第12話 国交再開へ

 一同は、どうにも困った顔をして泰極王を見ている。


「確かに。泰極王の仰る通りだと思います。国と同じく私も、心を閉ざしてしまっていたのでしょう。華やかな色に手が伸びず、衣に気を配る事もしていませんでした。ですから漆烏の民たちも皆、暗雲や深い森、夜の闇のような色合いの衣を着ています。

 今、国に立ち込める重い気を払う為にも、民の目に映る彩りを華やかにする事は、心を明るくする好機となるでしょう。喜んで蒼天国のご厚意に甘えたいと思います。泰極王、ありがとうございます。」


宝葉姫が微笑んでそう話すと、


「王族を始め民が衣に気を配るようになり、街の中が彩り豊かになれば漆烏国の特産である木工芸も生かされます。木地や漆のかんざしや櫛にも手が伸びるようになるでしょうから。」

顔を上げた雲慶は、生気が差したように見えた。



「まぁ、漆烏国は木工芸も盛んなのですね。」

「えぇ、七杏妃。漆烏には霊木の豊かな森があり、他にも貴玉山があり木材は豊富にあるのです。それに貴玉山からは、碧雀石という孔雀の羽根のような美しい貴石が採れるのです。その二つが国の主な収入源であり、特産なのです。」

雲慶が揚々と答えた。


「それは善い。木地のかんざしは民に人気があるし、漆の塗られた装飾品や食器、調度品は高級品だ。そうだ。湖蘭フウランの所で扱わせよう。国交が始まった事を知らせ、買い付けに行くよう話そう。」

「えぇ、泰様。それは名案ですわ。湖蘭様にお任せすれば安心ですし、目も確かです。」

泰極王と七杏妃は、目を輝かせて喜んでる。



「泰極王、七杏妃。ありがとうございます。我が国の特産を生かし交易の段取りまで。何と感謝申し上げたらよいか・・・」

宝葉姫が涙を滲ませながら礼を述べた。


「だがな、姫様。一番大事なのは、王族をはじめ民の心じゃ。これまでとは違う生き方をしようと思い、動き出す為の心じゃよ。それにはまず、希望を見出し言葉を変える事だと思うのだが・・・ 雲慶様はいかがかな?」


「はい。空心様の仰る通りかと。心が動かなければ人は動きません。心に浮かぶ言葉が人を立ち上がらせ動かします。心を開く言葉を使わなければ、漆烏国を覆う気は変わらぬかと・・・」

真剣な顔で空心に向きながら、雲慶は答えた。



 一同が頷きしばらく沈黙が続いた後、空心が口を開いた。


「私は仏の教えを求め続け、早くも五十年以上が過ぎた。だが、何処まで行ってもまだ修行の身、解らぬ事がたくさんある。そんな経典を読み記す生活の中で思ったのは、言葉というものは、一つの仏の姿なのではないか? という事だ。

 仏と云っても色々ある。菩薩や如来のように柔らかい姿もあれば、明王のように厳しく勇ましい姿もある。言葉もな、人を温め明るくする物もあれば厳しく戒める物もある。どの言葉と共に生きるかによって人の在り方やその集まり、つまり家族や国の姿が随分と違ってくるように思うのじゃ。

 今の漆烏国に必要なのは、明王ではなく菩薩や如来のような言葉を民が抱き使う事なのではないかと・・・」


空心が言い終わった時、甘い葡萄の香りが漂い蛇鼠が現れた。



「誠に。今、空心が申した通りじゃ。寄り添う言葉によって人の生きる道は変わってゆくもの。それ故、これを漆烏国に持ち帰ってもらおうと思い、持って来たぞ。これは‘誓いの言の葉’じゃ。」


蛇鼠の手の中には、銀色の木の葉を付けた唐黍とうきびほどの大きさの木が鉢に植えられた物があった。


「これに向かい、希望の言葉で祈りを捧げよ。この誓いの言の葉を王府の展望に置き、宝葉姫と雲慶とで、どう在りたいか祈るのじゃ。

 さすればその言葉に木の葉が揺れ、その音霊は外に広がり様々な物を目覚めさせ、心を動かす。そして、その祈りの音霊の通りに在ろうとする。二人が祈りを繰り返すうちに、民も国も変わってゆくだろう。」


