第2話


「おおー、もうほとんど本土が見えないな」


 船の後方のデッキから身を乗り出すようにして、本土の方を見つめる。双眼鏡を覗けばギリギリ見えるが、裸眼では遠すぎて見えなかった。


「そうだね。もう結構近いんじゃないかな?」

 俺の横で、結が呟くように言う。


 結は暴走状態の俺に切られた髪をキレイに切り揃え、一つにまとめていた。叶結びの髪飾りは、前と同じように右側頭部につけている。


「結、ごめんな。髪の毛……」

「またそれ?大丈夫だって。そろそろ切ろうと思ってたし、ちょうど良かったよ」

「……そうか」

「島にはまだ着かないのかな?かなり進んだと思うけど」

「そうだな。そろそろ着いても良さそうだけど。焔さーん!島にはあとーー」

「うぇぇぇ……」


 呼びかけながら振り返ると、今にも吐きそうな声が聞こえた。慌てて、船の中心近くにいた焔さんのもとへ駆け寄る。


「ええ!?だ、大丈夫ですか焔さん!?」

「ははは……大丈夫、じゃないね。

おぇっ……」


 昨日俺が暴走したあと、俺たちは近場の旅館に泊まって、休息を取った。

 そして今日の朝、焔さん達が本土に来るのに使った船に乗って、俺たちは忍びの島“祈将島”に向かっている最中だった。

 港を出てから約七時間、もう正午になりそうだ。


 俺も結も船に乗ったことはなかったが、船酔いはしなかった。港で少し心配していたが、杞憂だった。ほとんど揺れなかったのもあるかもしれない。だが、焔さんは違うようだ。


 俺の声に苦笑いで答えながら、またもどしそうになっている。本人の言うとおり、どう見ても大丈夫ではない。


「船酔いするんですね。それもかなりひどそうな」

「焔さんは乗り物全般ダメですよ。忍び達の中でも酔いやすいことで有名なんです」


 そう言いながらこちらに来たのは羽闇だった。手には水のペットボトルを持っている。


「大丈夫ですか焔さん。もういい加減慣れてください。あなたと組まされること多いし、乗り物使うたびこれじゃきりがないんですよ」


 水と酔い止めを渡しながら、ブツブツと文句を言っている。今までどれほど介抱させられてきたのだろう。


「なんか、意外ですね。苦手な物とか無さそうな感じしますけど」

「そんなことないよ~。人は誰しも弱点というものがあるのさ。僕も同、うっ……」


 昨日と同じ軽い口調で言いながらも、昨日ほどの元気はない。本当に苦手なんだなぁと思いながら、隣にかがみ込んで背中をさすった。


「ありがと封真くん。あー早く降りたい……」

「もう着きますから。ほら、島が見えてきましたよ」

「えっ、本当!?見たい見たい!」

「いや、今から行く場所ですから。そんなはしゃぐ必要は……」

「封真くんて、子供っぽいよねぇ。いい子だからいいんだけどね……うっ、待って無理……」


 船の前方まで走っていき、落ちそうなくらい身を乗り出して、前方にある島を見た。


「あれが、祈将島……!」


 焔さんが言っていたとおり、大きい島が一つと、その周りにそれよりは小さい島があるのがわかる。


「中心の大きいのが祈将島ですよ」

 振り返ると、羽闇がこちらに来ていた。


「焔さんは大丈夫?」

「妹さんが代わってくれました。あなたと話していてくれと」

「結が?そうか。なら大丈夫だな」

 結は器用だし、焔さんとも俺よりは面識があるらしいから、特に心配はしなかった。


「島って、五つあるんだよね?」

「はい。今言ったように、あの一番大きい中心の島が祈将島です。全島民の八割以上が暮らしていて、生活に必要な設備や店も整っています」

「そうなんだ。スーパーとかもあるの?」

 羽闇は、こくんと頷いた。


「祈将島を囲むように四方にあるのが“四想島”です。そこには武器を作る職人の一部のみが暮らす場所や、修練場もあるんです」

「へぇ。忍びの人も住んでるの?」


「もちろんです。

北にあるのが“心想島”、

南にあるのが“美想島”、

西にあるのが“種想島”、

東にあるのが“麗想島”で、どの島にも忍びが住んでますよ。もちろん、大半は祈将島に済んでいますが、修練場以外の場所にはある程度の設備がありますので」


「へえ!すごいな。かなり大きそうだね」

「ええ、かなり広いですよ。祈将島だけでなく、四想島も」


 そうやって話を聞いているうちに、とうとう島の港が眼前に迫ってきた。


(俺は、結は、ここでどうなるんだろう。)


