微笑みの先に
「なぁアオイ。建国記念日のパーティーだが……、一日早く街へ行かないか?」
「一日早く?」
朗らかな春の日差しは、より一層花々を開かせる。
百日紅は夏に花を咲かせるので狼森家の呪いが解けてからは徐々に花弁を散らし、今では蕾となってまた咲き誇るのを待ちわびている。王都の街道には桜の木が植えられていたので、今頃舞い散る桜が道路を彩っているだろう。
「建国記念日を挟んだ三日間は国中何処も御祭り騒ぎなんだ」
「そうなんだ!」
「屋台も出ていてきっと楽しいぞ」
「い、いい行きたいっ!」
──そんな訳で街へとやって来た美男美女。動きやすいように街着の装いだ。
怜はステラに見せびらかされた写真のように着物でしっとり隣を歩いて欲しかったのだが、「だって食べ歩きだよ? 沢山食べたいじゃない?」とアオイたっての希望でワンピースとなった。
シンプルな
「うっわぁ~~……! 前に来たときとは大違いだわ! とっても賑やか!」
「だろう? 国民はこの日を楽しみにしてるんだ」
「なんだか歩いているだけでも楽しくなっちゃうね! なに食べるっ!?」
「早速食い物の話とは……。さすがアオイだな」
「んもう、失礼しちゃうわね!」
街行く人の殆どが緑色の何かを身に付けている。
ワイワイと賑わう街道は松の飾りが其処ら中に溢れ、暖かな春風に桜が舞う度、青々とした松に彩りを添える。
「ちょっと! 鬼塚っ! あんた大きすぎて前が見えないのよっ……! もう少し後ろを歩きなさい!」
「あぁ、悪い。元の姿に戻ってアンが華奢だと忘れてたからつい……、危ないと思って……」
「な、なななっ……! そっ、そーよねっ! 前は鬼塚が一番小型だったものっ……! 皆あんたより華奢だものね! そもそも何で鬼塚が付いてくるのよ!」
「花の種の買付けと、王都の花飾りの勉強」
「ろ、ローラでも良かったんじゃないの!?」
「ローラは雪解けして花達が枯れたからそちらの世話をしている」
「ふーんっ? 別に誰でも良いけど。アオイ様達の御迷惑にならないようにね!」
「んふふ。あの二人、なんだか微笑ましいね」
「そうか?」
「そうよ!」
お付きにはアンと、珍しく鬼塚。
本っ当に鬼塚は骨太で
そんな鬼塚が好きなアン。
己の気持ちに気付いてないアンだが、二人のやり取りを見ているとこの春の陽気のように、胸の中がぽかぽかで一杯だ。
少し後ろを歩くアンと鬼塚の会話に耳を傾けながら、優しく微笑むアオイ。 その
「だが周りから見れば私達もそう見えていると思うぞ?」
「ッふぁ!? そっ、そう見えてるって何よ……!」
突然、耳元で囁かれ背筋がぞくりと震えた。
アオイの反抗的な目付きと、下がった眉、紅に染め熱を持った頬と耳先。その姿だけでも、彼の悪戯心は十分に満たされる。
だがそれで終わらないのがどんな女も夢中にさせてしまう怜だった。アオイの肩を指先でなぞり、「どんなだと思う?」とピアノを奏でるかのように弄ぶ。
「ッ、わ、分かんないよそんな事っ……!」
「そうか?」
いつもの意地の悪い顔で、アン達の事を聞かれたときのように返事をした。
黙りこくるアオイは、本当は分かっていた。どんな風に見えているかの答えを。けれど、何故かとても恥ずかしくて、己の口からは言えなかった。素直な性格であるのに素直に認められない。認めてしまえば今まで通りに接することが出来ない。
「まぁ! 良い雰囲気!」
「そうか?」
「そうよ!」
なんて、同じように後ろで囁かれているとも知らずに。
「ふっ。ほらアオイ、庶民にはお馴染みのおにぎりが売ってあるぞ。食べるか?」
「おにぎり……? 知ってるけど三角じゃないね」
「俵型だな。まぁ握った米は全部握り飯だ。醤油ベースのタレに生姜、レタスと豚肉……つまりは生姜焼か」
「美味しそう!」
「お前らは? 食べるか?」
「是非!」
「ええ!」
「じゃあ四つ」
「あいよ!」
はふはふと頬張るアオイ達に、
「美味しい!」
「そうだな」
その一瞬一瞬を、忘れないように。
そこでふと思った。ステラを先に連れてくれば良かったか、と。
明日のパーティーで御付の入れ替わりをする予定だった。使用人達のリフレッシュも兼ねて行動を分けたのだが、人選を誤っただろうか。
最近カメラにはまっているステラは以前の写真でも分かるようにセンスが良いのか撮り方が上手だ。その一瞬を残してもらえば、きっと素敵な思い出になっただろう。
「おいっ! アン! 見てくれよ……!」
「な、何よ! 急にびっくりするじゃない」
「まさかこんな発想があったとは……。狂い咲きの紫陽花とガーベラを一緒に生けている……。しかもこの日だけあって松の水引で花瓶を飾っているのか……!」
「あぁ、花の話ですか?」
「奥さん、とても斬新な生け方ですね。しかし色のコントラストが素晴らしい……」
「あらそお? そこら辺に咲いてた花を生けただけなんだけどねぇ。何だか恥ずかしいわぁ」
「ちょっと鬼塚っ……! すみません、花の事となると夢中になるもんでして」
「んまぁ~、こんなガタイが良いのに繊細な人ねぇ~」
「あはは! 鬼塚ったら本当に花が好きね!」
「おいお前達、はしゃぎすぎだぞ(と口では煩く言っても、まぁ……これはこれで、か)」
見ず知らずの人を交え楽しく会話する皆を見ると、心の中でシャッターを切るのも悪くないかなと、そう思った。
あんなこともあったねと、記憶を辿り思い出を語るのも人生だ。
「次は何食べるー?」
「俺はあの串に刺さった鶏肉がいいですね」
「わあ! 本当! 美味しそうね!」
「アオイ様も鬼塚もまだ食べるんですか……。私は甘いものが食べたいです」
「アンだって食べるんじゃない!」
「甘いものは別腹ですものっ!」
「はいはい。全部買おう全部買おう」
そう言って気前よく買い与えていく
「折角のお祭りだ。存分に楽しめ。ただし留守番している皆にもお土産を忘れないように!」
「分かっていますとも旦那様ぁ!」
「アン……? お前、私が居るというのに随分と機嫌が良いな……。呪いにかけられる以前は鋭い眼光で睨みつけて塩対応だったろう?」
「なぁーに言ってんですか旦那様ぁ! わたし本当に嬉しいんですよ!? アオイ様が隣に並んでいらっしゃるだけで誰の視線も痛くないんですもの!」
にっこり微笑むアンにドス黒オーラなんてもの微塵も感じられない。
アオイは「えぇ? どういう意味よぉ~」とまるで分かっていない様子で言葉を返すが、その心はこそばゆいものだった。認めたくないけれど、少しずつ。ほんの少しずつ。アオイは、自分の気持ちに、整理をしていくように、気付き始めていた。
レイチェル王女とダンスを踊ったときから、本当はそうなんじゃないかと。想う度、胸が締め付けられるような。
自分の何かを確かめるように、アオイは彼を見上げた。
優しく微笑んで、見つめられる。
視線が絡むが、まだそのエメラルドを、異性として意識してしまった彼を、じっと見つめ返すことは出来なかった。
心臓が、息が、きゅっと苦しい──。
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