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――いけない、彼女は本気でチンピラたちにトドメを刺す気だ!
確かに彼らは最低のヒドイ連中だけど、命まで奪うことはない。さすがにそれはやり過ぎだ。
それに戦意喪失している人を殺すなんて、そんなこと僕は認めない。不必要な戦いで誰かが傷付くのを見たくないッ!
「やめろぉおおおおおおぉーっ!」
僕は無我夢中で叫んでいた。
心の奥底からぶつける、強い感情。喉が潰れそうになるくらいの大声。魂まで抜け出ちゃうんじゃないかと錯覚するほど、全身全霊で想いを放つ。
すると次の瞬間――
渦巻いていた漆黒の炎は瞬く間に消え、その手は麻痺したかのように小さく震えていた。女の子は目を丸くしたまま、右手を伸ばしたままのポーズで固まっている。
もっとも、時間が凍り付いたみたいに完全に動きが止まっているわけじゃないから、緩い金縛りに遭っているようなイメージかな……。
「ヒィイイイイイィーッ!」
「わぁああああぁーっ!」
この隙をつき、チンピラたちは泣きわめきながら一目散に逃げていった。
足を引きずりつつだから亀のようなスピードだったけど、決してこちらを振り返ることはない。這々の体ってやつだ。
ま、きっと彼らはこれに懲りて、悪さをするのも少しは自粛してくれるだろう。もちろん、真人間に生まれ変わってくれるのがベストだけど、三つ子の魂百までって言うしそれは高望みかな。
いずれにしても彼らの命が奪われずに済んで良かった。
こうしてその場には僕と女の子だけが取り残される。
「あ……れ……っ……?」
安心した途端、目の前が霞んで世界がグルグルと回った。全身から力が抜け、踏ん張ることも出来ずに前へと倒れ込む。
てはは……地面とハグしちゃった……。
ダメだ……指先すらピクリとも動かせない……。
……世界が……だんだん暗くなって……。
◆
「あ……れ……?」
意識を取り戻した僕はベッドに寝かされていた。ふかふかで暖かい掛け布団に包まれていて、まるで雲の中にでも寝転がっている感じ。お日様の匂いがして感触も心地良い。
そういえば、こうしてベッドで横になるのは久しぶりだなぁ。
「ようやく目が覚めたようだな」
「っ!? あなたは……あの時の女の子……」
上半身を起き上がらせて横を向くと、そこには路地で出会った女の子がいた。
彼女は椅子に座り、愁眉を開いてこちらを見ている。その瞳は凜としているけど、なんだか優しさを感じる。それはチンピラたちに向けていたような敵意に満ちたものでも、初めて見た時の涼しげなものとも違う。
「私の名はミューリエ。旅をしている魔術師だ。剣も少しは使うがな」
「僕はアレスといいます。えと、その、僕は冒険者見習いといった感じです」
「そうか。で、お前はここがどこか、どうしてベッドに寝かされているのか知りたいだろう?」
「あ……はい……」
ミューリエさんは僕が知りたいと思っていることをズバリと言い当てた。
さすが魔術師、何かの魔法で僕の考えていることが分かって――というか、それくらいは誰でも察しがつくよね。
「ここは私が泊まっている宿の部屋だ。お前は私の目の前で急に倒れて意識を失ったからな。見て見ぬ振りをするのも気が退けたので、運んできて寝かせてやった。なぜ意識を失ったのかは、私にも分からん」
「そうだったんですか……」
本当に僕はあの時、どうしちゃったんだろう?
チンピラたちに蹴られた影響が出たのか、ホッとして張り詰めていた緊張の糸が切れたからなのか、旅の疲れが不意に押し寄せたのか……。
いずれにしてもミューリエさんに介抱してもらったのは間違いないから御礼を言わなきゃ!