────────────────────


「あ~……やっと着いたぁ」

「大丈夫ですか?焔さん。水飲みます?」

「飲む飲む。ありがと結ちゃん」


「おー!ここがっ……島!」

「そんなに楽しいですか?」

「うん!島って行ったことなかったからね!」

「そうですか。まぁ、ここはそんなにいいものではないですけど……」


 無事港に着いた船から降り、まだ回復していない焔さんの代わりに羽闇に先導されて、外に出た。


 島もよく晴れており、日差しが眩しい。


「ここは今から行くのは、あなた方を泊めてくださる方の場所です。くれぐれも粗相の無いようお願いします」

「う、うん。わかった」

 羽闇の声が、心なしか低くなったような気がした。


「どこに行くんですか?」

「……今から行くのは、四王家の一つです」

「「四王家?」」

 聞き慣れない言葉に、俺と結がハモってしまった。


「この島には、大まかな序列が決まってるって昨日言ったでしょ~」

 結の横から、だいぶ回復したらしい焔さんが顔を覗かせる。


「この島には、位の高い家というものがあるんだよ」

 そこで一旦水を飲むと、言葉を続けた。


「まずは、“始まりの家”。始まりの家というのは、最初に人を襲う後系の化物を倒し始めた家。つまり、戦い始めた家のことなんだ」

「その家が、一番偉いんですか?」

「そうそう。ただ、この家は存在しないんだ」

「え?」


「わからないんだよ。誰が始めたのかはわかってるけど、その血を継ぐ者が今どこにいるのかはわからない。何をしているのかもね」

「そうなんですか」

(わからないのに、一番偉い家なのか)


「実質一番は“四王家”だよ。その家の代わりに、今までずっと忍び達を引っ張ってきた四つの家、それが“四王家”だよ」

「四王家……その家が、実質一番偉いんですね」


「そうそう。んで、次が十二頭尾家。十二頭尾家は四王家を含んでる十二の家だから、四王家の次に偉いのが残りの八家って感じ」

「その四王家の一つに、今から行くんですか?」

 結が鞄を持ち直しながら言う。


「うん。今から行くのは“呉羽家”さ。羽闇くんが住んでるところだよ」

「えっ、そうなの?実家?」

「違います。俺の家と呉羽家が古くから付き合いのある家だったんで、そのよしみで住ませていただいてるんです」

 そう答えた羽闇は、声色こそさっきと変わりなかったが、少し顔色が暗くなった気がする。あんまり深掘りしない方がいいかもしれない。


「へぇ。四王家って、他はなんていう家なんですか?」

「他は“功刀家”、“楪家”、“皇家”の三家だよ」

「……皇?」

 それを聞いた結が、気がついたように言った。


「うん。俺んちだよ」

「「えええ!!??」」

「ん、驚きすぎじゃない?」


「じゃあ、焔さんてかなりいいとこのお坊ちゃん!?」

「まぁ否定はしないけど……。長男だし」

「みえない……」

「ちょっとちょっと、結ちゃんまで!」


「ほら、もう着きますよ」

「えっ?」

 羽闇の声に、三人とも前を向いた。いつの間にか、かなり歩いてきていたらしい。


「……え?これが……呉羽家???」

「そうですよ。扱いに困っていたあなた方を泊めてくださる、とても寛大な家です」

「……いやいやいや、ちょっとさすがに……」


 目の前の家は、それはそれは大きく立派な、まさに豪邸といった感じの家だった。和風な家で、屋敷というほうが合うかもしれない。


 俺と結があっけにとられていると、羽闇がすたすたと歩いていき、門を通って、玄関のインターホンを鳴らした。家の外観に比べ、一般的すぎるデザインのインターホンが合っていない。


 ガチャッ

『はい』

「羽闇です。客人と皇焔様をお連れしました」

『お帰りなさいませ羽闇様。今向かいますので、少々お待ちくださ……きゃっ!?え、お、お待ちください!お嬢様!!!』

「……あ、もう来たか」

 あっけにとられつつも門をくぐり、羽闇の後ろまで来ると、インターホンの向こうの声と、羽闇の呟きが聞こえた。


「来るって、何が来るんですか?」

 俺の横で、結が言った。

「この家の一人娘」

 羽闇がそう短く告げた瞬間、勢いよく戸が開いた。


「はーくん!おかえりー!!」

「……ただいま」

 戸が開いた先には、結と同じくらいの年頃の、着物を着た女の子がいた。


 髪の毛はクリーム色で、方くらいまで長さがある。前髪は、真ん中あたりから向かって右に三つ編みをしていて、耳の上あたりで、ハート型のピンで留めている。


「あ!お客様ですね!いらっしゃいませ」

 その子はこちらに向き直り、きちんと頭を下げながら言った。


「私は呉羽家長女、呉羽聖と申します。本日はお越しいただきありがとうございます」

 言い終わると顔を上げ、にこっと笑った。


「どうぞ、中へお入りください。お部屋を用意させていただきましたので。焔さんも」

「ありがと聖ちゃん」


 羽闇と焔さんは、彼女の横を通って屋敷に入っていく。俺と結も少しためらいながら、二人の後を追うように中に入っていった。


 俺たちが上がったのを確かめてから、彼女は戸を閉めた。

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永久不変 @Natulemon

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