第15話 「流行り物」

 放課後になると、いつものように部活に向かう陸人と有田さんを見送る。

 その後、持ち帰る教材などをまとめてカバンに入れて、教室から出て駅へと向かう。

 瑠璃は、放課後すぐに教室から出ていったために、居なかった。

 居たら確実に、貸しのことをダシに何かと絡まれそうなので助かった。


「寄り道して帰るか……」


 自宅から高校までの道のりの中で、買い食いなどが出来る場所がいくつか存在する。

 ただ、高校の近くだと教師が見張っている事がたまにある。

 なので、出来るだけ自宅に近い場所で買い食いや、寄り道をするのがポイントだったりする。


 いつもの駅で降りると、自宅とは違う方向に進んで、駅前にある商店街の中に入った。

 大型ショッピングセンターやスーパーなどの影響を受けて、シャッターが目立つ。

 俺が目指しているのは、小さい頃からよく足を運んでいるパン屋。


「あ、悠ちゃん! 今、帰りかい?」

「そうそう」


 気さくに声をかけて来るのは、このパン屋でずっと働いているおばさん。

 小さい頃から、買い物に行く度に声をかけてもらっている。

 中学の頃も、買い食いがしたいと思った時は、ここで1つ菓子パンを買って、近くの公園で食べていた。


「今日は何にしようかな〜」

「今日はあれあるよ! あの……クリームがすごいやつ!」

「あー、マリトッツォ?」

「それそれ!」


 確かに、様々なパンが並んでいる中に、テレビで毎日のように見るものと、同じ物がある。

 パンなのに、クリームの主張がここまで凄いと、嫌でも目にはつく。


「流行りに乗っかったのね」

「お客さんに無いの?って、言われちゃったからねぇ。まぁ売上もいいから、全然アリ」

「ほー、じゃあ俺はこのチョココロネで」

「悠ちゃんは、昔からブレないね……」


 小学生になるくらいの時にチョココロネを食べてから、菓子パンを選ぶときはずっと同じ。

 会計を済ませると、いつものように雑談が始まる。


「反抗期は終わった〜?」

「中学の頃よりは、マシになった気がする」

「そうかい」

「今は妹が、よく親と喧嘩してるな」

「海咲ちゃんが〜!? 良い子なのに!」


 あいつ、表向きだけは優等生だからな。


「まぁ、そんなことよりも。悠ちゃんも高校生でしょう? そろそろ彼女とか、出来てもいいんじゃない?」

「無理だから、ここに一人で来るのよ?」

「ここに可愛い子と一緒に来るところ、早く見たいねぇ。これサービスしてあげるから、頑張りなさい」

「……マリトッツォ一個で、彼女が出来たら苦労しないよ?」

「今の女の子に流行りのやつでしょ? どんなものか食べて、女の子の気持ち分からなきゃ!」


 そう言うと、おばさんがマリトッツォを一個取って、チョココロネと一緒に袋に入れた。


「まずは何でも試してみることよ!」

「それもそうだね。ただ、妹に食われたら、すいません……」

「まぁそれはそれでアリね! その時は海咲ちゃんによろしくね!」


 サービスをしてもらい、パン2つが入った袋を持って、いつも食べる場所にしている公園へと足を運ぶ。

 公園は、駅を挟んで商店街とは逆方向にある。

 再び、駅前を通りかかった時だった。


「あ」

「あ、悠太……」


 そこでばったり、電車から降りて駅から出てきた瑠璃と鉢合わせした。


「帰ってくるの、遅かったんだな」

「まぁね……」


「あ」という一言だけで、通り過ぎるのに違和感があったので、軽く会話を続けてみた。

 しかし、いつものように俺をおちょくるような言葉や反応は返ってこなかった。

 言葉にも歯切れが悪く、会話が続くような返事が返ってこない。

 何となく、表情にも覇気がない。


「な、なんかあった?」

「……ごめんね、分かりやすくて。気にしないで」


 無理に笑顔を作りながら、そんなことを口にする。

 その様子に、俺は言葉にはし難いとても複雑な気持ちになった。

 中学の頃、瑠璃と疎遠になり始めた時と同じ顔をしている。

 当たり前のように関わってきて好意を抱いていた相手と、関わらなくなったという出来事。

 それは俺にとって、一番強烈な思い出として残っている。

 こんな些細な反応ですら、あの強烈な思い出に関わるものだからこそ、気になってしまった。


「話、よかったら聞くぞ?」

「え?」

「買い食いしようと思ってパン買ったら、流行りのマリトッツォをサービスしてくれてな。ただ、一人でこんなに食べないから、食べながら話でも聞くけど?」


 気が付いたら、口からツラツラと言葉が出てくる。

 俺は一体、何を言っていて何をしているのだろうか。


「悠太に話すようなことじゃないよ……」

「貸し、どんどん増やそうとしてるんだから、どこかで消費してくれよ」

「……」

「それに、散々いつもはおちょくってるのに、ここだけ俺は論外とかひどくないか?」


 気持ち悪いくらい言葉が出てくる。


「……ちなみに、どこで食べるつもりだったの?」

「そこの公園。いつ行っても、人が居たことないし」

「真っ直ぐ家に帰る気にもならないし、じゃあついて行こうかな」


 瑠璃とともに公園へと足を運ぶ。

 小さな公園で、相変わらず人が全くいない。

 利用している人、果たしているのだろうか。


「ほい」

「ん、ありがと」


 ベンチに座って、袋から包装されたマリトッツォを取り出して、瑠璃に渡した。

 瑠璃は、控えめにマリトッツォにかじりついた。


「……美味しい」

「口にあったようで良かったわ」


 瑠璃に、少しだけ自然な笑顔が戻った。


「で、何があった?」

「……付き合ってた男と揉めてさ。さっきまで別れるって話してた」

「……結局、結論としては?」

「別れたよ」

「お前は……。別れたかったのか? 別れたくなかったのか?」

「体目当てって感じで面倒になって、私が別れたかった」

「……そうか。なら、お前の希望が通って良かったじゃないか?」

「そうなんだけど、揉めすぎて疲れちゃったりからさ」

「それってさ、昼休みに話してたやつ?」

「え、見てたの?」

「陸人の購買に行くのについて行った時に、たまたま…な」


 あの時に話している姿を見たが、揉めていたらしい。


「そっかぁ。見苦しいところ、見せちゃったね」

「俺に取っちゃあ、お前はいつでも見苦しいよ」

「あはは! 言われちゃったなぁ」


 やっといつものように楽しそうに笑った。


「しんどい思いをするんだから、すぐに男と付き合うの、止めといたほうが良くないか?」


 あ、これ非モテの見苦しい発言だ。

 言った直後に、そう思ってしまった。


「そうかもね。それかもっとちゃんとした人、見つけないとね」

「それが出来てないから、落ち着けと言っとるのに……」


 最後のチョココロネ一口を、口に押し込んだ。


「まぁ、今日も話の終わり際に言われたけどさ」

「うん?」

「私、ビッチだから無理じゃない?」


 瑠璃は、唇に付いたマリトッツォのクリームを、控えめに舌なめずりしながら言った。


「そ、それでも頑張るんだよ!」


 その姿に圧倒されつつも、強引に結論付けた。

 結局、マリトッツォで瑠璃の気持ちは分からなかった。

 ただただ、妖艶な姿に混乱してしまった。




















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