第十三話 プライドの表れ
近衛兵総隊長であるグローリンとそのお供三人に囲まれながら王宮に向かっているディアだが、どうにも居心地の悪さを感じている。
それは自身の身分と現状との温度差による恥ずかしさであったり、誰も一言も話さず一定のペースで歩み続けている気持ち悪さから来ているものだろう。
前者は王妃の命令という以上、なにを言ってもこの状態から逃れられないと理解している為、既に諦めた。しかし、後者は自分が開拓していけばどうにかなると思い、彼は普段関わりの一切ないグローリンに声をかける。
「あの、グローリンさん、何点か気になることをご質問しても大丈夫ですかね?」
年齢はディアの方が七つ上なのだが、もちろん社会に出れば職位という新たな優劣の対象が生まれてくるわけで、圧倒的上位に位置するグローリンに気軽に話すことはしない。ただ、気さくな性格だと知られていることで多少言葉は軽くなっているが。
問われたグローリンは彼を振り向くことはなくとも、どうぞと短く返した。
「今日恐らく私が付き添うであろうパーティーのことをなにか知ってはいませんか? 如何せん、そういった高貴な方々とは無縁の人間でしたから無知でして」
「それはまた、王妃様も無理な提案をしたものですね。構いませんよ、貴方が、そして王族の皆様が恥をかかないようお答えいたしましょう」
ディアは返事に内心ホッとする。というのも、パーティーが行われる前日に自分が招待を受けたことで本来その任務を任されていた者が一人外されたのではないかと危惧していたからだ。
自分のような遠征団ならまだしも、格の高い近衛兵であり、さらにそのトップに君臨する彼がもしもその一人であったのならば多少恨まれていてもおかしくはないと思う。
なんせその相手が名も知らぬオッサンなのだから。プライドも近衛兵総隊長としての顔にも傷をつけられたと思われても致し方ない。だが、グローリンの言葉や声にそういった敵意はなかった。
「それではまず一つ、今回お集まりになられる貴族の方々はどのような繋がりが?」
「基本的にはご子息のいらっしゃる方ばかりですね」
「ということは、ご同行なされる王女様の婚約相手の候補ということですか」
「簡単に言ってしまえばその解釈で合ってますよ。今回は交流会のようなものでしょうけど」
なるほどな、だから王妃様は昨日の振る舞いについて口うるさく叱っていたわけだ。
そう納得したディアはしかし、王族に生まれた子は面倒なものだなと。果たして今回顔を合わせたなかに好みの人間がいるとは限らない。だがそれでも、一人ぐらいは保険として確保しておく為の人間を選ばないとならないわけで十歳の遊び盛りな女の子には酷な仕事だろう。
「貴方が今、何を考えていらっしゃるのか完璧に推察することはできませんが、敢えて言葉を述べるとすれば、それが王家の一人として生まれた人間の使命なのですとお伝えしておきましょう」
言葉を返さず、黙って先の考え事をしていたディアに釘を刺すグローリン。
下手に一般人としての意識から理不尽を感じ、折角の機会を邪魔されては困るという意志が明白に込められていた。
当然、ディアもそれに気付かないほど若い人間ではない。
「安心してください。私の仕事はあくまで護衛ですから。王女様に危害が及ばない限り何もすることはありませんし」
「危害が及ぶ前に動くのよ」
彼の言葉に少々被せるように口を開いたのは右隣を歩いている王宮騎士団の一人である背の低い赤髪の女性だ。
急な言葉、それも揚げ足取りのような発言にそちらの方を見たディアは初めてその存在に気付く。それは出会ったときは最後方にいたことと、歩き始めてからは彼が居心地の悪さから周囲に目を向けず、顔を知っているグローリンに意識を向けていたことで、彼女をはっきりと認識していなかったのが原因だろう。
「なに? 私が間違えたことでも言ったかしら?」
そんなことを知らない彼女はグローリンとは違い、歩は止めずとも少々丸みのある可愛らしい顔を彼に向け、目を見てそう続ける。
その瞬間向けられた明らかな敵意、というよりも反抗心を持つその視線に彼は理解した。彼女が今回外された一人なのではと。
「いや、確かに仰られる通りだ。防止することが何よりの任務でしょうから。自分の意識の低さを猛省します」
娘たち、特にミラのおかげかこういった態度に対する耐性が十分についている彼は素直に言葉を受け取り、そう言って頭を下げた。
あまりの潔さに面食らった彼女は戸惑いながらもそれを表には出さず、わかればいいのよと言葉にし、顔を再度前方に向ける。
その反応を見て、親としてなんだか微笑ましい気分になった彼はせっかくの機会なのだから、話を続けようと顔を向けたまま。
「大変無礼なこととは承知してお伺いさせて頂きたいのですが、貴方様のお名前をお聞かせ願えますか?」
グローリンと違ってまるで彼女について情報を持たないディアは丁寧にそう言葉を連ねた。しかしながら、彼女は少々苛立った様子で答える。
「シュルツ・ワイズマンよ。王宮騎士団である上に、田舎育ちの遠征団大隊長とはまるで違う、ライリア・マキュリー様の近衛兵として日々務めているワイズマン一家の長女のね」
ああ、なるほど……。
ため息交じりに一人、心のなかで彼女の刺々しく感じられた言葉の強さに納得した。ワイズマンと言えば、数代に渡って武具の流通を主に担っている由緒ある一族。そんなところで生まれ育った気高き若人がどこの誰ともわからない無名のオッサンに誇りを持つ仕事を奪われたとでも勘違いしているのだろうと。
話を続けようとすべきではなかった。そう後悔してももう遅い。
彼女の口は既に次の言葉を発しようと動かされているのだから。
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