「それは素晴らしい。さすがは龍峰山の神仙、蛇鼠様。誠によき賜り物ですな。」

「ほっほっ。蒼天が誇る高僧に褒められ、嬉しいのう。」

二人の翁は、顔を見合わせて笑った。


「神仙様。そのように貴重なものを異国である漆烏の民が頂いてよろしいのでしょうか?」


「宝葉姫よ。これは漆烏国に贈る為に持って来たのじゃ。恐縮せず受け取るがよい。それに漆烏の孔雀らとのよしみもあるでなぁ・・・」


「ありがとうございます。神仙様。蒼天王府の方々だけでなく、龍峰山の神仙様にまで好くして頂き、なんと感謝してよいのやら・・・」

「誠に勿体なき幸せでございます。宝葉姫と共に雲慶も感謝致します。ですが、漆烏の孔雀らとは誰の事でございましょうか?」


「むふふっ。雲慶よ。誓いの言の葉を持ち帰り祈り続ければ、いずれ何の事か分かる。楽しみに待っていなさい。そなたら二人の感謝の言葉を、その言の葉の代価に持ち帰らせてもらうよ。ではなっ。」

蛇鼠は悪戯な笑みを残し、帰って行った。



 一同は、残された誓いの言の葉に顔を寄せる。


「素敵な木の葉だわ。どうか漆烏の国と民が明るく健やかに過ごせるよう、お力をお貸しくださいね。」

七杏妃が誓いの言の葉にそっと話しかけると、銀色の木の葉が揺れ互いに触れ合い清らかな心地好い音が流れた。


「まぁ、なんて素敵な響きでしょう。とても清らかで胸に心地好い風が吹いたようだわ。」

「えぇ、宝葉姫。私もそのように感じました。これはすごいわ。」

「宝葉姫様。これは素敵な品を頂きましたね。大事に持ち帰り日々、展望で祈りましょう。」

「えぇ、雲慶様。一緒に祈り続けましょう。」


蛇鼠に誓いの言の葉を賜り解決の道が見えた一同は安堵し、それぞれの顔に笑みが浮かんだ。

 その夜には、漆烏国よりの賓客を歓迎し国交の開始を祝う宴が、王府の広間で賑やかに催された。


 しかし、宝葉姫の心には、まだ不安が残っていた。

 この先父帝が退いたら、自分が王位に就かなければならない。これから国を立て直し蒼天国を始めとした他国との国交を開いて、王女という重責を担っていけるのだろうかと。その姫の不安気な顔を、空心は心にとめていた。


「宝葉姫よ。何か気がかりな事でもおありかな?」

そっと小声で聞いた。


「はっ、空心様。・・・実は、私は不安なのです。これから国を立て直し近い将来、父帝から王位を受け継いだ後、一人で責を担って行けるのだろうかと、とても心細くあるのです。」


「そうでしたか。だが、この漆烏の大事に姫様に寄り添い他国までついて来てくれた、雲慶様が居るではありませんか。なんでも相談してみたらよいかと。」

「はい。そうなのですが、雲慶様は僧侶です。生涯独り身のお方。王族に入ることもありません。そう思うと、王となってくれる他の方を探さなければ国を保てません。王を迎えない訳にもいきませんし、どうしたらよいのかと・・・」

「うむ。確かに。それは悩ましいですな。ですが・・・ 時に姫様は、雲慶様を最も信頼し心から慕っておられるのですかな? 相談役としてではなく、情を持って慕っておられるのですか?」


「・・・はい。空心様。僧侶である彼とは、叶わぬ想いと分かっております。ですから、せめてこのまま国と私の相談役でいて欲しいと思いつつ、いつかそれもままならぬかと思っております。」

「うむ。・・・相分かった。その胸の内、しかとお聞き致しました。これからの漆烏国の為、善き道が見つかると信じましょう。」


空心の言葉に、宝葉姫は大きく頷いた。















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