どよ黒オーラのアン
「先ずはお二階からご案内致しましょう」
御邸の案内という事で、部屋を出た一人と一頭。
アオイが滞在している向かいの部屋が主である怜の私室で、その奥がナウザーの執務室兼私室、二階はその三部屋だけだと説明されるのだが、ならば己が滞在している部屋は普通妻が利用する部屋ではないのか。
そんな場所に見ず知らずの女が泊まっていいものなのかと不安になったが、「旦那様はお身体が大きくていらっしゃいますから、別の部屋をひとつ壊し繋げたのです」と説明するので一安心。
元の用途とは少し変わっているようだ。
男女の修羅場には慣れていないから巻き込まれでもしたらたまったものじゃない。
まぁ相手も犬だろうからアオイにとっては修羅場も何もないのだが。
「それにしても部屋を壊すって相当ね」
「えぇ本当に。ベッドもマットレスも特注で、あの姿に変わっ…………いえ、その、パ、パピーからの成長が激しくて……、あはは……」
「あぁそうよね! あれだけ大きくて格好良くても、最初は可愛かったのでしょうねぇ、見たかったなぁ……」
(あぁ、思い浮かべるだけで顔がニヤけちゃうわ)なんて、怜のパピー時代を想像して、成長があまりにも激しくて収まりきらず困ったんだなと思うと笑ってしまう。
「小さい頃の写真はある?」
「え"。う、う〜ん、どうでしょう……この邸にはあまり写真は置いていないので」
「そう……」
残念そうに肩を落とすアオイだが、事実、この邸には怜の写真は無い。
昔の自分を見ると深く落ち込んでしまうので、家族と撮った写真や、肖像画などは怜の父と母が別邸から運び出した。
恐らく気を遣ってのことだろう。
しかし思い出を捨てるなんて事をどうしても出来ない両親は、金庫にでも保管している筈だ。
「そ、それより……! 旦那様のお部屋のバルコニーから見えるお庭はとても美しいですから、いつか見せて頂くと宜しいですわ! 向日葵畑が一望ですのよ!」
「へぇ! それは見たいですね!」
上手くアオイの気持ちを切り替えられたアンは、ホッと一安心して、
見る度に思い出すのだ。
ここは別邸、つまり簡単に言えば遊びの邸。
「(あの頃は、代わる代わる違う女と遊んでいたっけ)……はぁ、どこぞのメス犬だか知らねぇですがよく連れ込んでいらっしゃいましたねぇ……」
「え……?」
何かを思い出すように、どこか遠いところを見ながら、どよどよと黒いオーラがアンから滲み出ている。
彼女に何があったのかは、知らない方が良いだろう。
「あら、私としたことが。失礼致しました」
「あ、い、いえ! 大丈夫、です」
一瞬にしてどよどよ黒オーラが引っ込んだアン。
そして何事も無かったかのように「さぁ此方へ、次は一階ですね」と案内されるものだから、アオイは思わず息を呑む。
危険な階段はもうすぐ直りそうな勢い。
気を付けて下さいねと言われ、アンの後ろをゆっくりと慎重に階段を降りていくアオイ。
正直怖いのはこの犬の方だが、そんな事を考えていたら落ちてしまう。
しかしいくらなんでも修繕が早すぎではないだろうか。
業者が来ている様子も全く無いのにだ。
「階段が……」
「大変申し訳御座いません。ナウザーの仕事が少々立て込んでおりまして合間を縫って直しているのですが……」
そういう意味でアオイは言おうとしたわけではないが、(ナウザーが、合間を縫って……? これは合間を縫って出来る事なのか……?)と、新たな疑問が生まれてしまった。
階段を降りた先はエントランス。
夜に見たアーチ状の扉は、明るいところで見るとより立派なのが分かる。
その続きには大きな窓に囲まれたラウンジ。
デザイン格子が洒落た雰囲気と色気をも醸し出している。
不揃いの格子にはめられたガラスは、降り注ぐ日の光を優しく、柔らかく、来客された方々を包む憩いの場。
「そしてもうご存知ですね、厨房と使用人用食事場、ダイニング。その裏にある建物が、私達のそれぞれのお部屋になります。そしてアオイ様が最初に泊まった客室です」
「はい!」
「それに続いて、似たような客室がもう一部屋。そしてそしてこの邸自慢の、大浴場と大ホールです!」
「おぉ!」
大ホールは吹き抜けで窓硝子も一際大きく、そして大層立派なシャンデリア。
大浴場は
どこぞの旅館かと関心するも、どうやら本当にそうらしい。
「元々此方の邸は別邸でして、隠れ家的旅館として旦那様のお父様が建てられたのです」
「…………別邸?」
「はい。本邸は別に御座います」
「なんと……!」
思わず鼻で笑ってしまうアオイ。
だってこんな立派な御邸がありながら、住んでいる場所はここでは無いと言う。
更に「土地の割には狭い別邸ですけれど掃除はしやすいですかね」とまるで雲が流れるかのように言うものだから、アオイは愕然とした。
(この別邸でさえ、私の家より大きいのに……!)
「しかし少々事情が御座いまして、本邸には現在住んでおりません」
「あら、どうして?」
「それはまぁ色々と。ささっ、次はお庭ですよ!」
「お庭っ!」
何だか口を濁されたが、庭と聞いてアオイの目が輝く。
美しい花が丁寧に植えられていたから、ゆっくり眺めたいと思っていたのだ。
「日差しが強いので日傘をお持ち致しますね!」
あぁそう言えばと、ここに来た時のあの不思議な感じを思い出し、アオイは羽織りものを一枚脱いだ。
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