第59話 今後10年はスローライフ
「ほらロゼ。リラックスしていいのよ」
そう言ってリンスは何やら奇妙な液体をコップに入れて持ってきた。
「神さまが作った特製ジュースよ。さぁ飲んで飲んで」
コップの中は青い液体が入っていた。一見ソーダみたいに見えるが、果たしてどうだろうか。
「………いただきます」
俺はちゃんと警戒しながらも、少し口に入れた。
「うまい!」
「どう? 見直した?」
「少しね」
「素直じゃないね」
リンスはそう言って手招きすると、遠くにあった机とソファーが飛んできて、リンスと俺の前に並んだ。
リンスはそこにどかっと座る。
「じゃあ本題。まずはクリスタル王国の国王就任おめでとう。でもここまでは私の予想通り。これからはちょっと読めないことが起こるかもよ」
「神さまはなんでも知っているのではないのか?」
「あー言ってなかったわね。神さまって二人いるんだよ」
「えっ!! 誰だよ!」
俺は初めて知る情報に興味が出てきた。
「名はアース・フレイ・ゴッド。黒魔術の神だよ」
「ぶっー」
俺はその言葉に思わず、飲んでいたジュースを口から吐き出した。幸い、コップの中に戻しただけなので、まだセーフということにしておこう。
それよりもだ。
「黒魔術の神⁉︎ 俺はクリスタル工場の戦いで黒魔術を使うやつと対決したけど、あいつが神かなんかだったのか?」
「ああ、あいつらはぜんぜん違うんだけどね。でも私もあの戦いを上から見させてもらったんだけど驚いたよ。まさか黒魔術をこっちの世界出身の人間が使えるようになっていたとは」
「本来は使えないのか?」
「うん。それに、フレイは今封印されているんだ」
「えっ! 神さまが?」
「そう。ほら世界に全知全能の神は二人必要ないじゃん」
「………」
俺は感知魔術を発動した。遥か遠くできる限りの範囲の魔力を感知してみる。だが、このあたりはどこまでいっても枯れた大地が広がっている。
リンスは俺が感知魔術を使っているのをすぐに気づいていた。それでもなぜか余裕でパンを食べている。
「無駄だよ。ここは前に言ったかもしれないけど、精神世界。肉体や魔力はないのよ」
「あんたは、世界に降り立つことはできないんだよな」
「そうよ。あくまでもここから出れない」
「ならなぜ、黒魔術が存在しているんだ? あれは白魔術と同じように5大魔力性質を複合させた魔術だった」
「私もそこまでは分かってないね。フレイがなにかしたのかな?」
「今フレイはどこにいる? そいつに会って話を聞けばいいだろう」
「会えないのだよ。別の精神世界だから」
「なんだそりゃ。もうわけがない」
俺はお手上げだ、というふうに両腕を伸ばして伸びをした。天井に飾られたシャンデリアからを見つめる。転生した時に、頭の良さを上げておくべきだったなと俺は思った。
「まぁとにかく、次はこの黒魔術をいったいどこで手に入れたのか聞き出すことかな。私も常にここで監視しているから、安心してやってきてね」
そう言ってリンスは片目をつむりウインクしてきた。
「めんどくさー。もっとスローライフとかないの?」
俺はまだ椅子でグデーとした格好を解かなかった。
「あら、私は何も社畜になれ言ってないわよ。あなた前世では無能社畜だったらしいし。私の予想でこれから10年は何も起こらない。そのうちにのんびりしときなさい」
「誰が無能社畜だ! まっ仕方がないか」
前世の生活に比べたら何百倍も充実している。王の生活も新鮮で面白そうだ。俺は立ち上がってリンスを見た。
「じゃ、もう帰してくれ。10年はのんびりできるんだったら、10年の内の一秒たりとも勿体無いからな」
「分かった。バイバイ!」
リンスはそう言って指パッチンした。すると俺の体はみるみる薄くなっていき、視界からリンスや、その他全てのものが消えた。
俺は目を覚ますと、王の間のふかふかのベッドの中にいた。最高に寝心地がいい。おそらく前世だったら何十万円とする富裕層が使うようなベッドだろう。
窓のカーテンの隙間から朝日が見える。布団を剥がして起き上がり、枕元のカーテンを上げて、窓を開いた。外からは様々な声の鳥が鳴いていて空気も美味しく感じる。
最高の朝だった。リンスと出会ったのは夢の中の幻想だと思い込もう。俺はそう思った。
「奴は使えるのか、リンス」
誰もいないはずの神の部屋。精神世界の場所でリンスは後ろから声をかけられてた。手元には、ロゼが食べ残した棒状のスナック菓子を持っている。
「使える使えないとかじゃないよ。楽しむのが一番!」
リンスは頬を膨らませて相手を見た。
そこには天使の輪がついた男が二人立っていた。どちらも髭を生やしている。違いはアダムの方が身長が高く、髭を生やしていることだ。
「我々の使命は世界に安定をもたらすことだ。アース一家にまた主導権を握られるわけにはいかない。それは分かっているな?」
「もちろんだよアダム。それにジェフ。光が全ての始まりなんだから」
リンスのその言葉を聞いて納得したアダムとジェフは頷いた。二人の姿が光に包まれる。思わず目をつぶるような眩しさの中、二人は姿を消した。
二人がいなくなると同時に光も消える。
リンスは何事もなかったように、食べかけのお菓子を口に持っていった。
王家に転生したので最悪の人生やり直して魔術で世界平和に導きますw 浮世ばなれ @ukiyobamare
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