第六話 想定外を引きおこせ

 対人戦想定人形ドールはアタッカー型に設定されていた影響で電源が入るとすぐにショートソード・モード《カッツバルゲル》を構え、ディアの胸元めがけて一直線に走り出す。

 それに対し、ディアは即座に右足を半歩後方にずらして腰を若干落とし、相手の剣先に目線を合わせた。


 戦闘というものは何も刃が交わうことが全てではない。傷は動きを鈍らせ、盾は隙を生む。そして何より瞬時の判断ができる脳が無ければうまくいかない。

 ディアは人形が突き出したその軌道を予測し、レイピアをその線上に被せながら頭をスッとずらす。


 人形は相手の行動を予測できていなかった体勢を無理に崩すことはなく、ひとまずは受けさせようと変わらず真っ直ぐに進む。触れ合う瞬間、ディアは滑らせるように前方へ突き出し、そのスピードをできる限り止めずに身体を翻した。


「あんな細身の武器で受け流すなんて……」


 早くも驚いているのは彼の全盛期を知らない王女だ。無意識に口から出てしまったようでハッとした後、嫌な視線を感じ頭上を確認すると王妃がニヤニヤと自分のことを見ているではないか。

 なにか言われる前にすぐ口を閉じて勢いのせいで彼から少々距離が空いてしまい、急襲に備えて構え直す人形に再度目を移す。


「なるほど、そういう動きもできるんだな」


 このまま刺突でまずは一撃と考えていたディアは人形の出来の良さに感心しつつ、次はこちらの番だと言うように全速力で突っ走りだした。


「うぉぉぉぉぉおおおっ!」


 声をあげることで自身を鼓舞し、また、相手に対して守りの形を取らせることに成功する。一見無謀に感じられるこの行動はあくまでここまでのセットだ。

 戦いのなかで空間をコントロールすることにより、知らず知らずのうちに相手は動きを制限されてしまう。彼はそのコントロールを実行した。理想の形、刃で受け止めるため両手で掴み直し、ぐっと力を込める人形。


「早とちりね」


 そう王妃が呟いた瞬間、このまま重さのないレイピアが振り下ろされるかと思われたが、彼は重心を引いて上半身を後ろに反らし、右足を伸ばしてスライディングの形をとった。標的が視界のなかからパッと消え、反応が遅れた相手にここで軽く一撃をいれるわけではなく、そのままの勢いで曲げていたもう片方の足を支えに身体を起こす。


 当然、人形の背中は無防備に空けられている。そこに力を込めたレイピアを一刺し。機械で作られているとはいえ、表面は人間と変わらない硬さに設計されている人形を見事貫通し、動きはかなり鈍くなり始めた。


「さすがハントゥース。今なおその身軽さを発揮できるなんて考えられない。それにあの頃とは比べものにならないほど力をつけているからたった一撃でも致命傷を与えられている。大会なら強制終了よ」


 先程の笑みはどこへやら未知の彼を見て興奮を抑えきれず、ついつい解説口調になってしまった王妃。


 当時のスピード感で言えば劣っていることに間違いはないが、それを姿勢を低くすることで敵の視界から一瞬にして消えるという戦術で賄っているのだ。

 何も王妃にただ頼まれたからこれまでレイピアを特別に扱っていたわけではない。久しく触れていなかったそれは思い出を蘇らせ、あの日浴びた歓喜の声を彼の脳内に再生させた。


 それから密かに日々の鍛錬とは別に時間を割き、過去の動きを思い出しながら今にフィットした形はないかと模索していたのだ。


 その成果がこれ。

 十歳の少女に衝撃を与えるには十分な内容だろう。何故なら彼女は動いていない相手にかすり傷程度しか与えられなかったのだから。


「一応、追い打ちも見せておこう」


 一先ずうまくいったことで余裕が生まれた彼は無礼にも王女を指さし、機能停止寸前の人形に突き刺さったままのレイピアを掴む。


「今はたしかに俺が優勢だが、実際に武器はどこにある?」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。その口の聞きか――」

「いいから答えろ。くだらない説教ならあとで聞いてやるから」


 言葉を遮られ、ムカつく気持ちをグッと溜め込み、あとで絶対に言うことを聞かせてやると思いながら彼の言葉を飲み込む。その先が気になることには違いないから。


「よしっ、それでいい。王妃様もよろしければ耳を傾けておいてください」

「ええ、もちろん。ここまで熱心なファンである私以外が一番だなんて考えられないもの」

「はは……たしかに家族を含めても一番かもしれませんね」


 彼の娘たちが父親の功績を信じられないのは分からなくもない話だが、妻が知っていながらも特に何も言わないのは簡単な話で、誰も愛する者の死など願いやしないだろう。もし、彼を褒め称えるような言葉をかけ、その結果更なる努力を積み重ねて昇進でもしたらどうする? たしかに裕福で楽な生活を送れるかもしれないが、遠征団より上は常に危険の伴う仕事だ。


 そんなところに夫を行かせたくない妻はただただ静かに日々を過ごしていたというわけ。故に、過去の栄光だとは自分でも言いながら熱い思いを立場を隠さず曝け出してくれる王妃の存在は彼の心に火をつけていた。


「まあ、それはさておき、このあとどうすべきか分かったかな、王女様?」

「それは……もっとなかに押し込んで確実に殺すとか」


 その返答に鬱陶しいほど大きいため息をつき、彼は肩をすくめた。

 蓄積されるストレス。頬を引きつらせるライリアはそろそろ我慢の限界のようだ。

 しかし、それを意にも介さず話を進めるメンタルの強さを持つのがこの男、ディア・ハントゥースである。


「では、ここからは聞いて、見て、よく覚えていきましょう」


 気分が乗ってきたがために口調まで変わるディアを笑みを浮かべて見つめている王妃がなによりこの場を楽しんでいるみたい。

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