ホーム・スウィート・ホーム

澤田慎梧

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 鳥のさえずりに目を覚ますと、見慣れた木組みの天井が目に入った。

 この数十年、毎日拝んでいる光景に溜息をついてから、尻の辺りのシーツに手を這わす。――うん、濡れてはいない。どうやら今日も寝小便を回避できたらしい。

 少しほっとした気分になったので体を起こそうとするが、腕にも腰にも力が全く入らない。枯れ木のような身体は、遂に自らを支えることすらできないほどに衰えてしまったようだ。

 仕方なくを使って自分の体を操って動かすことにする。


傀儡マリオネータ


 呪文を唱えると、俺の身体が糸に操られる人形のように、ややぎこちなく動き始めた。

 本来は他人や物を自在に操る魔法だが、最近はこうやって、自分の体の動きを補助する為に使っている。昔の仲間が見たら、きっと苦笑いする光景だろう。

 ――まあ、その仲間で生きている者は、もう一人もいないのだが。


   ***


 俺の名前はショータ。かつて仲間と共に魔王を倒した「異世界からやってきた勇者」の一人だ。

 異世界――地球、俺達の遠い故郷。

 それぞれ別の場所で事故死した俺達は、金髪碧眼の女神に導かれて、剣と魔法の世界「クワトリア」へと転生させられ勇者となることになった。


「貴方たちには一つずつ、超常の能力が与えられます。その力を駆使し魔王を倒した暁には、願いを一つ叶えて差し上げます」


 勇者となった見返りとして女神から告げられた言葉に、仲間達は色めき立った。


「異世界転生って本当にあったんだ!」

「しかもチート能力ももらえるんだってよ! 転生勝ち組じゃん」

「これでつまらねぇ日常ともおさらばだ!」


 ほとんどの仲間は元の生活に嫌気がさしていたらしく、転生勇者としての使命を受け入れていた。

 だが、俺は違った。俺は家族を愛していたし、友人達が大好きだったし、飼い猫が可愛くてしかなかったし――何より、付き合い始めたばかりの幼馴染がいたのだ。


「願いと言うのは、『元の世界に帰って、以前の生活を続けたい』でもいいんですか?」


 そう尋ねると、女神は少しだけ意外そうな顔をしてから、答えた。


「……可能です。少し時間を遡って、修復した元の肉体に貴方の魂を再度転生させること自体はできます。ですが、一つ条件があります」

「条件、ですか?」

「はい。実は、異世界転生には『自死した者を転生させてはいけない』というルールがあります。ですので、貴方が元の世界へ戻るには、魔王を倒した後、転生先の世界で天寿を全うする必要があります――」


 女神が言うには、転生勇者の中には使命を投げ出して「もう一度転生したい!」と、自殺したり無謀な戦いに挑んで自死したりする者が結構な数いたらしい。

 そこで、釘をさす意味合いも込めて「自死した者を転生させてはいけない」というルールを定めたのだとか。

 俺はそれを承諾し、異世界へと転生し勇者となった。


 ――その後、俺達は長い冒険の果てに魔王を倒し、異世界の救世主となった。

 仲間達はそれぞれ女神によって願いを叶えてもらい、異世界での余生をエンジョイしたようだ。


 ある仲間はハーレムを望み、とある小国の王として百人の妻を娶り、後世に「好色王」と伝えられることとなった。

 またある仲間は「世界一の富豪」となり、贅沢三昧の生活を送った。

 冒険の楽しさから抜け出せずに、異なる大陸へと赴き冒険続きの人生を送った仲間もいた。


 他の仲間達もそれぞれ、異世界で充実した人生を送ったらしい。

 多くは現地の人間と結婚し、子供を残し、家族に囲まれて暮らしたそうだ。


 俺にも、俺のことを好きだと言ってくれる女性が何人かいた。

 共に戦った女騎士。冒険の途中に立ち寄ったさる王国の姫君。世話になった酒場の看板娘。

 いずれも俺なんかにはもったいないくらいの人達で、心が動いたことも一度や二度じゃない。でも、俺は誰とも愛を交わすことなく冒険を終え、魔王を倒した後は山間の田舎で隠遁生活を始めた。


