第十四話 思い込みに恐れて
ピリッとした空気が人気の少ない道を歩く一行に流れ始める。
ディアの前方を行くグローリンはよくあることだと特別大きな反応は見せていないが、他の王宮騎士団員二人は苛立ちを隠そうともしないシュルツが暴走してしまわないか、ちらちらと確認していることからディアは過去にこういったことがあったのだろうと推察した。
「そもそもね、たとえ遠征団なんて格の低い職だとしても王宮騎士団の名前ぐらいは覚えておくべきよ。一礼儀としてね。特に関わる可能性がある近衛兵の人間に関しては」
「たしかにそうですね、失礼しました」
今年二十四歳になった彼女は一丁前に礼儀を語りだす。たしかに彼のように歳を重ね、仕事自体に意味を見出さず、淡々とこなし給料をもらうようになった人間は徐々に細かな礼儀を曖昧にしていくことはある。
それを彼自身も理解しているから反論はしない。その態度がどうにも小娘がなにを言っているんだと内心鼻で笑われているみたいで彼女は気に入らないみたいだ。
「それにマキュリー王妃とどんな繋がりを持っているのか知らないけれど、あの方がご厚意で貴方に優しさを与えているから私たちがこうして駆り出されているだけで、貴方自身は何も偉くなんてないのよ」
感情任せに吐き出されたその言葉に、君も礼儀を弁えていないじゃないかと心のなかでツッコミをいれつつ、とにかく場を収めたいがために肯定するようなことばかり返すディア。
その行動が火に油を注いでいるとはわかっていないようだ。
そんなやりとりがさらに三回ほど続いた辺りでようやくグローリンが口を挟む。
「シュルツ、もうそこまでにしないか。ディアさんは今回の護衛対象なんだよ」
「そうは言っても納得いくはずがないでしょ」
直属の上司である彼の言葉にも勢いは削がれることなく彼女は反抗した。すると、ここまで殆ど後方を見ていなかった彼が視線を彼女に向ける。
「な、なによ……」
そこに含まれる確かな怒りにさすがの彼女も怖気づき、言葉を詰まらせた。
「いいかい? ディアさんは君が言った通り、王妃様となにかしらの関係を持った方なんだ。つまり、ディアさんから流れる情報が行き着く先のひとつに王妃様の存在がある、ということを忘れないように。ここ数分の君の発言はまるでリスペクトの感じられない内容だった。それをディアさんが王妃様に話せばどうなるか、容易に想像できるだろう?」
それは単に勤務態度の悪さが露呈するだけでない。ワイズマン一家の恥として自らその誇りを汚すような行為を告白するようなもの。
それにグローリンからすれば、現状勇者の次に職位として高位に位置する近衛兵総隊長を出向かせるほどの人間であるディアは奇妙でなるべく関わりたくはないと願う者。
彼の情報が隠されていたとしたら重要人物であると察せられるが、むしろ筒抜けなぐらいグローリンの元には任務を承った際に資料が届けられた。故にディアが何なのか、彼には見当もついていない。
まさか彼も王妃が二十五年来の最古参ファンだとは思いもしないだろうから、この謎は深まるばかり。
そこに無暗に足を踏み入れる部下を守るため制止する意味も込めて彼は先の言葉を放った。
「で、でも……」
「わかったね?」
これ以上、話を続ける気はないとグローリンは答えを待たずして前を向く。
「…………はい」
さすがの彼女も小さくそう返すしかなかったみたいだ。
そのやり取りを見たディアはとにかく場を鎮めてくれた彼に感謝し、彼女に逸らされた話を元に戻して本日行われるパーティーについて問うていった。それから王宮前に着くまでの間、彼の質問は続いたわけだがそれに対してグローリンが全て回答し、もうシュルツが口を開くことはなかった。
王宮に入っていく前、ディアはそんな彼女の心配を取り除いてあげるため、今回のことを一切王妃に話さないと伝えようとしたが、その温情を感知したグローリンが俯きがちな彼女に見えないよう首を横に振り断ったことで結局何も話さずその場を去っていったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます