9.絵麻の進路と、拓哉の今後について。









「……私の進路?」

「そうそう。今日、瀬奈と話してたんだ」



 夕食後、俺は義妹に卒業後の進路について訊ねた。

 食器を洗いながら、最初は首を傾げていた絵麻。しかし少しだけ何かを考えてから、しっかりとした口調でこう答えた。



「私はそうだなぁ、柊大学の外国語学部かな」

「え、絵麻も柊大学志望なのか」

「うん!」



 俺が訊き返すと、彼女は笑って頷く。

 だけど少しだけ引っかかった。だって、絵麻の学力はもっと上だから。



「でも、絵麻の学力ならもっと上の国公立狙えるんじゃないか? それこそ、一番上の東都大学とか」

「えへへ、そんなことないよ」



 こちらは事実を述べただけなのに、謙遜するように義妹は頬を掻いた。

 そして、こう言うのだ。



「日本で一番上の外国語学部は、柊大学だから。私、将来は海外で色々とやりたいことがあるの!」

「海外で……?」

「そうだよー」



 食器を洗い終えたらしい。

 手を拭いて、絵麻はテレビの前の俺のもとへとやってきた。

 隣に腰かけて体育座り。こちらに身を預けるようにして、こう続ける。



「柊大学でしっかり、外国語を勉強したいの。それで――」

「それで?」

「…………」

「……絵麻?」



 だが、すぐに押し黙ってしまった。

 尻切れトンボになった言葉の続きが気になり、俺は彼女の名を口にする。そうすると絵麻は、困ったように笑ってから言うのだった。



「ううん! なんでもないの。ただ、一人だと寂しいかな、って!」



 悲しげな表情。

 今にも泣き出しそうな義妹のそれに、俺は思わずこう口にしていた。

 この子を一人にしては駄目だ。とっさに、そう思って――。





「だったら、俺も柊大学を目指すよ。絵麻を一人にはしない」――と。





 真っすぐに。

 いま、この時にそう決めた。

 勢いもあったけれど、本心でもある。だから――。



「え、お兄ちゃん……?」

「しかし、柊大学ってなると最低でも偏差値六十五か。今の俺が五十そこそこだから、少なくとも十は上げないと話にならないな」



 すぐにスマホで検索をして、今後について考えた。

 すると絵麻は驚いた表情になって、俺にこう訊いてくる。



「ほ、ホントにいいの……?」



 そんな簡単に、自分の将来を決めて良いのか。

 そう、聞きたげに。


 でも俺はすぐに笑って、彼女の頭を撫でた。

 そして、こう伝える。



「良いんだよ。妹のために頑張るのが、兄貴ってもんだろ?」



 思ったことをそのままに。

 とかく俺はもう、絵麻のことを放っておけないのだ。

 だったら、徹底的に兄貴としての役割を全うしてやろう。




「…………大丈夫だから。絵麻は、自分のしたいことを考えてくれ」




 ――そう考えて。

 俺の言葉を聞いた絵麻は、しばし呆然としていた。

 でも、その直後に……。



「え、大丈夫か? どうした、絵麻!?」

「あ……」



 彼女は、表情を変えないままに大粒の涙を流し始めた。

 本人もまったくの無自覚のようで、自分で頬に触れて驚いている。

 慌てて手元にあったティッシュを渡そうとするが、それよりも先に動いたのは絵麻の方だった。義妹は俺の胸に顔を埋めて、小さくこう口にする。







「ホントに、ありがとう。……お兄ちゃんっ!」――と。







 涙の理由は分からない。

 それでも、この選択は間違いではなかった。

 俺はそう考えて、ゆっくり優しく義妹のことを抱きしめる。




 ある夜のこと。

 俺はほんの少しだけ、絵麻の心に近付いた気がした。



 








 

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