第10話 宝葉姫の来訪
知らせを受けた泰極王は、蓮の葉の文と扇を受け取るとすぐに凰扇からの物だと分かり、漆烏国の一行を王府の内へと招くよう命じた。そして、空心を呼びに行かせ、七杏妃と共に広間で待った。宝葉姫一行は、案内されるままに進み広間に入る。
「ようこそ。漆烏国の皆様。お待ちしておりました。」
泰極王は立ち上がり、進み出て言った。七杏妃も共に前に進み出て、
「あなたが宝葉姫ですね。蒼天の王妃、七杏と申します。初めまして。」
と挨拶した。
「初めてお目にかかります。漆烏国皇女、宝葉でございます。こちらは我が王府の相談役の僧侶、雲慶でございます。」
「初めまして。雲慶でございます。」
漆烏国の二人も挨拶をした。
「一体、何が起きているというのです? 凰扇様ばかりでなく、龍鳳様も案じておられます。今、漆烏国で何が起きているというのですか?」
泰極王が二人に問うと、雲慶が先に口を開いた。
「実は今、漆烏の宝である森の木々に異変が起きているのです。木々の葉が灰色に変色し、まだ夏の盛りだと言うのに次々に落葉しているのです。それに木々に生長が見られず、若木は低いままで葉も茂らず貧相な様子で。漆烏では、大きな気候の変動も虫害もなく、原因が分からないのです。」
「私たちがなす術もなく呆然としていた処に、凰扇様が現れ、蒼天国へ行き泰極王を訪ねよと。そうすれば、原因も解決策も見つかり、霊木の森も国も助かると仰ったのです。ですからその言葉を信じ、すがるしかなく参りました。」
宝葉姫が事の次第を説明した。
「なるほど。そんな事が起きていたのですか・・・ それはご心配ですね。」
「えぇ、泰極王。このままでは国の宝を失ってしまいます。森の木々がなければ漆烏の民が生きていく術をなくしてしまいます。ですので百年の因縁がありながら、どうしても蒼天国のお力をお借り致したく恥を承知で参りました。」
宝葉姫は力なげにうつむいてしまった。
「百年前の因縁だなんて・・・ 互いに建国間もない頃の事、時は流れ今日まで両国共に国を保ち民を守り平和にやって来たのです。もうそのような事は水に流し、これからは仲良く致しませんか?」
七杏妃は言いながら泰極王を見た。泰極王は深く頷いている。
「七杏妃。誠に有り難きお言葉。漆烏は蒼天国に攻め入った後、大きな落雷に遭い大事な森が、霊木の森が全て焼けてしまいました。それは、天罰だったと国中の民が思い、今日までその後悔と悲しみを胸に過ごして参りました。遠き祖先がした事を、どうかお許しください。」
宝葉姫は、床に手をついて頭を下げた。
「お止め下さい。宝葉姫様。さぁ、立ってください。もう遠い昔の事です。今の蒼天は水と緑に溢れ、豊かに国を保っております。民も栄え、今や七代目の王の世を迎えております。安心してください。先程、七杏妃が申したように、せっかく勇気を出して百年の沈黙を破り国境を越え蒼天を訪ねてくださったのです。これを機に互いに国交を起こし、助け合って参りませんか?」
泰極王は、宝葉姫を起こしながら言った。
立ち上がった宝葉姫を雲慶が支えると、ゆっくりと話し始めた。
「誠に有り難きお申しで。漆烏はこれまで、深い後悔と悲しみから国を閉ざして参りました。それ故に民の心も閉ざされがちで、国に明るさや広がりが感じられません。僧侶たちの力では、もはや民の心を維持できず、そろそろ新しい風を迎え入れなければならないかと案じておりました。」
「そうでしたか。百年の長きに渡り閉ざされた門が開かれれば、漆烏の国も民も大いに変わる事でしょう。その決意をされたのであれば、我が蒼天国は出来る限り力になりましょう。」
「えぇ、何でも仰ってください。私たちで出来る事であれば喜んでお力になりますわ。」
泰極王と七杏妃は、微笑んで見つめ合った。
「泰極王。七杏妃。ありがとうございます。このまま、私の代まで国が持たぬかと案じていたところでございます。雲慶が申しました通り、これを機に国を開きたいと考えております。」
「それは善い。よい決心だと思いますよ。宝葉姫様。」
宝葉姫が安堵の笑みを浮かべた。
そこへ、息を切らし急いできた様子の空心が現れた。
「あぁ、空心様。お越し頂きありがとうございます。先程到着されました漆烏国の宝葉姫と相談役の僧侶、雲慶様です。」
泰極王が空心を招き入れ二人を紹介した。
「初めまして。僧侶の空心と申します。蒼天王府の皆様とは、何かと懇意にして頂いております。此度の事も文を頂いてから、泰極王よりお話は伺っておりました。」
「そうでしたか。あなたが高名な空心様ですか・・・ お会いできて嬉しいです。雲慶と申します。これを機に何とぞ教えを。」
「いやいや。私とてこの歳にしてまだ修行の身です。互いに教え合い学び合って参りましょう。他に弟子の天民と剣芯もおります。また後程お引き合わせ致しましょう。」
「えぇ、ぜひ。お会いしたいです。よろしくお願い致します。」
空心と雲慶は互いに手を取り合い、これからの交流を約束した。
「空心様。漆烏国では今、霊木の森の木の葉が灰色に変色して次々に落葉し、森が危機を迎えているようなのです。ですが、その原因が分からずなす術もないと・・・」
「ほう。そんな事が起きているのですか。しかし、漆烏国の皆さんでも分からぬ原因を我々が知る由もなく、なぜ凰扇様や龍鳳様は蒼天を訪ねるように仰ったのでしょう?」
「えぇ、空心様。私にもまるで分からず、どうしたらよいのか・・・」
泰極王も困り果ててしまった。
何処からか、リンリンと鈴の音がする。入口の方を見ると、永果がちょこちょこと歩いて来る。鈴は最近のお気に入りらしい。
「あら、永果。どうしたの? 今日は何?」
七杏妃が声をかけると、永果は得意気な顔をして七杏妃の腕に飛び込んだ。
「まぁ、あの時の可愛らしいリスさん。あなたは、蒼天王府に住んでいるのね。またお会いできて嬉しいわ。」
宝葉姫が笑顔を見せた。
「まぁ、永果。人気者ね。宝葉姫の心も射止めたの? このリスは、龍峰山の神仙様から預かっているリスなのです。神仙様より法力を授かっておりますので、いろんな事ができ賢く頼りになるリスなのですよ。」
「まぁ、そうでしたの。永果ちゃん。あの時は、文を届けてくれてありがとう。お陰でこうして蒼天国を訪ねる事ができ、王府の皆様にお会いできたわ。」
宝葉姫の言葉を聞いて嬉しくなった永果は、得意気に胸をポンと叩いて見せた。
「それで永果。今日はどんな用事なのだ?」
泰極王に聞かれ、永果は背負っていた紅い巾着を下ろし中から灰色に変色してしまった葉を取り出した。
「あっ。それは霊木の森の木の葉・・・」
雲慶が叫んだ。
「こんなにひどく灰色に・・・」
七杏妃は永果を抱えながら、灰色の木の葉を見つめた。一同も木の葉をじっと見つめている。
「永果。この葉は、霊木の森から持って来たのか?」
永果は大きく頷き泰極王を見ると、七杏妃の腕から飛び下り広間を出て行こうとする。そして、広間の扉の前で振り返ると、手を振りついて来るように合図した。一同は、永果に従い後を付いて行く事にした。
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