第11話 物語る木の葉
永果は廊下を進み祈りの部屋の前で止まった。
泰極王にこの扉を開けてくれと合図している。泰極王が急いで鍵を取りに行き扉を開ける。中に入った永果は ‘誓いの泉’ の前で止まり一同を見回し、にかっと笑った次の瞬間、高く飛び上がって灰色の葉を誓いの泉の中に入れた。
すると、水球が浮かび上がりその中に今の霊木の森が写し出された。水球の中の森はまるで雪が降ったように灰色の落ち葉が広がり、暗く静かだ。多くの木々は、葉がなく立ち枯れたように枝だけになっている。そして、泉の水に浸かった灰色の木の葉は、泉の底で小さく揺れながらしゃべり出した。
「私たちは、大変な過ちを犯してしまった。大人しくひっそりと生きなければ・・・ もう天を怒らせてはならない。私たちの祖先が天罰を受けたのだから。あぁ、悔やまれる。なぜ、あんな事をしてしまったのか・・・ おごり高ぶり蒼天を攻めなければ・・・
でも、もうたくさんなのです。もう、耐えられないのです。百年もの間ずっと、悲しみの言葉を聞いて来ました。後悔の言葉を受け止めてきました。もう私たちには、その重く悲しい言葉の数々を昇華する事が出来ないのです。私たち自身も力を失い果ててゆくしかないのです。
この灰色の私たちの姿は、いずれ来る漆烏国の人々の姿でもあるのです。このままでは、森だけでなく漆烏の民の心も悲しみと後悔に浸りきり、果ててゆくしかないのです。」
霊木の森の灰色の木の葉は、そう話した。木の葉の声が止むと水球は落下し、また元の泉に戻った。
「まぁ、誓いの泉にこんな使い方もあったのね。今までとは真逆の使い方ね。」
「あぁ、杏。誠に真逆の使い方だ。すごいぞ永果。こんな使い方があったなんて。だから凰扇様は、お二人に蒼天を訪ねよと仰ったのか。神仙様方は何と素晴らしい品々を蒼天に贈ってくださった事か。あぁ、感謝し尽くせない。」
「えぇ、泰様。本当に有り難い事だわ。」
泰極王と七杏妃は、涙を滲ませ喜んでいる。
その横で、驚きと衝撃で呆然としている宝葉姫と雲慶を、永果がつついている。
「あぁ、リスさん。すごいわ。蒼天には、こんな宝があるなんて。これは一体どういう事なのです?」
やっと口を開いた宝葉姫が聞くと、泰極王が
「ここは祈りの部屋と云って、蒼天王府で最も神聖な場所です。普段は鍵を掛け無闇に立ち入れないようになっています。ここに有る品々は、私と七杏の婚礼の時に龍峰山の神仙様方から賜った品々なのです。みな其々に法力を持った貴重な神器です。
今、永果が使ったのは、龍鳳様から賜った誓いの泉。本来は、今とは逆の使い方をします。この泉の前で誓いを立てると泉の水が言葉を受け取り、その誓いが実現するようこの世の万物が力を貸してくれるよう計らってくれます。
その時、泉の水は水球となりその誓いが実現した世の光景を写しだし、その水球が弾けるとこの世の草花や水滴などあらゆる物がその言葉を記憶し力を貸すのです。」
「なるほど。確かに今の使い方と真逆ですね。今は、霊木の森の木の葉が記憶している言葉を聞かせてくれた。水球が霊木の森の姿を写しだし、この百年の言葉を受け止めた木の葉の心を聞かせてくれたのですね。」
泰極王は、雲慶に向かい大きく頷いた。
「灰色の木の葉の言う通りだわ。この百年、世代が代わっても戒めのように霊木の森の落雷は天罰だと語り継がれて来た。そして漆烏の民は、罪深き民なのだと刷り込まれ後悔と悲しみの中を生きて来たわ。いつも自分たちを恥じ、控えめに暮らして来た。国を閉ざしひっそりと暗く、地味に生きてきた。」