『どうせ天寿を全うするまで、この世界で暮らさなきゃならないんだ。お前ももっと楽しめばいいのに』


 仲間の幾人からは、そんな言葉をかけられたこともある。

 ああ、自分でも頑固だと思う。

 それでも俺にはできないのだ。地球に置いてきた、あの娘を裏切ることなんて。


 ――そのまま数十年の時が過ぎ、俺はすっかり枯れた老人となっていた。

 幸か不幸か、この世界での長寿記録を塗り替えそうな勢いだ。


   ***


『ゆうしゃさま、さようならー!』

「はい、さようなら。気を付けて帰るんだよ」


 六人ほどの少年少女が、元気よく俺の家を後にした。

 彼らは、ふもとの村の子供達だ。俺から読み書きを習う為に、わざわざ片道二十メヌー……三十分ほどの山道を、週に一度えっちらおっちらと登って通っている。


 魔王を倒した報奨として、俺には使い切れないほどの財産がある。だが、自給自足の成り立っている山奥の村では、現金はあまり役に立たない。通貨は稀にやってくる行商人相手や、少し大きな街へ買い出しに行った時にしか使わない為だ。

 村人達の信頼を得るには、金ではなく「村の一員としての役割を担うこと」の方が重要だった。そこで俺は、子供達に文字の読み書きを教えることで、「村に必要な人物」としての立場を得ていた。


 もっと若い頃は、魔王を失って野生化したモンスター相手の用心棒として重宝されていたんだが、今では自分の身体もろくに動かせない。ゴブリンの群れにすら太刀打ちできないだろう。

