探してしまうのは


「どうして二人が一緒に居るんだい?」


 銀細工の店を後にして宿泊先のホテルへと戻る二人。

 ホテルのエントランスへ続くスロープ。振袖姿では歩きにくいそのスロープを、怜に手を引かれいざ一歩踏み出そうかという時──、後ろから声を掛けられた。


「ルイ様、」


 声の主は、本日アオイをエスコートするルイ・ハモンド侯爵だった。同じく着物を着ておりきっと参拝に行った帰りなのだろう。

 二人は突然声を掛けられ驚いたが、揃って「こんにちは」と挨拶。


 重ねられた男女の手。ハモンド侯爵が二人の手に目線を落としたのを、怜は見逃さなかった。そしてアオイに向ける意地悪な笑顔を、ハモンド侯爵にも向ける。


「私達はこのホテルに泊まっているんだ。なぁ、アオイ」

「え? ええ……」

「私達……?」

「それに、私達が一緒に居て駄目な理由もないでしょう。お互い婚約者が居るわけでもなし」

「怜ってば、そんな言い方しなくっても……」


 嫌味ったらしくのたまう怜に、アオイは小声で言う。なるべく声を抑えたつもりだったが、ハモンド侯爵にもその声は届いていた。


「いや、別に、無いけれど……」


 親しげに名前で呼び合っているのも、関係を匂わせてくるのも、牽制してくる、この狼森 怜も、ルイはその全てに苛立ちを覚えた。

 ピリピリと張り詰めた空気に痺れを切らしたアオイは、「ルイ様っ! あの、今日、宜しくお願い致しますね」と、男性二人の間に割り込む。

 そんなアオイにルイは優しく微笑んだ。


「ああ勿論! 振袖姿のアオイも美しいね。何を纏っても君は美しい、舞踏会はどんなドレスかな。とても楽しみだ」

「ほ、褒めすぎです……」


 素直に喜び頬を紅く染める彼女に、今度はルイが意地悪い笑みを向けた。


「私の泊まっているホテルは直ぐそこなんだ。時間になったっら此処に迎えに来よう」

「良いのですか? 有難うございます」

「ッほら、もう行くぞ」

「え、あ、うん……ではルイ様、また後ほど」

「あぁ、また」


 重ねたままの手が、グイと強引に引かれた。


「チッ、」

「え? なにか言った?」

「何も」

「……そう」



 それから、アオイと怜はたいした言葉も交わさぬまま、建国記念日のパーティーが幕を開ける──。


「あぁ、今夜の君は何てセクシーなんだ……」


 ホテルのエントランスでハモンド侯爵を待っていると、待ち合わせ時間より五分早く現れ開口一番にそう言った。いつも真正面から褒めてくれる。

 ルイはいつぞやの誰かに負けまいと、アオイの瞳と同色の蝶ネクタイをしていた。勿論ドレスコードである緑色というのも踏まえてだ。


「さぁお手をどうぞ」


 紳士に、ゆっくりと、壊れ物でも扱うかの様に、ルイはアオイの手を引いた。怜とは違う、優しすぎる手の重なり。

 何故だか少し、物足りなさを覚えてしまう。


「わぁ……すごい……」


 王宮の大ホールへと着けば、辺り一面松の飾り。

 目の前に広がる見たことのない光景に呆気に取られていると、ハモンド侯爵が「小宮殿とは比べ物にならないだろう?」と覗き込む。


「ええ本当に!」

「さぁ、まだまだ皆が集まるまで時間はある。それまで探検でもしようか?」

「楽しそう!」


 正式な会食があるのは午後八時。

 王妃が主催する舞踏会とは違い、派閥など関係なく集まる自国の貴族。それに加え、来賓される色々な国の方々。

 この建国記念日は、紅華フォンファ国からも参加者が訪れる。

 会食が始まるまで自由に交流するのが習わしだ。


 松飾りをハモンド侯爵と見て回りながら、アオイは両親の姿を探していた。

 しかし何処にも姿は見えず。

 誕生日も迎え二十歳になっているのに両親が姿を見せない。きっと己が旅の途中で迷いの森に出入りしてしまったから時間がずれてしまったのだ。

 申し訳ないとは思うが、今この状況で『愛しの娘よ!』と出てこられても面倒だから逆に良かったのかもしれない。


 だが可笑しなことに、両親の姿を探しているはずなのに、金色の髪を自然と目で追ってしまう。

 彼の姿を探してしまう。

 見つけたところでどうするというのだ。

 本当に我ながら可笑しなことをする。

 ぺし、と一発己の頬を叩いて、隣で歩くルイ・ハモンドに微笑んだ。隣で共に過ごす相手がいるのに別の人のことを考えるなんて失礼だった。


 時刻は午後六時。

 ボーン、ボーンと六度鐘が鳴る。

 会食の準備が大忙しで行われる中で、招かれた紅華フォンファ国の大使は、刻々と、その時を待っていたのだ──。

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