第十二話 護送車
キュールにひとまず急遽大きな仕事が入ったことを伝え終えたディアは疲れが溜まっていただけにすぐ寝室で寝ることにした。
王妃からのご命令であることを伏せたのは過度な期待をさせないためだ。それに夫が想定を超える存在からの任務を受けていると知ればミスしたときのことを不安に思い、心を痛めてしまうかもしれない。
これまで多くの迷惑を家族にかけてきた分、ようやく恩返しができると密かに期待を胸に膨らませている彼にとってそのような事態になることは願っていない故の配慮だったのだろう。だからこそ、日の出と同時に普段は加齢臭が嫌いだからと殆ど起こしてもくれない長女のミラが焦った様子で肩を叩き、目覚めさせてくれる異常な事態にパッと瞼を上げる。
「ど、どうした?」
「お父さん! 外に王宮騎士団の人達が! お父さんを連れて行くから起こして来いって!」
何年ぶりだろうか、ミラからお父さんと呼ばれたのは……。
そんな感傷に浸る時間もなく、とにかく落ち着かないでいる彼女の肩を掴み大丈夫だと目を見つめて安心させるように彼は伝える。
まさかの誤算だった。そもそも騎士団所属者が住む地区とはいえ、格の低い遠征団の団地に王宮騎士団が来るなんてまずありえない。
それこそ罪を犯してバレたときぐらいだ。それ故に娘であるミラはなにか父親がしでかしてしまったのではないかと心配になっていたわけだがディアの言葉に何度も頷き、深呼吸をして徐々に心に余裕を生んでいく。
「なにか、そのやってきた騎士団の誰かが名乗りはしなかったのか?」
「あっ、えっとリーダーっぽい人がブエラ・グローリンって言ってた!」
「……あぁ、グローリンさんか。なら大丈夫だ。ありがとう起こしてくれて」
一人で勝手に理解してベッドから降り、着替えを始めようとするディアを彼女が疑問符を浮かべながら見つめるのも無理ないだろう。
そもそも王宮騎士団とは近衛兵と警備隊を総称した特別な呼称であり、ディアの属する騎士団と比べたら一つも二つも格が上の集団だ。そして、その二つの内近衛兵が父親に用事があるとは考えられなかった彼女が犯罪を取り締まる警備隊がやってきたと勘違いした。
しかし、彼は先ほどの名前を聞いてすぐにその人物が誰かわかったからこそ、問題ないと判断したということ。上司とは違うが、騎士団の憧れである集団のリーダーだ。必然的に名前を耳にするだろう。
ブエラ・グローリンは近衛兵総隊長。二十五歳という若さで任命され、現在は三つ年を取っている。細身でありながら携えているのは大剣だ。柄に近付くにつれ細身になっていく形だが重さは変わらず、傷の広さを重視して剣先が分厚くなっているのが特徴。
それに温厚な性格の上、貴族出身でありながら階級関係なく多くの人々と接するところから人気が高い。ただ、父親関連からあまり騎士団のことも良く思っていないミラにとっては誰か分からないという結果になってしまったが。
「なにボーっとしているんだ。今日は学校もないし、まだまだ朝早いからゆっくり寝ておいで」
「そ、そんなこと言われても……」
「だから、大丈夫だって。ミラがパパを心配してくれたことが分かっただけで嬉しいから」
「なっ!」
刹那、彼女は耳まで真っ赤に染め、立ち上がる。そうして彼に指をさしてこう言った。
「誰があんたのことなんか気にするもんですか! 早く捕まって来い、クソ親父!」
ディアがその勢いに押されている間に彼女は早足で部屋から出ていき、自分の部屋に入って思い切り扉を閉める。
バンッと鳴る音に苦笑を浮かべるしかないディア。それでも既に愛を感じているためすぐに笑顔に変わる。
それから正装に着替え終え、玄関から出た。
「お待たせしました」
「いえいえ、お気になさらず。可愛らしい娘さんが慌ててお父様のことを呼びに行かれたものですから、どうしようかと悩んでいたところですので」
「ハハハ……それはなんともお恥ずかしいところを」
グローリンのほかに近衛兵は三人。皆、青の鎧を身に付けている。
「本日お伺いさせて頂きましたのは王妃よりご命令を承ったからです。お迎えに上がれと」
「そうでしたか。とはいえ、こんなオッサン一人に何も王宮騎士団を三人も連れてくる必要はないですよ」
「そうもいかないのですよ。王妃から貴方が逃げてしまうかもしれないとご忠告を頂きましたので」
ディアは、なんてことを言っているんだと思いつつ、再度そうでしたかと答え、では行きましょうと王宮に向かって歩いていく。
先頭をグローリンが、そのほか三人はディアを囲うように位置し、歩幅すら合わせているのではないかと疑うほど同じスピードでいる。その姿はまるで護衛されているかのようで彼が偉い人間なのではないかと外に出ている人々に注目されるばかりだった。
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