第14話「突然のピンチ=貸し二つ」

 お昼休みを終えると、五時間目・六時間目の授業が連続して続いていく。

 眠気との戦いで、内容が面倒な授業や映像などを見る授業で教室を暗くする時があると、乗り切るのも一苦労する。

 部活をしていなくて、時間に余裕がある俺でも眠くて仕方ないのに、部活をしている人たちはなおさら眠いことだろう。


「寝るなー! 二年生になったばかりなのに、気が緩み過ぎだぞ!!」


 英語教師が、黒板をバンッと大きな音を立てて思いっきり叩いた。

 流石に聞き慣れない大きな音で、寝ていた人も顔を上げる。

 英語教師は、かなりの生徒がウトウトしていることに苛立っている様子。

 もちろんだが、居眠りに対する叱責の仕方は教師それぞれで、注意はするけどそんなに怒らない人もいれば、この教師のようにかなり怒る人もいる。

 しかもこの英語教師、体育系みたいな感じで怒るとかなり怖い。

 苛ついた雰囲気のせいで、重苦しい雰囲気に包み込まれる中、授業は進む。


「はい、次の文章の訳を答えなさい。二列目のそこの君」

「は、はい。えっと……」


 その中で予習が出来ていない人もいて、指名されても答えられない生徒がいた。

 陸人と同じように、毎日遅くまで部活をやって帰ってから予習をすることは、誰にとっても大変だということだろう。


「予習範囲だっただろ! 何でやってないんだ!」

「すみません……」


 答えられないことで、更に英語教師の圧が増していき、みんなが指名に震えながら授業を過ごす。

 昼休み明け苦しい授業が、怒鳴り声が飛びつつもなんとか少しずつ進んでいく。

 そしてついに、今回の範囲として指定されていた範囲がやっと終わった。


「今回の授業で指定した範囲はここまでか……。まだ時間あるな。教科書の今開いている次のページにある問題集を、今からやりなさい。五分後に答え合わせをする。指名するから、当たる順番の者は問題の英文の訳も答えられるようにしなさい」

「マジか……」


 次のページを開くと、応用問題として今回の範囲で習った単語や文法を用いた問題が並んでいる。

 今回の授業では、指名がまだ回ってきていなかった俺は、順当に行けばこの問題中に指名される。


(え……。この単語の意味、分かんねぇ……)


 今日の英語の授業を迎えるにおいて、俺は一つのミスをしていた。

 それは、昨日の予習で辞書を使ったのだが、辞書を持ってくることを忘れてきてしまったのだ。

 今回のように、予習範囲以外の内容に触れるときがあるので、常に辞書は常備しておくように言われている。

 そのため、ここで単語の意味が分からなくて答えられませんというのは、先程の予習がきちんと出来ていないのと同じように己の不備ということになる。


(やべぇな。このままだと、怒鳴られる……)


 一応、真面目に生活してきているので、教師に注意されるということは、俺にとってはなかなかの心のダメージになる。

 新クラスになって間もないこともあって、ダメなやつという印象を付けたくないが……。


(ダメだ。英単語は辞書無いと何にもできない……)


 切羽詰まり過ぎて、髪をクシャッとしてしまうが、そんなことをしたところで何の解決にもならない。

 みんな静かに問題を解いているし、キョロキョロしているとそれこそ先に叱責されに行くようなものなので、何にもできない。


(大人しく怒られるしかないか……)


 どうしょうもない状態に、諦めをつけた時俺の目の前から折りたたんだ小さな紙が飛んできた。


(どこから来た!?)


 折りたたんだ紙を広げてみると、俺が指名されるであろう問題の和訳と選択肢の正当が書き込まれていた。

 そしてその内容の最後に、こう一言記入されていた。


 ―はい、これも貸しね。状況的に二個分くらいの価値でよろしく―


 どうやら送り主は、後ろにいるやつらしい。

 教師にバレる可能性もあるというのに、俺の様子がおかしいことを察して、答えを教えてくれたらしい。


「よし、五分経ったな。じゃあ和訳と選択肢の答えを指名されたら、言っていけ。時間無いからサクサク答えてくれよ」


 英語教師がそういうと生徒を一人ずつ指名して、指名された生徒たちは答えていく。


「よし。じゃあ次は、原田」

「はい。訳は〜で、答えは二番です」


 自分の名前が呼ばれると、瑠璃が寄越してきた紙に書かれた内容を、そのまま答えた。


「はい、正解。ここで出てきた単語、知らなかった人はしっかりと把握しておくこと」


 書かれた紙のおかげで無事、難を逃れることが出来た。

 そして問題も全て終わり、授業の終わりのチャイムが鳴り響いた。


「はい、今日はここまで。明後日の授業では次のページの英文が範囲になるので、ちゃんと予習しておくこと。以上」


 それだけを言い残すと、英語教師はさっさと教室から出ていった。

 その出ていく姿を確認してから、教室全体から安堵に近いため息が一斉に漏れた。

 そして、休み時間のざわつきが一気に巻き起こった。


「悠太ぁ〜」

「あ、はい……」


 もう顔を見なくても分かる勝ち誇ったような声。

 ゆっくりと振り返ると、意地悪そうな顔をしている。


「辞書忘れて危なかったねぇ。焦ってる姿、後ろからでも面白いくらい分かったよ?」

「返す言葉もないな……。助かった」

「これで貸し、四つになったね。どんどんたまっていくね」

「たまり方が早すぎるな……。実際に助かってるから、何も言えないところだけど。あ、昨日のは騙されたけどな!」


 このままでは、本当に何でも言うことを聞かせるという十個など、すぐにたまるのではないか。

 助けてもらえることは、非常にありがたい。

 しかし、後で貸しを利用して何をやらされるか分からないので、これ以上は増やさないようにしなければ。


「ま、持ちつ持たれつでいこうね!」

「はい……」


 あの窮地を救ってくれた瑠璃には、返す言葉もなく、ただ大人しく返事をするしかなかった。










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