第4章

1.始まるかもしれない感情。









「親父と恵梨香さん、今日の夜帰ってくるんだっけ?」

「うん! 八時ぐらいかな」

「そっか。それなら、なにか買い出しに行くか? 結婚祝いみたいなこと、なにもできてないわけだし」



 ある日の夕方のこと。

 帰り道で、俺と絵麻はそんな話をしていた。

 急転直下でハワイへ向かった両親。そんな二人が今夜帰ってくるのだが、お祝いのようなことをしていないことに気付いた。

 再婚とはいえ新婚なのだから、めでたいことに変わりはない。


 最初に聞いた時は眩暈がした。

 それでも一ヶ月、義妹と過ごして色々と整理ができたのだ。



「そうだね、お母さんも喜ぶと思う!」

「よし。だったら、ケーキでも買って帰ろう」

「わーいっ!」



 ケーキ、という単語に対して無邪気に喜ぶ絵麻。

 微笑ましいその姿に、俺は思わず笑って彼女の頭を撫でた。初めの頃はぎこちなかったこれも、ずいぶんと当たり前の行動になってきている。

 絵麻は人懐っこい笑みを浮かべて、俺のことを見上げた。

 そして、俺の腕に自分のそれを絡めてくる。



「ねぇ、お兄ちゃん。駅前のお店、行ってみようよ!」

「新しくできた店だっけ。いいよ、行こうか」

「うん!」




 そんな可愛い義妹の提案で、ほんの少しの寄り道が決定したのだった。







「へぇ、可愛らしい装飾だな」

「ホントだね! あ、これ見てよ!」



 駅前のケーキショップに到着すると、絵麻は早速ショーケースに釘付け。

 俺のことを手招きして、中にあるホワイトチョコのホールケーキを指さした。価格はそれなりで、大きさも四人で食べるのにちょうど良い。



「これにするか?」

「うーん。中に入って見て決めよ?」

「分かった。そうしよう」



 ひとまず、俺たちは店の中に入ることにした。

 すると元気の良い店員が、挨拶してくれる。客もまばらな時間帯なのか、こちらに駆け寄って声をかけてくれた。

 柔和な笑みを浮かべるその女性は、俺たちを観察してこう言う。



「いらっしゃいませ。恋人同士さん、ですかね?」――と。



 一瞬、思考停止。



「え……」

「ひぅ、ここ、恋人!?」



 案の定、といえばいいのか。

 絵麻を見ると、耳まで真っ赤になってしまっていた。

 これは相当に恥ずかしいのだろう。俺は苦笑いしつつ訂正した。



「あぁ、いや。兄妹です」

「そうなんですか? 仲良く手を繋いでいたので、てっきり……」

「あはは。普通ですよ、これくらい」

「そ、そうですね……!」



 そう言うと、若干だが妙な空気になる。


 ……ん?

 俺、変なこと言ったか?



「それでは、ご自由に見て行って下さいね!」



 そう言うと、店員は奥へ。

 俺は首を傾げながら、隣の義妹を見た。



「大丈夫か? ……絵麻?」

「こ、恋人……」




 絵麻はそう小さく言うと、ほんの少し握る力を強く。

 ちらり、こちらを見て恥ずかしそうに頬を掻くのだった。俺はその意図が分からず、頭の上に疑問符を浮かべてしまう。

 だが、すぐに気持ちを切り替えて彼女の手を引くのだった。








「こ、恋人……じゃない。お兄ちゃんだもん!」



 絵麻は小さくそう呟いて、拓哉の背中を見た。



「でも……」




 しかしすぐに、目を細めて言う。

 ボンヤリとしながら、ずっと気になっていたことを。




「お兄ちゃん。好きな女の子、いるのかな……?」――と。




 それは無自覚な、微かな心の動き。

 いずれ始まるかもしれない感情の芽生えだった。



 





――――

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