驚き桃の木?
───「きゃぁあぁあああああ……!!!」
アオイは思わず叫んだ。
ギラリと突き刺す翠玉の眼光、鋭い牙、ピンと立った両耳、黄金色のもっふもふ。
目の前に立ちはだかるは人より大きな獣、そりゃあ誰だって叫ぶだろう。
「ふん……、聞き飽きた反応だな」
「嗚呼旦那様……、折角のお可愛らしい、少女だったのに……だから待って下さいと申したのです」
「まさかナウザー、」
「コニー。えぇ、また。結局こうなるのです」
両手をそれぞれの頬に当て叫び声を上げたその少女に、なにかを悟ったような、
しかしそれはすぐ翻るのであった。
「きゃ、きゃ、きゃわわわーーーーーーー!!! でっかいわんこ!!! なんっっって可愛いの!!! こんな大きな犬は初めて見たわ!!」
ぽかんと口を開ける三頭の犬。
その内の一番大きな犬は、恐くないのかと問うた。
けれどどうやら「しかも言葉を喋る……!」と新たな発見に驚いて、質問はアオイの耳には届いていないらしい。
「とある国での象や、不思議なお家の猫や、森で出会った鹿や亀なんかは何十年も生きて人間の言葉を話しているのは見たことあるけれど……」
「おい、」
「犬は初めて見たわ!!」
「お、おい……」
「いやぁ~~~~…… 、なるほどぉーーーいやあぁ~~しかもこの大きさ! はぁあああ~~……!」
「…………おーい」
アオイはその大きな
「触ってもよろしい?」
「は?」
もふ、もふ、
「ん……? おい……?」
「も、もふもふ──!!」
「いや勝手に、」
「首まわり──!! そう!これなの! ああぁあ……昇天しそう……」
手を額に当て、恍惚な表情のアオイ。
それを若干引き気味に見ている大きなわんこ。
これはヤバい奴だと動物的本能で感じ取り、下劣なものを見る目に変わりそうなその時、アオイはカッ──!と目を見開いて、突如として演劇が始まった。
「黄金に艶めき輝くこの毛並み!!!」
「まぁ……、毎日手入れはしている」
30年経った頃からは自慢にも思えてきた毛並みを褒められたので、お思わずお座りしてエヘンと胸を張った。
美しいシルエットのわんこに、アオイはより一層目を輝かせ、演劇にも力が入る。
「すっと長く美しいマズル!!!」
「お前なんか一口だぞ」
犬も調子に乗ったのか自慢気にマズルを天に仰がせた。
「ピンと立った耳は凛々しく!!」
「それは、ちょっと、恥ずかしいな……」
「なんと瞳はエメラルドのよう!!!」
「まぁな、それは昔よく言われた」
「この地に立つ大きな足と、潤いに満ちた爪と肉球!!!」
「男は足元からだ」
これまた自慢気に、まるでお手をするかの様に右前足をあげる犬。
その姿に思わず、ちゅっと、大きなお手にキスをした。
「なっ……!? お前っ、いまっ、なにを……!?」
驚く犬のもふもふの首まわりに抱き付き、毛に埋もれ、上半身の消えた少女。
顔面を毛に埋めながら、「あぁ神よ仏よ聖霊よ……、私は生きてて良かった……」と呟くアオイ。
彼女はついに探し求めていたものを見付けたのだ。
「おぉ、神よ仏よ……」
「ついに、希望が……」
──それから幾分か時間が経った。
その大きな犬の首にまだ抱き付いている少女が居る。
流石に痺れを切らしたナウザーは切り出した。
「あのー、お客様? そろそろ旦那様を……、離してはいただけないでしょうか?」
「はっ! ごめんなさい、私ったら……、つい心地がよく、て……」
その言葉で我に返り、もふもふから上半身を取り戻した少女は、足元にキリリとお座りした新たなわんこと目が合った。
そう、それはジャイアントシュナウザーだ。
「私で御座います」
「ナウザー……!! いっぬ……!!」
「はい、左様で。姿をお見せできない理由はコレで御座いました」
「何だそんなこと……」
あろうことか初めて目にしたその声の主は、またもや犬。
相手が犬だなんて大したことないしアオイにとってはむしろ好都合だ。
おや。
とすると姿を見せなかった者がまだ居るではないか。
キョロキョロと辺りを探すアオイの様子に悟ったのか、「ハイ。私もで御座います」と渋々コニーも顔を出す。
品の良いボーダーコリー。
中型・大型・超超超大型犬……、こんなにも魅力的な犬が集まるのか。
嗚呼なんて素晴らしき哉、我が人生。
アオイはまたもや叫んだ。
「おぉジーザスッ!! ココハテンゴクデスか!? それともトーゲンキョー!!?」
まるで、天から光が差しているかのような一人舞台。
それをおすわりしながらじとーんと見つめる三頭。
「お、おい……あの女は、ちょっと……」
「えっ、えー……いやいや、何を仰いますか! これはチャンスです!」
「そうで御座いますよ!? 私達には時間がないのですから!」
「む、むう……」
ひそひそと何か話し合っているようだが、アオイの瞳には、頭を下げ首を長くしたわんこの可愛い姿しか目に入っていない。
あまりの可愛さに膝から崩れ落ちたアオイは、丁度目先にあった犬の脚へと手を伸ばす。
「ああっ! なんて可愛いの……可愛すぎて過呼吸になりそう……」
「なっ! お前っ!! 私の脚に絡むなっ……!」
「はぁっ、はぁっ……」
「止めろっ!!
「あぁ何て可愛いスネなの……」
「やめっ、おまっ! かっ、咬むぞッ!?」
「えぇ是非! その美しい牙をもっとよく見せて!?」
「だ、誰か……た、たすけっ……」
「おぉ……もう仲が宜しいことで……」
「え、えぇ……良い未来が期待できますね……」
「お前らーーーッ!!!」
そして、「う"わ"おおぉおおん───……!」と其処ら中に唸り声が響き渡る。
これが今世紀最大の山椒の木だったのだ。
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