妖精の贈り物


 さて、本日からアオイが正式にお邪魔することとなった、狼森おいのもり邸。

 昨日とはうって変わり、御邸おやしき全体に明かりが灯されている。

 どうやら二階が危ないと言うのは本気の危ないだったらしく、手すりと階段の一部が修繕中で取り払われていた。

 確かに暗がりで上がると足を踏み外してしまうなと、階段を壁伝いに登りながら考える。

 今はが通れるようにしっかりと囲いがしてあり落ちる心配はない。


 そして、アオイが案内された二階の南側の部屋。

 此処が淑女レディに相応しい部屋のようだ。

 まだ完全には準備出来ていないので申し訳ないですがと、アンは心配そうにその扉を開いた。


 お邸全体を造る深い木の色は変わりないが、清潔な白と、アオイの瞳の色に合わせてくれたのか、鶯色に部屋全体は纏められている。

 それからアクセントになっている鮮やかな黄色。

 これはアオイの名前からだろう。

 森の中に居るような落ち着きのあるナチュラルなイメージと、イエローのアクセントが効いて若々しさもある。

(なんとも私好み。出来る使用犬っ……!)


 時間とは早いもので、もう一日の終わり。

 良い子は寝静まる時間帯。

 アオイは艶のあるチークのドレッサーで手紙を書いていた。

 相手は愛する家族。

 アオイの家族について語るにはまだ早いだろう。


 人とは恐ろしい生き物で、自分のことをペラペラと喋り他人に知らない間に利用されていたりする。

 アオイが狼森家に来るまでも、短いながら色んな人がいた。

 余計なことを喋ってしまうと面倒な事に巻き込まれるのだと学んだのだ。

(ううん……まぁ……そもそも両親に言うことを止められていたんだけど……。約束破った私が悪いんです。はい。自業自得です)


 色々と言えない事も思い出しながら、ここ何日かの出来事を手紙にしたためていると、いつの間にか夜も更けってしまっていた。

 仕方無い、だって色々ありすぎたのだから。

 しばしばする目を擦って、ようやく纏まった五頁程の手紙を最後にチェックして、「ふう」と一息。

 家族の顔を思い出し、「ではお届けお願い致します」と、アオイは持っているポシェットに手紙を入れた。

 そうすれば家族の所まで瞬時に届けられるのだ。

 仕組みはアオイ自身もよく分かっていない。

 何故ならばアオイが家を出る際に貰った、妖精達からの贈り物だからだ。

 何処かの国では〈レアアイテム〉と言うらしい。

 なので仕組みは分からない、と言うか妖精達自身も分からないだろう。

 そもそもそんな事気にしてない。


 「なんでも入るよ〜」と言われて貰ったこのポシェット。

 驚く事に、本当に何でも入る。

 ベッドやキッチン何でも。

 「違う世界の青狸ももってるの〜」と言っていたけど、アオイには全く意味が分からなかった。

 まぁ、妖精達の言う事だから大体意味は無い。

 幸いアオイは妖精達に気に入られていたので戴いたのだ。

 ポシェットに入っている生活必需品も、妖精達が何処からか持ってきてくれたもの。

 勿論盗んだりなどしていない。

 

 手紙も送ったしさぁ寝るかと思った矢先、また遠吠えが聞こえた。

 やはり夢でなかった。



「はっはーん」



 昨晩の遠吠えの正体は邸の主、怜らしい。

 邸に轟いた声と一緒だ。

 二、三度遠吠えして満足したのか、また夜の静寂が辺りを包む。

 一体誰に訴えた遠吠えなのだろう。

 真意は分からないが、遠吠えする姿を想像すると涎が出てしまう。

 機会があれば一緒に遠吠えてみたいな、なんて考えながら、アオイはうとうと。

 それからぐっすりと、深い深い眠りに就いた。





 ──「んーーーっ、よく寝た」



 空は晴天、突き抜ける青、真夏の太陽。

 気持ちの良い朝、しかし部屋は凍える寒さなのだから不思議だ。

 こんな日は存分にもふもふしてやろうと思ったのだが、怜は仕事らしい。

 獣人ではなくどこからどう見ても犬が仕事だなんて、世界広しと言えど初めて聞く話だ。

 そもそもこんな立派な御邸に住み、食事や身の回りの世話を、まるで人のように・・・・・やってのけるなんて。



「よほど長生きしているわんこなのね……」


「何か仰いましたか?」

「いえっ! 何でもないです!」

「そうですか? 何か御座いましたら遠慮なく仰ってくださいませね?」

「はいっ!」



 朝食中のアオイがボソッと呟くもんだから、ステラが心配そうに顔を覗きこむ。

 様子を伺うオーストラリアンシェパードもなんて可愛いのだろう。

 朝食を食べ終えたアオイは自室に戻る最中、仕事は何をしているのかそれとなくコニーに聞いてみたが、「申し訳ありません。私からお教えすることは出来ません」と言われてしまった。

 まぁ主の事を先日出会ったばかりの部外者になど教える訳がない。

 部屋に戻るとメイド達はどこから運んでくるのか、クローゼットにドレスやシューズ、ジュエリーなどを、綺麗に並べている。

 背中に乗せていたり、口に咥えたり 、はたまた台車を押したり、サーカスでも観に来た気分だ。



「え、あの、私、洋服なら十分足りてますよ、こんな高価そうなジュエリー……私には勿体ないんじゃ……」

「いえいえ。若いお嬢様が来られたのは久しぶりですからね、ずっと眠ってあった洋服達も誰かに着られたいでしょうからアオイ様はお気になさらず!」

「そうですよ! それに私達だってたまには犬の毛づくろいより人を着飾らせたいですから」

「アンとステラの言う通りですよ本当に! 毛皮にはうんざりです!」

「そ、そう……? まぁ、それなら構わないけれど……」



 犬に囲まれるアオイにメイド長のコニーは微笑ましく見つめ、切り替えるようにワンワンと鳴いた。



「さぁさ! お仕事ですよ! ステラは洋服を仕舞って、シェーンはジュエリーを磨いて頂戴、アンはアオイ様に邸の案内を!」

「「「畏まりました!」」」



 こんな不思議な邸の案内なんてまるで冒険だとアオイは心躍らせ、アンの後を付いていくのだった。

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