終章

終章

「――と、いうわけで、お前の血を飲んだ三人が『変態』してテロリスト共を一網打尽。首謀者も無事逮捕っていうのが、事の顛末だ」

 そう言って、金指先生は病院のベッドに横たわる俺に新聞を投げてよこしてきた。俺は今、学校で起きたテロで負傷し、入院中なのだ。事件の被害者という事で病室は個室があてがわれている。そのため、先生ともこうして事件の事をオープンに会話出来るのだ。

 先生が持ってきた新聞には、先日星躅高等学校で起きたテロの事が記載されていた。新聞に首謀者としてトラビスの写真が掲載されており、俺は知らず知らず、奴に撃たれた胸を押さえている。それを見た先生が、皮肉げに笑った。

「しかし、運がいいな、お前も。内ポケットに入れていた小瓶に弾が当たって、皮膚の表面と肉が一部削れたぐらいで済んだんだからな」

 そう。俺はペアリングの課題に取り組むようになってから、毎朝奥の手として自分の血を小瓶に溜め、内ポケットに入れて登校していたのだ。その理由はもちろん、課題解決のため。自分の血を吸血鬼に飲ませるだなんて、想像しただけで気分が悪くなるが、本当に本当の最悪の事態に備えて、一緒に組むことになる吸血鬼が『変態』出来る準備だけはしていたのだ。おかげで毎日貧血気味だったのだが、まさかこんな形で役に立つとは思わなかった。

 ……それに結局、俺はあいつらには直接飲ませちまったからなぁ。

 喉元を撫でながら苦笑いを浮かべ、俺は金指先生に視線を送る。

「それでも、肉が抉れてるんですから、軽傷じゃないですよ」

「そうじゃなかったら、弾が心臓か肺に当たっとったんだぞ。それに比べりゃ、軽傷だろうよ」

「比べるスケールがおかしいだけな気がしますけどね」

 そう言ったっきり、俺と先生は黙り込む。聞きたいことがあるのに、俺の口からは中々声が出てこない。

「そう言えば、あいつらの事だけどな」

 その言葉に、俺は反射的に金指先生の方へ振り向いた。

「重友も彼谷も、無事だ。重友は軽い貧血、彼谷は右足の捻挫で、二人共もう退院しとるよ」

「そ、そうですか」

 確かに、達矢と加奈女の様子も気にはなっていた。でも、俺が聞きたいのは、今は彼らの事ではない。

「先生。あいつらは?」

「ん? あいつらって?」

「そんなの、俺とペアリングしてた三人に決まってるでしょ? 怪我とか、してないんですよね?」

 俺の言葉に、先生は呆れたように口を曲げた。

「川越。お前、ワシの話を聞いとったのか? お前の血を飲んでテロリストを倒せるような奴らが、怪我しとるはずないだろう」

「そ、そうですか……」

 ひとまずあの三人が怪我をしていないのは安心したが、それでも先生の言い方に、俺は首を捻る。

「でも、俺の血を飲んだだけだと、あいつら、ただ身体能力が少し上がるだけじゃないですか? それなのに、何であいつら、テロリストに勝てたんですかね?」

「……だから、お前の血の能力が――」

「ですから、それがおかしいんですって!」

 血を飲んだ相手を愛している想いの強さに比例して、際限なく能力が向上する。それが、俺の血を飲んだら得られる『変態』の能力だ。わかりやすく言えば、俺を愛してくれる吸血鬼の能力は無限に上昇する。でも、俺を愛してくれる吸血鬼なんて、この世に存在しない。

「だから、俺、こう考えてるんです。混血鬼のアイリスも含めて、瑠利子も克実も、本当は凄い力を元から持っていたんじゃないか、って。今回の騒動で、あの三人の秘められた力が開花したんだ。つまり、もうあいつらは落ちこぼれなんかじゃないって事なんですよっ!」

 これは、本当に凄い事だ。これでアイリスは両親に認めてもらう事だって出来るし、瑠利子も自分の力で自分の居場所を守れる。克実は、両親との仲が進展すれば、彼女の力があれば、いろんな人とつながっていけるだろう。

「先生、四人の仲で本当に落ちこぼれだったのは、俺だけだったんです! 俺の仲間は、皆凄いやつだったんですよっ!」

 満面の笑みを浮かべる俺に、先生は若干引き攣った笑みを返してきた。

「そ、そうだな……」

「先生。俺、先生に感謝してるんです。少し前の俺だったら、吸血鬼相手に仲間意識なんて持たなかったし、応援してやろうだなんて、思えませんでした。でも、まだ怖さはありますが、あいつらの門出を応援したいって、そう思えてるんです。あいつらが新しいパートナーと、一日でも早くペアリング出来るように、先生も協力してあげてくれませんか?」

「うーん、まぁ、それも一理あるんだがなぁ……」

 そうなっちまうのかぁ、と、先生は難し気に首を傾げた。その反応に、俺の方こそ首を傾げたい。正しい事しか言ってないはずなのに、何故そんな反応をされなくてはならないのだろう?

 先生はやがて何かに納得したように、小さく頷いた。

「まぁ、ワシはこれ以上何も言わん。ただ、学校で刺されるような事態にだけはなるなよ」

「何言ってるんですか、先生。そんな事態になるの、テロリストに学校が占拠された時ぐらいでしょうに」

「その原因を作るな、と言っとるんだ。痴情のもつれとかな」

「それこそ、ありえません」

 その言葉を聞いた先生は、渇いた笑いを浮かべる。

「それじゃあ、ワシはそろそろ帰るぞ」

「あ、待ってください、先生」

 扉に手をかけた先生を、俺は呼び止める。

「俺達のペアリングの合否、どうだったんですか?」

「学校を占拠したテロリストを、ペアリングしている四人で撃退した成果を出しておいて、お前まだそんな事気にしてんのか?」

 呆れた様に言われるが、結果は言われなければわからない。しかし先生は結果を言う代わりに、口を歪めて、こんな事を言った。

「それなら、あいつらに聞け」

 じゃあな、と言って、先生が病室を後にする。意味がわからなかったが、やがて聞こえてきた三人の姦しい声に、俺の口元は、自然と緩んでいた。先生の言い方からして、きっと三学期も、あいつらと同じ学校に通えるだろう。会う頻度は、減るだろうけれども。それが、今後俺の当たり前になっていくのだろう。

 あいつらと一緒に居る日常は。

 吸血鬼たちの茶飯事は姦しい。

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吸血鬼たちの茶飯事は姦しい メグリくくる @megurikukuru

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