平和ボケ
「モフりに来たよー!」と昼寝中であろう怜の元へ行けば、ベッドに丸まっている大きな毛玉。
「また来たのか……昼寝の邪魔をするな」
「邪魔してないよ、ただ温めてるだけ。ひっついたら温かいでしょう?」
「お前が
まぁまぁと言いながらまたベッドに上がってくるアオイに、「オイ!」と牙を向いて威嚇するもやはり効果無し。
自身の大きな溜息でシーツが捲れあがる。
「そう言えば。聞いたぞ。ラモーナの出身なんだってな」
「えっ。は、早くない……!? だってついさっき……!」
「ふん、辺境伯の情報伝達を舐めるなよ」
「ぐぅっ…………あんまり、知られたくなかった……」
「だろうな。別にラモーナ出身だからどうこうしようなど思っていない。まぁ……通りで平和ボケしている訳だと納得したがな……」
「えぇ!? それナウザーにも言われたよ……!?」
驚いて
妖精の加護を沢山受けていると云われているラモーナの人々は、検問だって通らなくて良いし、加護があるならば森をひとり歩いていても自然が味方につくだろう。
(私では到底有り得ないな……)と怜は少しばかりの劣等感を覚える。
「そりゃっ、加護があるから安全だったかもしれないけど、私だって旅をしてちゃんと学んだよ……! お酒を飲ませて色々聞き出して何かを盗んだり、ハ、ハニートラップとか……」
「ううん…………アオイ、それはな、アオイが見たそいつはな……、ただの馬鹿だ……」
「たっ、ただの馬鹿……!?」
ガーーーン、と言う効果音が聞こえそうなリアクション。
そんなものにいちいち引っ掛かっていたら貴族など務まらない。
国を治める立場になるともっと巧妙だろう。
まぁそれほどまでに平和ボケ出来るのだから相当治安が良い国なのだ。
とても良いことではあるが、外に出れば話は違う。
「あのな。一般的な貴族社会では笑顔で嘘をつき、当人に気付かれぬよう裏で動き、終わった後で利用されたと分かる。勿論全て自分達が得して贅沢したいが為にな」
「うわ……」
「簡単に言ったが実際はもっと複雑だよ。領民を第一に考える領主、もしくは奴隷と変わらぬぐらい働かせたりする奴も中には居るだろう。更には貴族仲間での根回しや人選も大事だ。兎に角上流貴族に媚を売るって奴も居るぞ。裏と表だけの二面じゃない、それを見抜きながらも自分の身だって利用されぬよう守らなければいけないのだ。勿論、堂々として美しく一目置かれる存在になることも大事だ。でないと舐められてしまうからな」
「はぁ……難しい……」
なんて言いながらアオイは巨犬の首に抱きつき、モフついた毛にぐりぐりと顔を埋める。
スーハーと匂いを嗅ぐ彼女になんだか怖くなって耳がヘタった。
(こ、こいつは……変態なのか……? あぁ……私の脚をハァハァしながら、さすさすしていた時はゾッとしたものだ……。いや、今もか)
「……そう言えば。聞いてはいけない事なのかと思って今まで触れなかったのだが、アオイは……帰らなくてよいのか?」
「え……!?」
少し唐突すぎたかもしれないが、やっと自分の事を話してくれたアオイ。
怜だって、『こんな姿』だから聞かれて嫌なこともある。
だから今まで聞こうとはしなかった。
「しかも平和過ぎるラモーナを出て、何故……?」
「か、帰りたいのは帰りたいけど……、事情があって、家に入れないのよ……」
「事情……とは、私が聞いても良い事だろうか」
「う~~~ん……」と唸るアオイ。
躊躇う様に色々と考えてしまう。
政治的関係か、それともただ単に家族の不仲か、また別の事情か。
「言えぬ事ならば無理に言わなくて良い。変なことに巻き込まれるのは御免だからな」
「……そう、だね。国と国との関係になってくるし、というか私が全く関係無い怜に言うとただの悪口だろうし、それにまた戦争になっても嫌だしねぇ」
「っ……分かった。ラモーナ出身というのも口外せぬと約束しよう」
「わ、助かるよ! ありがとう!」
(戦争にまで発展してしまう、それに
「いや、よそう」と、怜は深く考えるのを止めた。
これ以上知らない方が良さそうだ。
本当に面倒事に巻き込まれるかもしれない。
むしろ己がアオイを巻き込んでいる側だ。
重い話を終わらせようと、「ところで!」と切り出し話題を変える。
「この邸に引き籠もっていては健康にも良くないし、飽きてくるだろう?」
犬は沢山居るし毎日もふもふ出来るし全くもって飽きていないが、「そう? どうして?」と一応聞いてみるアオイ。
すると、明日は用事で本邸へ出向くので一緒に行かないかとのこと。
てっきり本邸へは結界のせいで行けないのかと思っていたが、どうやらそこには人間が住んでいるらしい。
そして辺境伯の領地の広さを舐めるなよと嫌味を言われた。
話を聞く限り、本邸に住んでいる人間は血族のようだが、歴史の何処かで人間と交配したのだろうか。
(もしかして獣人……?)
「八時には出る。コニー達にはもう伝えてあるから」
「へ? あ、うん! 八時ね! 分かった!」
「……………………言っておくが。ちゃんと人間だからな」
「えっ」
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