にせもの

@alseika

にせもの

俺は有名配信者「あるせかい」に声が似ている。

彼は日本トップクラスの配信者だ。

そして俺は彼の特徴的な挨拶である、「本日のあるあるーッ」という馬鹿げたセリフをもう何年も真似している。

一人で。動画を撮るわけでもなく、ただ狭いアパートの一室で一人。

孤独ではないし虚無感も感じない。

なぜなら隣の部屋の隣人がそれを聞いているからだ。

隣の部屋の住人である遥は、だいたいいつも一人だ。

彼女は中学生で、親は母親だけでそれも夜遅くに帰ってくる。

昼頃でも薄い壁の向こうから物音が聞こえてくることから察するに不登校なのだろう。

はじめはそんな彼女が「あるせかい」のリスナーだったら勘違いして喜ぶかなといったちょっとした出来心、遊び心で始めた儀式であったが、どうも彼女は本気で信じてしまったらしい。

あいさつを始めて一週間ほど経った頃、彼女が部屋に来たのだ。

ドアスコープ越しでも長い髪の隙間から見える目が輝いているのがわかり、サインの一つでも貰おうとしている雰囲気がものすごく感じられたので、変装した。

というか普通にサングラスとマスクとニット帽を被って出た。

これがまたよく考えればわかることなのだが、家の玄関で客人に会うときにそんな恰好するやつは決まって変なやつか、有名配信者であるかのどちらかであると思われてしまうだろう。

そして俺は彼女の表情の変化からそれを察した。

ハッとして「あァ~ッ!やっぱり」という表情に変わったのである。

まぁここで「実は俺にせものなんだよねジャジャーン」って言ってネタ晴らしして夢をぶち壊すのもまた一興かと思ったが、その時はなんとなくまだ遊べそうだという気持ちで「あぁ、俺あるせかいなんだよね。バレちゃった?」と言い放ってみた。

彼女は実はだいぶ前から気づいてましたと言った。

まぁそうだろうなと思った。

次にサインを下さいとノートを出した。

まぁそう来るだろうなと思った。

そして予め用意しておいた返事をする。

「ごめんね、お兄ちゃんサインとかそういうの、しないんだ。ファンの人たちにとって不公平になっちゃうからね。」

決まった。と思った。我ながらかっこいいと思った。

彼女は少しがっかりそうにしてまぁですよねといった感じのことを言った。

それから彼女は何か質問しようとして文字で埋め尽くされたメモというか紙切れをポケットから取り出した。

そんな質問攻めされては正体がバレちまうと思った俺は「あっ、今日の配信もうすぐしないといけないからごめんね!」と言って、半ば強引に帰ってもらった。

少し可哀そうな気もしたので「まぁ、僕は忙しいだけで君のことが嫌いとか、そんなこと全然ないから!また来てね!なんかあげるよ!」

と追い討ってみた。それでも彼女はすこし寂しそうだった。

それから現在に至るまで彼女は来ていない。

それでも壁一枚挟んだところでするかすかな物音で「今日も生きてるな」と思っていた。


冬。正月も近付いて来た季節。

俺は相変わらず大学に行ってバイトをし、変な挨拶をするという奇妙なルーティーンを続けていた。

もう変な挨拶も板について本家と並べても遜色ないレベルにまで到達していたと思う。

実は動作も真似をするようになっており、その動作もほぼ完璧に真似できていた。

そんな、俺が自分自身のちょっぴりとした成長を噛みしめて、そして自分はいったいなにをしているんだといった感じの虚無感を感じている最中、チャイムが鳴った。

彼女が来たのだ。

遥はもう一生来ないでにせものの俺に騙され続け本家を応援し続けるマリオネットになったのだと思っていた。

そのためちょっとどぎまぎした。

なんでマリオネットに自我があるんだ?

