第五話 向上心は成長の証

 普段であれば動きやすい軽装でいるが、任務内容が雑務であったことに加え王宮に向かわなければならないことも把握済みだったので黒でまとめたコートまで着ていた彼は執事に頼み、服も用意してもらう。

 背中にかけていた大剣も外し、白のジャージを上下に着たら準備は万端。手には王女が使っているレイピアと同じものを用意してもらった。


「ハントゥース、本当に見せてくれるのね?」


 十歳から夢見続けた彼の剣技を見ることが今日も叶い、瞳を輝かせるのは王妃。珍しく率先して執事を手伝い、今回準備したもの全てを手渡した。

 まるでレイピアを使用する者の印象とは正反対の筋肉を身に付けている彼からどのような戦術が繰り出されるのか。これまでも驚きを提供してくれていたのだが、ただただ楽しみでしかない。


「ええ、もちろん。皮肉なものでここ一年定期的にこれを握る機会がありましたから、今の私にフィットした使い方を研究してたりするんですよ」


 リーチこそ当時より高く長くなってはいるが動きの機敏さに関して言えば圧倒的に劣っている。そのなかで彼は王妃に満足してもらえるよう、それから自身が生涯のなかで最も愛用していたレイピアに恥をかかせないよう、日々腕を磨くことはやめなかった。


 そもそも何故彼が一般的な家庭で護身用に女性でも扱えるよう軽く設計されたレイピアを使うようになったのか。大抵の騎士団を目指す男の子であれば、最高位に位置する勇者が使っているものを手にしてみたくなるもの。


 それが流行りになるし、なんなら当時はその影響で大会参加者の八割がロングソードを使っていた。ただ、両手剣というものは一撃こそ大きいもののそう易々と使いこなせるほど操縦性の高いものではなくて、技術と筋力が必要とされる。そのために細身で操縦性が高く、またロングソードと対等な距離感で戦闘を繰り返すことができるレイピアはアンチピックのような立ち位置になり得るのだ。それがまず一つ。


 そして何よりの理由となっているのは決して裕福とは言えなかった家族が唯一彼のために、新調されたそれを買ってくれたから。


 格も給料も低い歩兵の父親が自分のように苦しい生活を送って欲しくないと二歳の頃からナイフの使い方を教え、四歳になる頃にはレイピアに切り替えた。本来であれば片手剣でも用意しようと思っていたのだが、彼が非力であったこと、ちょうどその頃隣国との小競り合いが収まらず、戦闘地に建てられた仮拠点から殉職した場合に遺族への贈り物として用意できたのが当然お金などほとんど持ってきていなかった父親ではこれしかなかったことから、そうなった。


 無事帰還後は現代まで平穏な日々が殆どで毎朝毎晩彼に自らが騎士団のなかで学んだ知識、上位職である近衛兵や騎兵に教えてもらった技術などを惜しみなく伝え、身に付けさせた。

 そうして九歳になる頃には長年騎士団になる者が出ていなかった田舎では勇者になり得るのではないかと噂されるほどの実力を持つようになる。


 そこから十歳になり、大会を見事優勝。身内だけでなく、新たな戦術を使う人間の登場に胸を熱くし、新しい時代、勇者の卵の誕生ではないのかと囃された。

 そこからは嘘でもマシな人生であったとは言えず、またの機会にということで割愛させてもらうがこういった経緯で彼は両手剣に切り替えた今でもレイピアに対して愛を持っているというわけだ。


「さて、ライリア様にこれよりお見せするのは力任せに身体を貫くような下品なものではなく、誰もが学べば身に付けられる一般的な戦術です」


 その言葉を聞いた彼女はまるで自分にはその基本すらないと言われているようで見やすいよう離れた位置に座って見ていたが立ち上がり、反論しようとする。だが、それを制止させたのは王妃であった。


「ライリア、ここからは大人しくそこで座って見ていなさい。この男の活躍を目にしたことがない貴方が疑いの目を向けたくなるのは分かるけど、私が保証するから」

「……お母様がどうしてそこまでこの人に心を奪われているのか私には理解できない」

「世代ってもの。貴方にも今だから好きになったという存在があって、その衝撃をずっと忘れらずに抱えていくものなのよ」


 多くの人間が年の離れた方たちの行動を見て害だと口にしたり、考えればわかると馬鹿にしたりするが、実際に自身がその年代に近付くたび、あれと思うことはあるんじゃないだろうか。

 あれほど嫌っていた言動を自分がしてしまっているのではないかと。だから今でも過去の栄光を多く知る人間は人付き合いがうまいし、愛されることも多い。なにより話に花を咲かせることができる。相手がただ若者の話を聞くだけでなく、当時の価値観で話ができる。そして、老いた人間はそれを願っているのだ。


「とにかく今は口を出さずに静かに見ていなさい」


 ディアが執事によって用意された訓練用に作られた対人戦想定人形ドールと対面したところで王妃はこれ以上の話は無駄だと切った。


 三人が横から見るような形で観戦する準備ができたことを確認した彼は一度大きく息を吸って長く吐く。集中力を高めるために瞼を閉じて闇のなかに意識を放り投げ、無駄な音を消し去った。


 その異質な空気を感じ取った王女は早くも唾を飲み込む。

 王妃はその様子を昔を懐かしむように見つめ、共感するように小さく頷く。そうして出来上がった無の空間。

 その静けさを破ったのはディアが瞼を上げたと同時に、執事により戦闘システムのスイッチが入り手に持つ刃のないショートソードを構え、前方に素早く詰め寄ろうした人形であった。

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