第4話
公園を亡霊のように安田は歩いていた。あの部屋にいるのは、いたたまれなかった。壁に残るシミ、微かに聞こえる隣からの音。ダメな自分の証拠がしっかり残っている。
「死のうかな」
仕事も見つからない。貰っている金は長くはもたない。これからどうなるかわからない。新型コロナウイルスが変えた世界は、地獄そのものだ。
「ヤダヤダヤダ」
突然、子供の駄々をこねる声が飛び込んできた。安田はそちらの方を伺い見る。
「せっかく風船、貰ったのに……」
「ごめんね、お母さん小さいから届かないよ」
小さい女の子と、どちらかといえば、小さめの母親が、木を見上げながら、そんな事を言っている。視線の先には風船が引っかかっていた。持ち手が垂れ下がっているが、あの二人では届かない。自分なら届きそうだな、安田はそう思い、何の気なしに、二人に近づいて、風船の持ち手を掴んだ。
「ほら」
安田は女の子に風船を渡す。
「あっ」
親子は二人して、気の抜けた声を出した。
「もう離すなよ」
女の子は少し間を空けて、零れるほどの笑みを浮かべた。
「おじさん、ありがとう!」
「ありがとうございます!」
二人がとてつもなく嬉しそうな笑顔でそう言った。
「あぁ、いや……それほどの事は」
とっさに安田は片手で目を押さえた。
「どうしたの?」
女の子が不思議そうな顔で安田を見つめる。
「いや、ほんと……何も」
ただ風船を取っただけ。相手もただお礼を言っただけ。だけど。
「ごめ……んな、おじさん、もう……行くな……ありがとう」
「あっ」
安田は逃げるように立ち去る。母親の気の抜けた声が後ろから聞こえた。
「うっ……うぐ……こんな俺に……汚い俺に」
あふれ出る物と、しゃくりあげる声を、誰にも悟られない様に、早足で安田は歩いていく。
俺みたいな人間に、できる事はあるんだろうか。
変わってしまった世界で 高岩唯丑 @UL_healing
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