またあの時と同じように変な変装をして出た。

開口一番「幽霊?」と聞かれた。

俺はその言葉が持っている意味が予想の裏側をいっていたため理解ができず、「え?なんて?」と聞き返した。

彼女はスマホを取り出すと、一本の動画を見せてきた。

タイトルは「今までありがとう」

あるせかいは死んでいたのだった。

残念なおつむを頭蓋の中に収納している俺は、ある時期から本家を追わなくなっていた。

本当におさるさん並みの知能だと思う。

そのため本家あるせかいが死亡していたことに気づけなかったのである。

「オァァア...」

まるでおさるさんだ。変な声が出てしまった。必死にがらくたみたいな脳を回して嘘を考えた。

しかし、がらくたを回したって出るのはがらくただけである。

適当な嘘を4,5発こいたところで「嘘つき!」と言われてサングラスとマスクとニット帽を取られた。

まぬけだ。たかが女子中学生の瞬発力にすら追いつけぬ自身の動体視力を憎んだ。

「あ...」

彼女の顔がみるみる青くなっていくのが分かった。

俺は弁明しようとして、黙った。

彼女は駆け出した。

俺は、俺がやってきたことをいろんな人に言いふらして俺の地位がどん底にまで叩き落とされるのではと焦り、彼女を追った。

どうにも無情なことに彼女の脚力と俺の脚力は拮抗しているようで、まったく追いつけなかった。

「くそッ、たかが女子中学生、それも不登校のくせになんて足が速いんだ!」

俺は泣きそうだった。

女みたいな走り方で涙をこぼしそうになってハッとする。

成人男性が女子中学生を街で追い回しているという構図、滅茶苦茶まずくないかと思った矢先。

彼女はこけた。

おれはしめたと思った。

優しく大丈夫かと声をかけてそしてそれから事情を説明すれば俺の地位は守られる。

そう考え、あゆみ寄ろうとすると、

「にせもの!」と言われた。

その時、俺は若干の心のわだかまりを感じた。

いや、俺はにせものだけどさ。本物だと勘違いさせてお前に夢と希望を与えていたんだぞ。

それで本当のことが分かったからといって、その言いぐさはないだろう。

俺は立ち止った。もう声をかける気も失せた。好きにしろと思った。

そして足元に目線を移し、もう帰ろうかと思った。

すると何かが何かにぶつかるような音がした。

振り向くと遥は車にはねられていた。

ちょうど再び走って何処かへ行こうとして出たところが交差点だったらしい。

おそらく即死であることは見て取れた。

不登校で、夢も壊されて、車にはねられて、なんというか、救いがないな。

「本日のあるあるーッ!」

俺は気づいたら変な挨拶をしていた。

しかし体は勝手に動く。

辛いラーメンをすする。

オーバーなリアクションをとる。

気づいたら俺は本物のあるせかいになっていた。

日付は2021年8月17日。

だいぶ前だ。時間も逆行したらしい。

俺は考えた。これは神様が俺の善行を評価して億万長者である、あるせかいに転生させてくれたんじゃないかって。

だが、実際は違っていた。罪悪感が消えないのだ。

それも死んでしまいたくなるほどに。

大金があってもどうにもならないほどに。

俺はあるせかいとなって考えた。

もし、遥がまだ生きているなら、転生前の俺が生きているなら。

俺のやるべきことは、配信を続けること?

それから俺は配信を続けた。

どうも体が色々覚えているようで、言葉も企画もすらすらこなすことができた。

しかし消えない罪悪感。本当にこのままでいいのかという感情。

俺は偽善に走った。

前の遥は死んだが、今いる遥を助けることで自分を満足させようとしたのだ。

しかしトップ配信者のスケジュールは鬼厳しかったので、俺は「少し休憩します」という動画を出して、一時の暇を得た。

さぁ遥の、そしてにせものの俺がいるアパートに向かおう。

青いジャングルジムがある公園を抜けた先、そのアパートはあった。

そっとにせものの俺がいる部屋に耳を近づけると「本日のあるあるーッ!」と勇ましく儀式を行っていた。

間抜けだ。自分でも残念だと思うほどに間抜けだ。

本物のあるせかいは今休業中なんだよ。馬鹿野郎。

きっと隣の部屋の遥もさぞ疑問符でその頭を満たしていることだろう。

さぁ来い遥。お前が車にひかれる前に俺がお前を助けてやる。

そう思ってはいるがなかなか出てこない。全然出てこない。

そうだ。日付が違うのだ。

そう思って俺は車の中でじっとその時が来るのを待った。

そして、寝た。

騒がしい声で目を覚ます。

成人男性が女みたいな走り方で泣きながら女子中学生を追っていたのであった。

俺はまずいと思って一行を追った。

しまった。

あるせかいも女みたいな走り方だったのだ。そして俺以上に足が遅いしスタミナが無い。もし俺が馬なら間違いなく肉に加工されてしまうだろう。

まずい、このままでは遥が死んでしまう。

そう思った俺は何かいい手はないんかと考えた。

無かった。

ただ女みたいな走り方で走った。

そしてにせものの俺に追いついた。

そして追い抜いた。

そして遥の腕を掴んだ。

寸でのところをトラックが通り過ぎていった。

遥はこちらを向いた。

「えっ!?」と、なんとも平凡な人間らしい反応を示した。

「俺は本物のあるせかいだ」

中身はにせものだが少なくとも外面は本物だ。後ろに突っ立ってる馬鹿ではない。

「危なかったね、大丈夫?」

俺は優しく声をかける。俺はきっとこれ以上ないほど達成感に満ち溢れた顔をしていたと思う。

にせものの俺はパトカーに乗せられ何処かへ運ばれていた。

アパートに到着して遥にサインを渡した。

「不公平だけど君だけ特別だ。」

そう言ってかっこつけてみた。

遥は何事か言おうとして、部屋の中へ行ってしまった。

まぁ、照れているのだろうと思い俺はかっこよく帰ることにした。

階段を降りようとしたとき、背後から足音が聞こえた。

振り返ると遥が手紙を持っていた。ファンレターだった。

後で読むねと言って別れた。スーパーカーの中で手紙を読んでみると、やはりありきたりなファンレターであった。

しかし、最後の行にはむくつけき文言があった。

「ひとごろし」



俺はハッとした。

そうだ。遥が今いるのは車道で、それも交差点の一歩手前だ。

つまり俺は走馬灯のようなもの、いや、多分違うと思うが。

とにかくそんな類のものを見ていたんだと思う。

馬鹿なりの想像だ。それでも。

俺は飛び出した。女みたいな走り方で。

そして、交差点へ飛び出そうとする遥の手を掴んだ。

目の前をトラックがものすごい速度で通り抜けた。

沈黙、絶句ともいうのだろうか。

兎にも角にも俺は遥を助けた。

一度死んでいる(想像だが)ので、後味はあまりすっきりしないが助けたのである。

遥は泣いていた。

翌日遥はやってきた。

謎の手紙を引っ提げて。

にせものの俺にファンレターか?いや、昨日のお礼か。

そう思い読んでみるとそこには俺への感謝の気持ちがつづられていた。

「途中からにせものだと分かっていました。」

「だけど、そんなにせものでも私に夢と元気を与えてくれたのは事実です。」

「ありがとうございました。」

そして遥のほうに目をやると、微かに、笑っていた。



俺は今でも変な儀式を続けている。

誰のためでもない。習慣が抜けないのだ。

しかし、ひとつだけ違うことがある。

隣人がいないこと。誰も聞いていないこと。

隣人は、学校へ行っているのだから。



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