第5章

1.瀬奈との思い出。








 ――瀬奈は、小学生の頃から運動神経がずば抜けていた。



「おい、待てって! この体力馬鹿!」

「えっへへーん! たっくんが足遅いだけだよーだ!」



 夏休みの、ほんのひと時。

 小園家と野川家、家族ぐるみの付き合いで山に行ったことがあった。

 県の中心街から車でしばらく行った先、瀬奈の祖母が暮らす集落だったか。そこでは昔ながらの造りをした家々が並んでいて、新鮮な気持ちになった。

 現代っ子でもあった俺と幼馴染だが、圧倒的な大自然の前に興奮して一日中外で走り回っていた。だけど縦横無尽に駆け回る瀬奈に対して、俺はもう限界。


 太陽がてっぺんから少し斜めになった頃合い。

 俺はついに疲れて、その場に座り込んでしまった。



「あれ、たっくん?」

「ちょっと休憩! キツイって!!」



 小川のほとり。

 涼やかな空気の流れるそこで、俺は一息ついた。

 すると、軽快な足取りで瀬奈も隣に。そして靴を脱いで、足で小川の水を跳ねさせた。ぱちゃぱちゃという小気味よい音がする。

 それにボンヤリと意識を取られそうになりながらも、ふと俺は幼馴染に訊ねた。



「なぁ、瀬奈? 瀬奈には、将来の夢ってあるか?」



 それこそ、夏の日差しに浮かされたような問いかけだ。

 先日、親父に訊かれたから繰り返しただけ。だがそれに瀬奈は真剣に考え込み、そして一つ大きく頷いてからこう答えるのだった。



「えっとね! アタシは――」



 満面の笑みを浮かべて。




「いつか世界中を、こうやって跳び回りたい!!」――と。




 真っすぐに。

 まったく混じりけのない、純粋な瞳を向けて。



「跳び回りたい……?」

「うん! いつかね、いろんな国でこうやって生きていけたらいいな、って!」



 訊き返した俺に、彼女は笑って言った。

 あまりに大きくて、子供らしくて、それでいて瀬奈らしい夢。



「……そっか。きっと、楽しいな」

「うん……!!」



 肯定すると、幼馴染は明るく答えた。




 これは俺の中にある、瀬奈という女の子のイメージを決定付けた光景。

 そして、彼女という少女の在り方を示すものだった。



 





――――

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