 村にとって、俺の重要度は大きく下がった。それでも、こんな変わり者の老人を信頼して子供達を任せてくれているのだから、感謝しかない。


「さて、仕事ノルマも終わってしまったし、今日は何をして時間を潰すかね……」


 『傀儡マリオネータ』の魔法で身体に「伸び」の動きをさせながら、独り言ちる。教材の後片付けや、夕食の下ごしらえなどを終えてしまうと、途端に暇になってしまう。


 最近は眼も悪くなってきたから、読書も辛い。運動はもちろん駄目だ。どちらも魔法で「強化」すればできないことはないのだが、後でどっと疲れてしまうのだ。

 心臓も年々弱っているらしく、魔法の力を借りていても動悸が酷い時がある。何かの心疾患かもしれない。なんにしろ、もう無理がきく身体ではない、ということだ。


 いよいよできる事がなくなってきたな、と一人自嘲する。

 ――と。


「んん?」


 子供達が去った方角――山のふもとの方から、何やら煙のようなものが上がっているのが目に入った。

 老人のぼやけた視界でも捉えられるほどの黒煙だ。

 胸騒ぎを覚え、村を見下ろせる場所まで移動してから、魔法で視力を「強化」する。

 望遠鏡のようにズームした視界に映ったものは――。


「村が……襲われている?」


 黒煙を上げているのは、村の守りの要だった大きな木製の門扉だった。

 大きな穴が開いた上に炎上し、それが村をぐるりと囲む防護柵にも延焼し始めている。

 門扉の周辺では、槍を手にした門番の村人達が、穴から押し寄せる何か有象無象と必死に戦っているようだった。


「あれは……ゴブリンか!?」


 門扉の外側、街道の方を見やる。

 するとそこには、人の半分ほどの背丈に灰褐色の皮膚を持つ醜悪な面をした小鬼、ゴブリンが群れを成して押し寄せてきていた。

 とんでもない数だ。目測でも軽く百を超えている。旧魔王軍の中隊規模に匹敵しそうな勢いだ。


 魔王亡きあと、モンスター達は統率を失い野生動物同然の存在となった。時に人間を襲うが、国が軍を動かすほどの脅威ではなくなっていた――唯一の例外を除いて。

 それが「ゴブリンの大移動」だ。


 ゴブリンは魔王軍においては雑兵で、個々の戦闘力は決して高くはない。

 だが、その真の恐ろしさは「繁殖力」にある。奴らは年中が発情期で、僅か数ヶ月で妊娠から出産までを終え、しかも例外なく一度に二匹以上の子を産む。

 しかも雑食性で何でも食べるので、良い餌場にさえありつければ、無尽蔵にその数を増していくのだ。


 もちろん、それにも限界がある。

 数が増えすぎれば餌場もいずれ枯渇する。そして次なる餌場を求めて群れごと大移動を始め、イナゴの群れよりも遥かに恐ろしい大災害となるのだ。

 それが「ゴブリンの大移動」だった。


「門を突破されては、もう村は……」


 この村は山を背にしたどん詰まりに位置する。近隣の街へ助けを求めに行くには、ゴブリン達に覆われている街道を突破するしかない。

 山を越えて隣国へ逃げ延びる手もあるが、山道もろくにない険しい高山を超えることになる。相当に厳しい逃避行になるはずだ。

 あまりにも絶望的な状況だった。

 門番達は必死に応戦しているが、多勢に無勢すぎる。村の男衆をすべて集めたとしても、到底太刀打ちできる数ではない。


 ――当然、魔法でなんとか身体を動かしているような老人が助太刀しても、どうにもならない。

 何十匹かは道連れにできるだろうが、それまでだ。間違いなく、死ぬ。


『貴方が元の世界へ戻るには、魔王を倒した後、転生先の世界で天寿を全うする必要があります』


 女神の言葉が脳裏に蘇る。

 『自死した者を転生させてはいけない』というルールも。

 無謀な戦いへ赴くことも自死に含まれるという事実も。


 元の世界に戻るには、村を見捨てて逃げるしかない。

 自分一人ならば、逃げおおせることもできるはずだ。

 そうだ、元の世界へ戻る為に、愛しい人達に再会する為に、俺はここまで生きてきたんだ。この世界の誰とも愛を交わさず、享楽にふけることもなく、ひたすらに生きてきたんだ。

 それを今更投げ出すなんてことは――。


『ゆうしゃさま、さようならー!』


 ――子供達の笑顔が蘇る。

 ああ、馬鹿だ。俺は本当に馬鹿だ。

 どうしても……どうしてもあの子達を見捨てることができないなんて!


 気付けば俺は、『傀儡マリオネータ』の魔法を全開にして、村への山道を駆け抜けていた。


   ***


 村へ辿り着くと、火の手は既に家々にまで延焼していた。

 門番達が奮戦しているらしく、まだゴブリンの侵入は許していないが、それも束の間のことだろう。

 防護柵が燃え落ちれば、いたるところから連中が攻め込んでくる。その時がこの村の終わりだった。


「ああ、ゆうしゃさま!」

「ゆうしゃさまだ! たすけにきてくれたんだ!」


 広場へ向かうと、子供達の姿があった。母親や村娘達の姿もある。

 どうやら、女子供だけでも先に山の中へ逃がすつもりらしい。

 山中もゴブリン達が押し寄せてくれば、決して安全ではないのだが……。


「勇者様! どうかお助け下さい!」

「村の外にいた連中は皆殺されちまいました! もう、戦える人間は何人もおりません! どうか、どうかお助けを!」


 半狂乱になって村人達が縋り付いてくる。

 魔王が健在だった頃は、田舎の村人であろうと女子供であろうと、モンスターに立ち向かう勇気と強さを持っていた。

 だが、今の村人達の殆どは、魔王が斃れた後に生まれている。大きな戦いを知らぬ、平和な時を長く過ごした人々に「戦え」等とは言えなかった。


「ここは危ない。山の中へ逃げるんだ。ゴブリン共は――私が食い止めてみせる」


   ***


 目についた農具を『傀儡マリオネータ』の魔法で浮かせながら、門へと向かう。

 最盛期ならば百の武器を同時に操ることができた『傀儡マリオネータ』の魔法だが、今は四が精々らしい。クワやスキを四本ばかり携えて、炎上する門の前へと辿り着く。


「全員、退きなさい!」

「っ!? ゆ、勇者様! み、みんな、後ろへー!」


 必死の応戦を続けていた門番達を下がらせる。

 途端、ゴブリンの群れが門に空いた大穴から押し寄せるが――そこに向かって、四本の農具を射出する!

 狙いは過たず、クワがゴブリンの頭や胴体を砕き、スキが数体のゴブリンを串刺しにする。


 しかし、奴らの勢いは収まらない。仲間の亡骸を踏みつぶしながら、人間を皆殺しにしようと押し寄せてくる。

 ――ならば!


「はぁっ!!」


 裂帛れっぱくの気合と共に、『傀儡マリオネータ』の魔法で

 ゴブリン・ミサイルは鈍い音を響かせながら砕け散り、殺到したゴブリンの骨と肉を打ち砕く。

 原型を留めなくなったゴブリン・ミサイルは打ち捨て、でき立てほやほやの亡骸を次弾として更に打ち出す!


「す、すげぇ!」

「流石は勇者様だ! これなら!」


 背後で門番達が色めき立つが……無理だ。

 連続して魔法を行使したせいで、既に老人の身体は限界を迎えようとしていた。

 骨はきしみ脳髄は焼け、全身に鈍い痛みが走る。魔法の力に、身体の方が耐えられないのだ。


 そうこうしている内にも門扉や防護柵は焼け落ち、できた隙間からゴブリン達が、我が身に火が移るのも厭わず突進してくる。

 奴らは「個」という概念が薄い。自分が後進の礎となるなら、それは自分の勝利でもあるのだ。

 火だるまになった何匹ものゴブリン達が、俺に殺到してくる。


「しゃらくさい! ならば――」


 身体と精神にムチ打ち、火だるまとなったゴブリンを『傀儡マリオネータ』の魔法で門を越えた遥か後方まで射出する。

 門の外でゴブリン達の悲鳴と何かが砕け散る音が聞こえて来たが――同時に、焼けるような痛みが俺の肩口を襲った。

 見れば、肩には粗末な矢が突き刺さっていた。


「うわっ!? あいつら弓矢を使い始めたぞ!」


 背後の門番達が悲鳴を上げる。見れば、門の外から幾筋もの矢が放物線を描いてこちらに降り注ごうとしていた。

 これは、まずい!


