第9話 隣国からの手紙
翌朝、目を覚ました永果は、泰極王が目覚めるのを待って漆烏国からの文を渡した。
「なんだ永果。私の布団に潜り込んでいたのか? 私の処に来るなんて珍しい。どうしたのだ?」
「泰様。朝早くからどうなさったの?」
「あぁ、杏。永果が昨夜のうちに私の布団に潜り込んでいたのだ。何処かからの文を持って来たようだ。」
「まぁ、何処まで行って来たのかしら? 永果ったら、この得意顔で手を出しているわ。ご褒美をねだっているのよ。きっと重要な任務を終えたつもりなのね。」
七杏は、永果の鼻を指先でつついた。
「あぁ、そのようだ。杏、永果に杏子の仁を三粒やってくれ。」
永果は、七杏妃から杏子の仁を受け取ると飛び上がって喜び満足そうに食べた。
「杏、これは確かに重要な任務だ。この文は漆烏国からの物だ。漆烏王の一人娘、宝葉姫様からの物だぞ。」
「まぁ、大変。では、少し前に泰様が温泉に行った時の龍鳳様のお話が・・・」
「あぁ、そのようだ。すぐに着替えて空心様を呼び、話し合うとしよう。」
「えぇ、それがいいわ。」
泰極王はすぐに着替えをし、早々に空心を屋敷へ呼んだ。
漆烏国からの文を手にした泰極王は、いよいよ来たかと肚を括った。
しばらくして屋敷に到着した空心は、すぐに聞いた。
「泰様、宝葉姫は何と?」
泰極王は、持っていた文を空心に手渡した。
「うん。やはり助けを求めている。近く蒼天に来られるようです。龍鳳様の仰った通り漆烏国へ行った凰扇様に、蒼天国へ行き力を借りよと云われたようです。
しかし、大変恐縮している様子が文からも見えます。やはり昔の苦しみの中に居られるようですな。」
「いやはや、どうにも。そのようですな。しかし、その因縁とやらは百年以上も前の事であろうに。これ程までに長らく、その中に居られるとは・・・」
「えぇ。それだけ根がまっすぐで誠実なのですよ。きっと。私も温泉から帰って来て、書庫で昔の記録を調べてみましたが、蒼天の領土獲得に敗れた漆烏軍が国に帰ると、大きな落雷があり国の宝である霊木山から続く森が焼けてしまったようです。
漆烏国は森と貴鉱石の国ですから、その落雷は大きな損失と絶望だったと思います。そして民は誰かれなく、落雷は天罰だと言い始めた。神仙様が棲まう龍峰山を守る蒼天国を攻めた天罰だと。それ以来、国は暗く沈み門を閉ざし後悔と悲観の中にあるのだと・・・」
「なるほど、そうでしたか・・・ そのような国が他国に助けを求める事、ましてや因縁深きこの蒼天に助けを求めるなど、よほどの勇気と決意のいる事でしょうな。」
「えぇ、漆烏の民だけではどうにもならず、凰扇様が手を貸したのでしょうが、その手を受け入れるのも葛藤があった事でしょう。」
「泰様。こうして文までよこして来訪なされる。ここは十分に話を聞き力となりましょうぞ。」
泰極王は、空心の言葉に大きく頷いた。
そして二人は、急いで歓待の返信を出すと、漆烏国の宝葉姫の来訪を待った。
文を永果に託すとすぐに準備を整えた宝葉姫は、父である漆烏王の許しを得ると蒼天国へ向け密かに漆烏を発った。折は暗闇の夜、新しき月が産まれようとしている。頼りとなる月灯りのない夜道を小さな灯りのみで静かに進む。人目を避け王府の裏門からの出立である。
雲慶は震える宝葉姫の手を握り、黙って励まし続ける。その雲慶の手のぬくもりを心強く感じ、宝葉姫は気丈に馬車の揺れに耐える。護衛の馬が立てる蹄の音と馬車の車輪の音だけが夜道に響く。一夜毎に膨らみを増す月は、漆烏国の一行に希望を灯しているようだ。
「雲慶様。あなたが共に来てくれた事を誠に心強く感じます。心より感謝致します。」
「姫様。王府の相談役として当然のお役目。姫様と国の大事に関われる事は幸せにございます。蒼天で何があっても、私は姫様と共におります。ご安心を。」
宝葉姫と雲慶の言葉に、護衛の精鋭もぐっと肚に力を込め歯を食いしばった。蒼天は間近に迫っている。
こうして月のない夜の旅を続けてきた漆烏国の姫の一行が、蒼天国に着いた。
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