第7話 軍

 じっと声を押し殺した息遣いだけが、ほんのり鉄の香りの混じった冷たい空気の中で聞こえる。

 馬車はさっき一度動きを止めたあと、速度を落としてまたしばらく走り続けている。馬車が止まったとき、御者は二言三言誰かと話したようだったが何を言っているのかは聞き取れなかった。ただ、耳慣れた言語であることは感じ取れる。

 馬車が動き出してからすぐに鉄の香りが幌の中に充満しはじめ、小さく咳き込んだ誰かの声に反応した銃口がこちらに向いたので、僕ら全員が息を止めるように銃口を見つめたが、今度は引き金が引かれることはなく、御者はこちらを向くことなく銃を腰のホルスターにしまい直した。

 鉄の甘い香りはどんどんと強くなり、舌には苦味がある。街の明るい喧騒が厚い幌を通して伝わり、少年少女たちはむしろそれを恐れるように体を震わせる。摩擦で、馬車の湿った空気が皮肉にも温まる。

 馬車がゆっくりと動きを止め、御者が降りて馬の向こうに、レンガと鉄筋でできた建物の内壁が見える。この馬車と同じ、幌の厚そうな馬車も見える。


 馬車の後方の幌が開けられ、久しぶりの強い光に光彩が驚く。

 数度の瞬きで光に慣れた目に入ってきたのは、僕らと同じ、限界まで切り詰めたように短い上下の服を着た小さい子供たちと、それを無言で一箇所にまとめる、軍服を着た体格の良い若い大人だった。

 誰も一言も喋らず、まるで自分のすることが全てわかっているように迷いなく動く中で、僕だけが戸惑って、一挙一動がぎこちなくなる。

 同じ馬車に乗っていたみんなに混じって僕もなんとなく同じ方向に向かっていると、軍服を着た兵士の一人と目が合い、兵士は僕の方に近づいてくる。自分の二倍ほども身長のある人間が近づいてくるというのはそれだけで恐怖だ。

 その恐怖を抑え込むために唇を噛み締め、兵士を見つめていると、兵士は軽く僕の体を持ち上げて肩に担ぐ。さっきから軽く持ち上げられてばかりだが、僕の体はそんなに軽いのだろうか。少なくとも普通の人は十歳前後の子供を軽々と片手で持ち上げるなんてことはできない気がする。

 兵士は、僕を連れたまま紫の目の御者のところに行き、名前を名乗って僕をどの村で拾ってきたか訊く。どうやら、僕以外のみんなは、どこかの村で拾われてきた子供らしい。

 御者は、言葉を濁し、


「村の近くの、…そう、草原で迷子になってたんで、助けた…んだったと思う。」


 と言う。大まかに言っていることは合ってるから、覚えていないのではなく、何かやましい所があって言葉を濁したのだろう。兵士もそれをよく分かっているようで、僕を担いだまま無言でその場を立ち去る。

 

 

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