 咄嗟にゴブリン達の亡骸で「肉の壁」を築き上げ、矢を防ぐ。

 だが矢の雨は止む事がなく、次々と降り注いでくる。

 その内の何本かは隙間を抜け、容赦なく俺の手足へと突き立った。


「ぐっ……うおおおおおおおっ!!」


 絶叫しながら「肉の壁」を門の外へと放り投げる。

 ――ややあって、鈍い音と断末魔とが上がり、ようやく矢の雨は止んだ。

 しかし、俺のダメージは大きい。老人の筋張った身体に、冗談みたいな数の矢が突き刺さっていた。

 痛みも最早感じず、ひたすらに全身が熱い。


「ゆ、勇者様……オイラ達を庇って」

「くそ! こうなったら死なば諸共! 勇者様、最後までお供しますぜ!」


 俺をゴブリン達から守るように一歩前へと踏み出す門番達。

 その勇敢さはとても嬉しい。だが――。


「……いや、君達は山中へ。他の村人と合流して、できるだけ遠くへ逃げるんだ!」

「な、なんでですかい!?」

「……これから、とても危険な魔法を使う。巻き込まれないように、早く!」


 そう言って急かすと、門番達はようやく山中の方へと駆け出してくれた。背中越しに聞こえた「御武運を!」という誰かの声は、震えていた。

 その間にも、ゴブリン達は次々と村内へ侵入し、邪魔者である俺をズタボロの肉片にしようと、粗末なナイフや斧を構えて奇声を上げて迫って来ていた。


 ――もちろん、「とても危険な魔法」なんてものはない。

 そんなものがあれば、最初に使っている。

 俺に残された戦法は、ゴブリン達の亡骸を使ったゴブリン・ミサイルと、それから――。


 目の前で、木製の門扉が遂に耐えきれなくなり、轟音を立てながら焼け落ちた。

 それを乗り越え、大量のゴブリン達が突進してくる。


「ありがとよ、武器を増やしてくれて!」


 門の残骸を浮き上がらせ、礫のようにゴブリン軍団へと放つ。

 まだ熱を持った焼けた木片が、ゴブリンの頭蓋を砕き、焼き、潰していく。

 更に、出来立てほやほやの亡骸をミサイルとして飛ばし、奴らが携えていたナイフや斧も投擲する。

 倒せば倒すほど武器が増えていく。

 問題は、俺の体力がどこまで持つか、だった。


 ゴブリン達も馬鹿ではない。俺に近付くのが得策ではないと気付いたのか、手にした得物を投げつけ、更に再び矢の雨を降らせ、俺を屠ろうと攻勢を仕掛けてくる。

 ――無傷な場所がどんどんと減っていく。


 それでも、一歩、また一歩と歩を進める。

 体力は既に限界だ。気力も尽きようとしている。

 ゴブリンの群れはまだ半数以上残っているはずだ。間違いなく俺は死ぬ。


 だが、死ぬまでに更に数を減らせるはずだ。

 村人達が山を越えて逃げ延びるまで、時間を稼ぐこともできるかもしれない。

 『傀儡マリオネータ』の魔法で自分の身体を、門の残骸を、ゴブリン達の亡骸を操りながら、俺は少しずつゴブリンの群れを蹂躙していった――。


   ***


 ――ゴブリンの襲撃から半日以上が過ぎた。

 既に日は落ち、村人達が身をひそめる山中には不思議な静けさが訪れていた。

 村を包んでいた火の手は少し収まったのか、今は夜空を薄っすらと赤く染めている。


 しかし、ゴブリンの群れが山中へと押し寄せる気配は一向にない。

 村の食料を漁っているのか、それとも。


「おおーい! 大変だぁ!」


 そうこうしている内に、村の様子を探りに行っていた村人が戻ってきた。

 勇者と共に戦っていた、あの門番の内の一人だ。


「みんな、今すぐ村へ戻るんだ! もう、ゴブリン共はいねぇ! それよりも――」


 門番の案内で、まずは男衆だけが村へと舞い戻った。

 そして、そこに広がっていた光景に絶句した。


 家々や田畑はその多くが焼け落ち、一部はまだ鮮やかな炎を上げていた。

 生活を再建するには、長い年月がかかるだろう。だが、問題はそこではない。

 村のいたるところに、ゴブリンの亡骸が転がっていたのだ。その数、ざっと見積もっても二百近く。

 生きているゴブリンの姿はどこにもなかった。


 そして――。


「ああ……勇者様……」


 広場に勇者の姿を見付けた村人達はその場にひざまずき、揃って号泣し始めた。

 ――勇者は、全身に矢を受け、ナイフを突き立てられ、絶命していた。両の脚でしっかりと大地に立ったまま。


 彼の周囲には、肉片と化したゴブリン達が転がっていた。

 他のゴブリン達と明らかに異なる、身なりの良い亡骸は恐らく群れのリーダーだろう。

 それさえも脳天をかち割られ、地面に倒れ付していた。


 勇者ショータは村を救い、死んだのだ。




   ###




 鳥のさえずりに目を覚ますと、見慣れぬ白い天井が目に入った。

 一体どんな技術なのか、極端に継ぎ目が少なく所々が発光している。

 何と面妖な。


 そのまま、やたらと所々が痛む身体を起こし伸びをする。

 ……伸び? いや待った。そもそも俺の身体はもう自由に動かないはずでは?

 ――と。


「ショーちゃん? ショーちゃん! 良かった、目を覚ましたのね! 一週間も目を覚まさなかったから、アタシもう駄目かと……」


 突然、少女が俺に縋り付いてきた。その背後には椅子。どうやら、そこに腰かけ俺が目覚めるのを待っていたらしい。

 なんだか、懐かしい感じのする少女だ。村娘ではない。だが、確かに見覚えのある――。


「ちょっと、大丈夫ショーちゃん? アタシのこと……分かる?」


 俺が戸惑っていることに気付くと、少女は途端にその可愛らしい顔を曇らせ、泣きそうな表情を浮かべた。

 

 ――頭にズキンと痛みが走り、不意に様々な記憶がよみがえってくる。

 彼女が幼馴染の少女であること。ずっと両片思いだったのが、少し前にようやく付き合い始めたこと。


 そんな彼女とのデートへ向かう途中で、トラックに轢かれたこと。


 なんだか、他にも色々なことがあった気がする。

 おぼろげな記憶の向こうで、沢山の人々の顔が浮かんでは消えていく。

 心躍る冒険の数々や、悲しい出来事が沢山あったような気がする。

 だけど、今は――。


「大丈夫、ちょっと頭が混乱してたみたいだ。心配をかけてごめんね――」


 この世で一番大切な少女の名を呼びながら、その華奢な体を抱きしめる。

 それ以外に、俺が今すべきことは、きっと存在しないから。




   ???


 ――ショータが恋人の温もりを感じていた、その頃。彼の姿を遥か遠くから見守る者の姿があった。

 金髪碧眼の、浮世離れした美女である。


 テレビにも似た機械に映ったショータとその恋人の姿を、やや冷めた視線で眺めながら煎餅をバリバリと食べている。


「……まったく、危なかったわねぇ、ショータさん。まさか、ゴブリンの群れを倒した直後にするだなんて、運がいいのか悪いのか。一応、持病だったみたいだから『自然死』判定しておいたけど、あとちょっと遅かったら出血性ショックで死んでたわよ? そうなってたら間違いなく『自死』認定しちゃってたわよ! 最後までやきもきさせてくれたわね!

 ま、彼女とお幸せに。クワトリアでの記憶は薄くしておいたから、じきに日常に戻れるわよ」


 それだけ呟くとショータに興味を無くしたのか、美女――女神は機械のスイッチを切り、煎餅を貪りながら手にした書類に目を落とした。


「さてさて、お仕事お仕事! 次なる転生勇者様は、めんどくさい奴じゃないといいんだけど――」


(了)

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