宝葉姫は、話しながら次第にうつむいた。
「えぇ、私たちはそのように代々生きてきました。ですから民の心は重く、晴天の日でも暗く厚い雲が覆っているように国中が重い空気に満ちています。」
雲慶が引き継ぎ話したが、その顔は暗く陰っている。
「そうでしたか。この灰色に変色した木の葉の原因は、漆烏国の重い気を作り出している民の心、民が口にする言葉のようですね。」
七杏妃が、宝葉姫に寄り添い言った。
「えぇ、そのようです。あぁ・・・ 何という事でしょう。私たち自らが、漆烏の国の宝である霊木の森を苦しめていたなんて。霊木の森の灰色の木の葉から直に想いを聞いて、目が覚めました。」
宝葉姫の目から涙がこぼれた。
七杏妃は優しくしっかりと宝葉姫を抱きしめる。
「凰扇様は、だからこそお二人に、直に灰色の木の葉の声を聞いて欲しかったのですな。人伝ではなく直に。」
「えぇ、空心様。灰色の木の葉の声を聞き、胸が痛みました。」
大きく頷く空心の前に、胸を押さえる雲慶がいる。
「何はともあれ、霊木の森で起きている事もその原因も分かりました。もう未知の事ではありません。謎の正体が見えたのですから、もう恐れる事はありません。これからは、解決の道を探しましょう。永果、ありがとう。大手柄だ。戻ったら胡桃と杏子の仁をやろう。」
永果は幾度も飛び跳ねて喜び、泰極王に抱きつくと頬にスリスリした。
「えぇ、泰様の言う通り。皆で善き道を探しましょう。」
一同は、七杏妃に促され祈りの部屋を出て再び広間に戻った。
広間に戻り皆が席に着く。まだ重く暗い気を背負った様子が拭いきれない漆烏国の二人を横目に、
「さて、霊木の森の声を聞き木の葉の変色の原因が分かったところで、これから進む道、解決の道を探しましょう。」
泰極王が顔をあげて立ち上がる。
「これから新しく歩みだす漆烏国に向け、まず蒼天から織物を贈りましょう。
大変失礼ながら宝葉姫の御召し物は、とても簡素で地味です。一国の姫様なのですから、もう少し華やかな衣をお召しになられてはいかがですか? 決して華美な物が善いとは思いませんが、姫様の衣は地味過ぎる。僧侶である雲慶様と変わらぬくらいです。王族なのですから公に外に出る時は、少し華やいだ衣が善いと思います。漆烏の民が姫様をお見かけした時に、ぱっと心が華やぎ希望の光を見るような姿である事も、王族の役目の一つのように私は思います。
ですから王府には絹の反物を、民には作業がしやすい木綿と麻の反物を多く贈りましょう。自然の中にある彩りを集めたような鮮やかな反物を。蒼天は織物も特産なのですよ。たくさんの原料となる植物があり、蚕を育てる伝統の知恵がある。そうそう、この杏も織姫様の化身かと思うほどに織物の名手なのですよ。」
と満面の笑みで言った。
「まぁ、泰様ったら。大事なお客様の前で冗談はお止め下さい。」
七杏妃は照れながら泰極王を叩いた。
「いやいや、冗談でもないぞ。ねぇ、空心様。」
「んっ? あぁ、そうだな。黄陽国では、美しい反物を織り上げ吉紫山の民を救ったのだからな。」
「まぁ、空心様まで。あれは天女様から頂いた特別な糸で云われるままにただ、反物を織り上げただけですわ。」
七杏妃は顔を紅らめ、弁解するように皆を見回している。
「まぁ、そうでしたか。七杏妃は美しい上にお優しく、織物の名手とは誠に織姫様のようですわ。」
宝葉姫が憧れの眼差しを向けている。
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