第四話 密かに行われていたもの
王妃の小部屋から繋がる道を進む間、思い出話をしていたディアたち。そうしているうちに目的地である訓練場に着く。
誰もいないと思っている二人は笑顔で談笑しながらなかに入っていくとそこには動きやすい服に着替えたライリアと老執事がいた。
「ライリア、なにをしているの?」
「あっ、お母様」
まさか夜も遅くなってきたこの時間にそもそも剣を握ることすらないであろう王妃がやってくるとは思ってもいなかった彼女は、見つかってしまったことに焦り、視線を右往左往させ始める。
対して王妃もディアとのことをどう誤魔化すべきか、理由づけには何が最適か頭をフル回転させるが同様に焦っている為、うまく案を出すことができずとにかく言葉に詰まらないよう口を開いた。
「貴女、さっき明日のパーティーに遅れないよう寝なさいと言ったでしょう」
「で、でも……」
「言い訳しようとするのはやめなさい! どうして怒られたのかもう忘れたの? もし、貴方が明日なにかミスをしてしまっては――」
「王妃様、少々お待ちください」
言葉を遮るように王妃とライリアの間に割って入ったディア。このまま進めばまた一方的に言葉をぶつけられてしまいかねないと危惧し、咄嗟に行動に出た。
勢いを削がれた王妃は一度頭を落ち着かせるために一歩後退り、ライリアを守るようにこちらを向いている彼に問う。
「なにかしら?」
「王妃様が仰られた通り、王女様の行動は反省の色を見るには誤ったものかもしれませんが、なにかしらの意図があってここにいるはずです。それこそ、王族としての意識を持った結果かもしれません。ですから頭ごなしに否定せず、まずはお話しを聞かれてみてはいかがでしょうか?」
「……まあ、ハントゥースがそういうのであれば。私はここで大人しく耳を傾けているから聞き出してみなさい」
自分も混乱から勢いまかせに話してしまっていたことを理解している王妃は非を認めずともチャンスを与えることにした。
その言葉に頷いた彼は背後で小さくなっているように思える王女に目線を合わせて話しかける。
「ライリア様、良ければ教えて頂けませんか? どうしてこの時間、普段は人の気配のしないここにやってきたのかを」
「……」
まあ、そんなものか。
彼は分かりきっていた結果をその一言で済ませた。ここまでの短時間でプライドの高さは何となく把握できていたために、次の話に移る。
「このまま無言でいても構いませんが、それだと王妃様にただワガママな子供だと思われるだけですよ。意識の足りていない王族の一人として」
「…………」
なおのことその姿勢を貫いている彼女ではあるが、目の前にあるディアの顔を強く睨み、怒りを露わにしているようだ。
「残念ですが私はライリア様の華麗なるご家族ではございませんので、今何をお思いになられて私にどのような行動を取れと仰りたいのか、表情だけではわかりかねます。ですから、ぜひ、先程の質問にお答えいただきたいのですが」
敢えてここで下手に出ることで不信感を抱かせ、苛立ちを加速させていく。早くこの男の元から去りたいと思わせる。そうすることで少なからず言葉は発してくれるようになると彼は考えたから。
「……別に、特別な理由なんてないわよ。眠ろうとしたけれど、寝付けなかったから身体を疲れさせようとここにきただけ。これでいい?」
なんて態度だと、言葉を投げかけられた彼の後ろで様子を窺っていた王妃は小さくため息をつく。誰がどう見ても失礼極まりないものであったから、母親であればなおのことショックであったり、落胆であったり、思うことはあるだろう。
ただ、それでもディアは嫌な顔ひとつもせずにそうかそうかと頷き、彼女は何を隠したいのだろうかという方向に意識を向けていた。
面倒臭いから吐き捨てたような言葉の使い方。それに身体を疲れさせたいがためにここに来たという理由は一理あるが、それにしては手に持っているレイピアが似合っていない。
幾度もここにやってきている彼にとって多くの種類の刃を削がれた剣がここに眠っていることは既知の事実なので、見た目から筋肉の付いていなさそうな彼女であれば歩兵が使用するロングソードで行った方が早く刺激を体中に巡回させることができるはずなのにと謎が残る。
実際、ライリアの額の汗はあまり確認できず、頬が火照った様子もなかった。
「ライリア様がそれを事実だと仰られるのであれば、私めは素直にそう受け取るしかありません。その上で、お一つご提案をさせて頂きたく存じます」
「なに?」
奇妙に適当な敬語で話を進めていくディアに疑いの目を向け、その思惑を聞きだしてやろうと王女様のなかで興味が顔を出した。
「無茶ぶりに鍛錬をなされても身体のどこかに異常をきたしてしまうかもしれない。それでは結局のところ、明日、多くの方にご迷惑をおかけするという形になってしまいます。そうならないためにも騎士団にて日々鍛錬を積み重ねている私が効率よく身体を動かし、適度な疲労を感じさせるようなものを教えますよ。それでどうですか?」
この場を丸く収めるにはそれなりに良い提案だと思う。けれど、それは今彼女がここに居る理由が彼になかった場合の話だ。
残念なことに何故、普段はそこまで精を出さなかった彼女が一転したのかは数時間前、彼に軽く抱え上げられ、逃れられなかったことにある。プライドが高く、王女という地位に少なからず誇りを持っていたとすれば、数はたいしたものではなかったとはいえ、他人に自分の情けない姿を見られてしまったのは屈辱でしかないだろう。
それもどこの誰かも知らぬ顎髭を生やしたオッサンだ。耐えられるものではないことなど小学生でもわかる。だからこそ、この提案は間違いだった。
「ふんっ、なに様のつもり? 騎士団って言っても貴方遠征団なんでしょう。さっき執事から教えてもらったから知ってるわ。そんな位の人に何を教えてもらえと?」
「そうですね、そこまで本格的になさるわけではございませんでしょうから、ひとまず身体を動かすということも踏まえて基本的な型を学び、あちらに立っている対戦用の人形で実践してみるというのはどうでしょう?」
お前の肩書で何ができるんだと問うたはずが勝手に話を進められ、しかも堅実な内容のアドバイスまで頂いてしまった。さすがの王女様もここまで一心に突き進んでこられたら一旦は飲み込むしかない。
その上で更なる注文を付けてみる。
「そこまで言うならさ、一回見せてよ。おじさんの力を」
「あー、いや……」
「もしかしてあそこまで強く前に出てきたのに今更別の人を立てるなんて情けないことしないよね?」
ディアはうわぁ……と大声で吐き出したい気持ちを精一杯抑えて、昔、自分の子供たちに大会で優勝をしたことがあると言ったら全く信用してもらえなかった時のことを思い出しながらも、その煽りに応えてやる。
「わかりました。私でよろしければ、お見せいたしましょう。執事さん、今王女様が持たれているものとなるべく似たもののご用意をお願いします」
乗っかってきたディアに対して、どんなヘタレな技を見せてくれるのだろうとある種ワクワクしているライリア。その期待に彼が応えることはできるのだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます