参拝と再会


「この国には妖精は居ないけれど、神様なら沢山居るんだ」


 と、怜は言う。「物を長く使っているとそこに神が宿るんだ。付喪神と言うんだよ」と。

 その言葉通り、アオイは確かに感じた。それは妖精というよりも、神に近い存在なのかもしれない。



 アオイと怜と、ハヤテとステラ、それにコニーにナウザー。六人は宿泊するホテルへ荷物を預けると、王都の隣にある小さな街、其処に遥か昔から建つ神社へ参拝に来ていた。

 怜は珍しく着物を着せられており、皆も正装の着物。皆の着物姿を初めて見たアオイだが、それ程までに神聖な場所なのだろう。


 アオイは晴舞台だからと振袖を用意されたのだが、それがまた派手で高そうなのだ。鮮やかな赤と青、黒色の大柄生地に、帯には紫や鶯色。この国の民にとって建国記念日はとても大事な行事らしい。

 身体の弱いアリスだが、建国記念日を祝う為、クリスと舞踏会も出席するとの事だ。アリスも同じく振袖を着せられたようだが、人の少ない早朝に参拝を済ませ、現在は宿泊するホテルにて休んでいる。

 己も早くに出掛ければ良かっただろうかとアオイは高そうな生地を眺め、ヒヤッとした。


 記念日の参拝期間は一週間設けられ、別邸の使用人達も其々に参拝は済ませている。

 108の石段を登り朱色の鳥居をくぐると、樹齢750年の松がある。建国記念日はまずこの松に御参りしてから本番だ。


 ──其処に脚を一歩踏み入れれば厳かで神聖な空気。

 記念日という事もあってか人は多いが、まるでに飲み込まれたかのように、誰一人として、無駄な所作や言葉も無い。

 きっとあの松が何かの結界を張っているのだろう。

 皆、手を合わせ祈っている。

 次々に人がやって来るので一通り済ますと、アオイ達は鳥居をくぐり神社をあとにした。振り返れば身体が硬直してしまう程オーラを放つ松の姿。


「本当、不思議な国よね。魔法も使わないし妖精も見えないのに、とても深く信仰する。が見えていないのに」

「彼?」

「あの松よ。でも、その信仰ってとても大事なことだと思うの。きっと皆が祈るのを辞めたら、この国は……」

「……大丈夫さ。見えていなくても感じている。この国の民は物を長く大事に使う、だから、付喪神、なんて言うんだよ。長く使っていると情が湧くだろう?」

「うん、そうだね。この振袖だって、ずっと昔からのものでしょう?」


 くるり、と袖を翻す。

 ステラはカメラ片手にご機嫌だ。合流してからは数え切れないほどシャッターを切っている。


「そうですともアオイ様。何代前の物かも忘れましたがな」

「少なくとも100年は経ってるぜ!」

「まぁ、年代物に違いはありませんわね」

「意図せずの100年ですけれどねぇ」

「…………よし、これで屋台で好きなものでも買ってこい」

「あらぁ、太っ腹な坊っちゃんですこと」

「ですな」

「オレ肉!」

「私あの飴細工が良いです!」

「全くお前らの主だぞ、あ・る・じ! ホテルには15時までに戻ってこいよ」

「えー! 私も飴細工食べたーい!」


 坊っちゃん100年イジリを覚えた使用人達はまんまとお小遣いを渡され、各々好きなものに向かう。

 飴細工の屋台へ走るステラに、アオイも付いていこうとしたのだが、「ん? 細工? 細工……あ、そうだ!」と大事なことを思い出した。

 一緒に来て!と怜の手を引くアオイ。その姿は紛れもなく恋人だった。


「どうしたんだよ。急に」

「ほら前に言ったでしょう? 銀細工の!」

「あぁ」


 神社は王都の隣街といえど歩けば直ぐだ。

 そもそも王都でさえ辺境伯の領地より狭い。辺境伯の領地はその殆どが山で、目立った観光地も無ければ栄えた町すらなく、あるのは小さな村が三つ程。

 村人も自給自足で成り立っているので領地の運営も王都までのインフラ整備で十分だった。

 その名の通り、辺境の地。

 しかし国と国は隣り合わせで、何も無く広大な土地だからこそ辺境伯は大変なのだ。

 国境なんてもの線が引いているわけでもなく。100年の呪いが蒼松国にとってどれ程有益だったかなんて少し考えれば分かることだった。結界が揺れれば侵入者が分かるのだから。

 残念ながらその事実を知る国民は殆ど居ない。




 ──カランコロン、


「こんにちは!」

「こんにちは」

「いらっしゃい。おーお、いつかのお嬢さん」


 10分ほど歩き店に着くと、店主のお爺さんは以前と変わらずぼんやりと椅子に座っていた。


「こんな目出度い日に来てくれたんか。それにまぁ今度は恋人と…………んん?」


 お爺さんの瞳には、「い! いや、恋人なんかじゃっ!」と焦って取繕っているアオイの姿は映らない。

 重力に落とされたまぶたシワを、限界まで持ち上げて、痛む脚を引きずりながら、その青年の元へ向かう。


「その、瞳は……まさか、いや、そんな」


 確かめるように、脳裏に焼き付いている鋭い、あのエメラルドの瞳を重ね合わせる。

 そんなお爺さんを見てアオイも取繕うのを止めた。


「狼森 怜と申します」


 怜が名を名乗ればより目を見開いた。


「狼森!? 領主様の? 怜……? 狼森、怜……。母が、母が言っていたことは、やはり、本当だったのか……。ッ、なら! その瞳! やはり、間違いない!!」


 お爺さんの身体を支えていた杖はカコンと乾いた音を奏で床に落ち、勢いで怜の腕にしがみつく。ジッと瞳を見つめて確信した。


「あん時の……! 山犬、大神オオカミ様だ──!!」


 そう言われ少し驚いた怜だが、「覚えていて下さったなんて感激ですよ」と、お爺さんの身体を支えた。己でも気付かぬうちに他人を支える優しさが生まれていた。


「あぁ、あぁ……! ずっと……! ずっと、お礼を言いたかった……。ありがとう……命を助けて下さり、本当に、有難う御座います」


 しがみつく手に力が込められる。長年の想いが込み上げ、お爺さんは感謝を述べた。

 面と向かって御礼を言われるとなんだかこそばゆい。


「いえ。今も昔も、私は自分の仕事をしたまでですから」

「ふふ、良かった。はい、お爺さん」


 アオイに杖を渡され、ゆっくりとまた椅子に座る。日に日に足腰が弱くなっているのかもしれない。


「まさか、お嬢さんが、本当に連れて来てくれるとはのう……」

「言ったでしょう? きっと会えるって」

「本当に不思議な子じゃ……」


 そしてアオイはまた自分用に山犬の髪飾りを選んだ。

 お爺さんには「会わせてくれたから」とお代を断ったが、そんな訳にはいかないと代金を支払い、「また来ますね」と一言。

 もう直ぐ15時、ホテルに戻る時間だ。

 先に店を出ていったアオイを確認し、お爺さんは言う。


「大神様。呪いは、解けたのかい?」

「……あぁ。彼女が、解いてくれたんだ」

「そうかい。なら、御祝の銀細工を、こしらえねばな!」


 やる気に満ち、どんな物を作ろうかと想像を膨らませている。


「きっときっと、素敵な品を贈ります!」

「ええ、楽しみにしていますよ」



 それがお爺さんの、最期の作品だった──。

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