「あの……ミューリエさん、介抱していただいてありがとうございました!」
「気にするな。クズどもから私を助けようとしてくれた義に報いたまでだ。もっとも、あの程度のザコ相手に助けは必要なかったが」
「う……」
その通りだから何も言えない。彼女の言葉が心に突き刺さる。
確かにミューリエさんならチンピラたちを簡単に倒せただろうし、むしろ僕じゃ返り討ちに遭っていただろうな。
……ま、まぁ、結果的に不必要な殺生は避けられたんだし、良しとしておこう。
「ところで、お前に訊きたいことがあるのだが、出身はどこだ?」
「ここから何日か歩いた先にあるトンモロ村ですけど」
「先祖の代からずっとそこで暮らしてきたのか?」
「あ……えっと……おそらくは……」
ほぼ間違いないとは思うけど、ここは曖昧に答えておくことにした。だってもしハッキリと言い切ったら、その理由を問われそうだから。結果、僕は勇者の末裔であると明かさなければならなくなると思う。
僕は自分のご先祖様が勇者だとはなるべく言いたくない。そういう目で見られちゃうのが嫌だ……。
さっき僕が『冒険者見習い』と答えたのも同じ理由。僕は勇者の末裔である前に、あくまでも『僕』という普通のひとりの人間だ。色眼鏡で見てほしくないし、そもそも剣も魔法も使えなくてヘタレな僕が勇者を名乗るのはおこがましい。
「なるほど……。アレスよ、もうひとつ訊いていいか?」
「はい、どうぞ」
「竜水晶はどこで手に入れた?」
「っ!?」
驚いた僕は思わず大きく息を呑んだ。
なぜミューリエさんはそのことを知っているんだっ? まさか意識を失っている間に僕から奪ったのかっ? 彼女は物盗りだったのかっ!
僕は慌てて懐を探った。するとやはり竜水晶は――って、あれ? ちゃんとあるみたい。
直後、ミューリエさんはそんな僕の様子を見てクスッと微笑む。
「安心しろ。お前をここへ運ぶ時、転がり落ちてきたのでな。別に盗みを働こうとしたわけではない。ただ、竜水晶は余程のことがない限り手に入らぬ代物だから、どうしても気になってしまってな」
「そうでしたか。実はこれは――」
僕はブレイブ峠を越えてきたことや、ドラゴンと出会った時のことを大まかに話した。
もちろん、傭兵たちのことについては何も触れていない。ミューリエさんには関係のないことだから……。
その後、話を聞き終わったミューリエさんは静かに目を瞑って小さく息をつく。
「しかし驚いたな……。アレスが出会ったのは気性が荒いことで知られている『ブラックドラゴン』だ。遭遇したら確実に戦闘となって、熟練の冒険者であっても生きて帰れるか微妙なところだ」
「でもこちらから攻撃を仕掛けない限り、何もしないって彼は言ってましたよ?」
「ドラゴン族は相手の心を読み、雀の涙ほどの敵意があるだけでも攻撃の意思ありと判断する。それが表には出ない無意識のものであってもな。そして人間は心が汚れているがゆえに、そうした想いを持ってしまっているもの」
「つまり人間であれば、間違いなく攻撃対象になるということですか?」
「そういうことだ。だからアレスが攻撃されず、しかも竜水晶まで受け取ったということに驚いたのだ。例外というか、何かがあるのだろうな」
そうだったのか……。
僕がドラゴンと出会っても生き残れたのは、単に運が良かっただけだと思っていたけどそうじゃないのかもしれない。
でもどうしてドラゴンは僕から敵意を感じなかったんだろう? 勇者の末裔といっても人間には違いないんだし、無意識を制御する能力も何かをした覚えもない。
まー、考えたところで分かるはずもないけど……。
「ところでアレスよ、ひとりで旅をしているのか?」
「っ!」
僕はミューリエのその言葉を聞いた瞬間、心臓が大きく脈動した。
なんて答えたらいいんだろう? 途中までは傭兵たちと一緒だったわけだし、そういう意味ではひとりというわけではない。現状ということならひとりには違いないけど……。
するとミューリエさんはフッと目を細め、続けて口を開く。
「アレス、もし良かったら一緒に旅をしないか? お前は興味深い。それにドラゴンと意思疎通できるなら、ヤツらと出遭った時に戦闘を回避できる。そういう意味で一緒にいるだけで役に立つからな」
僕が役に立つ……?
……えっ? 剣も魔法も使えなくて、力も勇気もないこの僕がっ!?
…………。
でも役に立つって言ってもらえて、建前とかお世辞であっても嬉しい。
――さて、どうしよう?
●ミューリエと一緒に旅をする……→11へ
https://kakuyomu.jp/works/16816927859115438262/episodes/16816927859116254343
●申し出を断って、ひとりで旅を続ける……→17へ
https://kakuyomu.jp/works/16816927859115438262/episodes/16816927859116429331
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