第16話「認めたくないけど……」

「それでも頑張る、ねぇ……」

「別れた今が、ちょうど良い機会だろ。取り敢えず、落ち着いてみろって……」

「それはつまり、誰とも付き合うなってこと?」

「えーっと……」


 もちろん、言い方を変えているだけなので、そう言っている事になる。

 そこを詰め寄られると、何か嫉妬みたいなもので付き合うなと自分が言っているような気がして、ちょっとバツが悪くなった。


「ふふ、そういう事みたいだねぇ」

「そりゃそうだろ……」


 うまく話を進められなかった俺は、開き直ったように言い返すことしか出来なかった。


「何で悠太はさ、そこまで私のことを気にしてくれるの?」

「え」


 瑠璃にそう問われて、俺はちょっと戸惑った。

 確かに、瑠璃の噂は前から聞いてうんざりして嫌悪感も抱いていた。

 同じクラスになって再会してから、どれほども日数が経っていないのに、俺はこうして必死になっている。


「お、幼馴染だし、妹が世話になってる事が分かってるからだろ……」


 少しの間の後、俺はそう答えた。

 でも、それは自分の中で瑠璃を気にする根幹で無いことは、分かっていた。

 何か別の感情が、この俺の無意識に引き起こす必死な行動の原動力になっている。


「幼馴染がビッチだと、悲しいの?」

「……そりゃそうだろ。聞こえてくるもの、見えるもの全てが、俺の心を抉ってくる」


 高校に入ってから、より強く聞こえてくる噂。

 その頻度は多くなり、内容もどんどん過激になる。

 聞きたくないと思っていても、みんなの噂話が聞こえてくるたびに、心に大きな穴が空くような感覚に陥る。


「私、とんでもなく悪いやつだね」

「今更かよ」

「それでも悠太って、こんな悪い私のことを捨てないんだね」

「……捨てられるわけねぇだろ。小さい頃から、お前のことを知ってるし。それに……」

「それに?」

「俺はお前のことが好きだった。どんなにクズになろうが、想い人の事は簡単に切り捨てられねぇよ。俺は、女性と付き合いの無い童貞なんだ。お前みたいに経験豊富で、異性への感情一つそんな簡単に割り切れねぇよ」


 一度は言うのを止めようと、言い淀んだ。

 ただ、瑠璃に言い淀んだところを拾われて、堰を切ったように話してしまった。

 この雪崩のように口から出てきた言葉が、瑠璃に対して必死になってしまう原動力になっていることは、言うまでもなかった。


「……」


 俺の言葉が終わっても、瑠璃は何も言葉を返してこなかった。

 俺としても、こんなダサい話をしておいて、瑠璃がどんな顔をしているか、見るのが怖くて下を俯いておくしかなかった。

 異性経験の多い瑠璃にとって、チャラい浮気性やヤリ目の男より、経験が無くて拗らせている男の方が、よっぽどキモいと感じているに違いない。


「勝手なこと言って、ごめん……」


 色々と考えたら、瑠璃の質問を利用して俺が非難しただけのように感じた。

 申し訳なく感じた俺は、謝罪の言葉を入れた。


「ううん。私こそ、ごめん……」


 瑠璃から返って来たのは、消え入りそうなくらい小さな声の謝罪だった。

 まさかの反応に、俺は戸惑ってしまった。

 こんな拗らせた感情をぶつけて、どんな女であれど、傷つける事になるとは。

 妹にあれだけ言われて、自分でも分かっていたのに。

 自分の感情をいつまでコントロールが出来ていない。


「……俺が悪いから、謝らないでくれ。勝手に拗らせて、お前の現状を利用して八つ当たりしただけだから……。もう帰ろう」


 みっともなさ過ぎて、話を続けられないと感じた俺は、ベンチから立ち上がった。


「ねぇ、悠太」

「なんだ?」

「言われた通り、ちょっとだけ落ち着けるように頑張ってみようと思う」

「……そっか」


 なぜ急に考えを変えたのか、内心大きく驚いてしまったが、特に何も言わずに反応だけした。

 ここでまた何か言えば、色々とややこしくなるだろう。


「しんどい事もあるかもしれない。その時は……頼らせてもらってもいい?」

「……悪いけど、表立っては出来ない。でも、スマホやこうして地元でなら、いくらでも話に乗る」


 色んなことを言ったが、高校では瑠璃と積極的には関われないと思う。

 俺の事を思ってくれる陸人や有田さんが、また大きく不安を抱いてしまうだろう。

 どんな噂が最悪広まってもいいが、あの優しい二人に負担をかけることだけは、したくない。


「うん。それでいいから」

「分かった。じゃあ、ちょっとだけ頑張ってみよう」

「うん」


 瑠璃も頷くと、ベンチから腰を上げた。


「じゃあ、帰ろう。また明日も学校はあるし。提出物も多いんだよな」

「え、何の提出物残ってるの」

「数学の問題集だけど?」

「うっわ、一番面倒なやつが残ってるじゃん」

「そういうお前は、終わってるの?」

「当たり前でしょ。あんな面倒な物は、早く終わらせるのに限るでしょ」

「マジか! 範囲の所、見せてくれね?」

「絶対にヤダ」

「何でそんなにハッキリ拒絶する!?」

「楽しないで、ちゃんと自分でやりな〜」


 分かれ道に辿り着くまで、瑠璃と誰とでもするような会話をようやくした。

 いつもの媚びるような声ではなく、淡々とした話し方だったが、俺にとっては聞きやすく感じた。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ビッチになった幼馴染との関わり方。 エパンテリアス @morbol

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