御洒落という武装


「うーーん……本当に似合ってるの……?」

「大丈夫ですよ、とてもお似合いですから!」



 ──本日は本邸へ初めて向かう日だ。

 その為、アオイは朝五時から起床し、コニーの器用なマズル捌きによってこの国の民族衣装を着付けられていた。

 あまりにも見慣れないので、似合っているのか自分では全く分からない。

 ぐるぐる鏡の前で確認していると、そこにわらわら三頭のメイド達がやってくる。



「やだアオイ様! スッゴくお似合いじゃないですかー!」

「きゃー! 本当ですわ! お可愛いらしいこと!」

「あのピアスを付けたら!? きっと似合うわ!」



 まるで着せ替え人形のようにあれやこれやとアクセサリーを持ってくる三頭に、「こらこら、そろそろ時間ですよ」とメイド長であるボーダーコリーは止めに入る。



 ──「おい、時間だぞ」



 時刻は八時を少し過ぎており、催促するようにドアの前でうろうろする巨犬。

 その度にドスドスと大きな足音が響いている。

 時折聴こえる、ナウザーの「旦那様!! また邸を壊したら容赦しませんよ!!」と言う罵声の理由は、今は聞かないでおこう。

 「ほらお呼びですわ。さぁさ、行って行って!」とコニーに背中を押されるが、非常に歩きづらい。



「ごめんなさい、お待たせ」



 着物ではこう歩くのですよと、コニーに教えられながら出てきたアオイ。

 あまり派手にならないようにと無地の天鵞絨びろうど色の生地に、半襟にはパールのビジュー、千鳥模様の帯には黒い帯び紐と狼の帯留め。

 茜色の帯揚げがアクセントになっていて、キナリのレースの手袋と、羽織は黒地にキナリと辛子色のストライプ。

 足元はまだ着物に慣れていないので、履き慣れた黒のブーツで。

 髪は、耳を隠しながら斜め後ろでゆるくお団子にしてあり、半襟とお揃いのパールの髪飾りとピアス。

 キリリと引いた黒いアイラインと、茜色で揃えたルージュで普段より大人っぽい印象だ。



「なんだ、似合うじゃないか」

「本当?」

「あぁ、綺麗だよ」



 褒めることに慣れている怜は、見たままの感想をありのまま述べた。

 決して相手を弄ぶ為でなく、本当にそうだから褒めたのだ。

 しかし己の見た目に関心がないアオイは耳まで茜色に染めている。

 客観的に見ても美人とも可愛いともとれる整った顔立ちだが、褒められ慣れしていないのは皆違って皆良いという国で育ったからかもしれない。

 短所は全て長所であり、個性だ。



「あ、ありがとう……」

「っいや、本当の事だから」



 初々しい反応に此方まで照れてしまう。

 さぁ行くぞと伏せをした巨犬に、今度は脚を開かぬよう横座り。

 お淑やかに育った訳ではないので得意でないのだが、コニーに「着崩れするので跨るのは禁止です」と脅された。

(くぅっ、姿勢を崩したいっ。き、筋肉が……っ)


 軽やかに並走するのは、御付きのスバルとステラのSSコンビ。

 そして本邸に何をしに行くかと言うと、辺境伯としての仕事の話をするそうだ。

 仕事については国家の安全に関わる内容だから部外者であるアオイは参加出来ないのだが、一応客である為、本邸の者にも紹介せなばならない。

 そして同年代の娘が居るから話し相手にもなるだろうと言うこと。



「ほら、見えたぞ。あそこが本邸だ」

「うわぁ……! 大きい……!」

「馬鹿言え。アオイはラモーナ出身なのだろう?」

「いや、何言ってるの! ラモーナにあんな大きな建造物なんて無いよ!」

「そ、そうなのか……?」

「大きすぎず小さすぎず丁度良いサイズの家ばかりよ。オレンジの屋根に真っ白な壁、石畳の道に澄んだ小川、それこそ妖精が住む街みたいかもね!」



 美しい街で美しい人々が暮らす、そんな夢のような場所が本当に存在するのかと疑ってしまうが、疑っている時点で資格が無いのだろう。

 森を直進し、通常十分で着く道程みちのりをアオイが落ちぬよう、三十分掛けて辿り着いた本邸。

 立派なアイアンの柵とこれまた背の何倍もある立派な門。

 使用が「お待ちしておりました」とその門を開く。

 久し振りに見た人間。

 ここ数日は犬しか見てなかったので何だか珍しくも感じるほどだ。

 規模は違うが、別邸と同じく綺麗に咲き誇る花々と光が差し込むとさぞ美しいであろうステンドガラス。

 だが何か違和感を感じる。

 この違和感は何だと庭を観察していると、ハッと気が付いた。



「寒くもないし暑くもない……」

「ここは春と秋しかないからな」

「へぇ、過ごしやすい気候……。皆此処で暮せば良いのに」

「まぁ……、私達は毛皮・・を着ているから」

「あぁ。ダブルコートだもんね」

「………………うん?」

「ね、ねぇ怜……?」

「どうした」

「何だか……ものすごい注目を浴びてる気がする……」

「あぁ、私と居るのが珍しいんだろう」

「なんで?」

「そりゃあ森で熊が人を連れて歩いていたら驚くだろう? それと同じだ」

「うーん。そうかな」

「うむ、アオイに常識を求めるのが間違っていた。すまない」

「………………え?」



 アオイ達は柵や門に似つかわしい立派な石畳のアプローチを進んでいくと、御邸の前にはビシリとスーツを着た男性が居る。

 背は高く細身で、髪はオールバック、なんだか絵に描いた狐の様な人だ。



「チッ、いつ見てもいけ好かねー野郎だ」

「スバル、声に出てるぞ」

「おっと失礼」



 その男性はアオイ達が近付くと、大きく腕を広げニンマリ笑う。



──「やあ~! よく来てくれました!」


「お前が来ないからだろ」

「スバル、」

「おっとこれまた失礼」


「アオイ様? ちゃんと着飾れてますね? まるで違う人物のようですわ!」

「そ、そうっ! 私は今とても別人ね……!」



 着飾ることは同時に武装しているんだとコニーに教えてもらった。

 ナウザーにはラモーナ出身だと知られぬよう、人生ストーリーまで考えてもらい申し訳無い。

 ただその嘘がちゃんとつけるのかがアオイの課題だ。

 だから御洒落は武装なんだと、今は別の人間なんだと思い込んで、己との戦いに身を投じた。

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