのかもしれない。償うと言っていたけれど。

 そう言ったのと同じ口で、石岡さんはよく食べた。

 ほとんど、頭から足先まで。

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