第4話 伴修将軍の醜聞
泰極王と七杏妃の護衛を終え、白鹿から戻った伴修に思わぬ疑惑がかかった。今軍部では、その噂が広まっている。
「なぁ、知っているか? 伴修将軍のあの新しい剣のこと。」
「あの立派な美しい剣のことか?」
「あぁ、そうだ。泰極王の護衛で白鹿国に同行した時、紅號村で手に入れたらしいぜ。村で一番善い剣を出させたとか。」
「白鹿国の紅號村の刀剣と言やぁ、この辺りじゃ最上級だ。その中で一番とあらば・・・」
「あぁ、その通り。この辺りで一番の剣を手に入れたって事さ。将軍の威厳を示すために手に入れたって話だぜ。いざとなったら、あの剣で
「本当か? そんなに壮太准位は目障りって事なのか? 伴修将軍はもう、よいお歳だ。身体も若い頃のようには動くまい。だけど・・・ あの才にあの腕だ。だから長く将軍位に居られるのだろう? まだ十分な威厳はあるだろう。とはいえ、壮太准位も腕があり人望もあり若いお方。それなのに今のままじゃ、いつまで経っても将軍になれねぇか。」
「だから伴修将軍は、自分の地位を守るためにあの剣を手に入れたのさ。いざとなったら壮太准位を消すために、あの剣を使うつもりだろう。って噂だ。伴修将軍は礼は言うが、それ以外に優しい言葉の一つもかけない冷徹な方だからな。」
「おい。そんな事・・・ 大きな声で言うなよ。」
軍部の中では、台頭してきた部下の壮太准位を伴修将軍が抑えつける為に、白鹿で最上級の剣を手に入れたのだと噂され、それが王府にも広がっていた。
この噂に胸を痛めた伴修は、泰極王に将軍位の退位を願い出た。
「泰極様。私もよい歳になりました。若い者たちと同じようには動けなくなって参りました。此度の新しい剣に関わる噂もございますし、これ以上、泰極様に迷惑をかけたくありません。どうか、将軍位を解いてください。」
「ならぬ、伴修。そなたにはまだ、将軍でいてもらう。此度の剣は、私がそなたに預けた物だ。あの時、紅號村の兄貴から贈られた剣を守り刀とするようにと手渡した物だ。噂は、まったくの邪推ではないか。」
「えぇ、ですが泰極様。邪推であれ、私の醜聞。噂を流される種があったのです。それに壮太准位は才ある者。あの者に次の将軍を任せれば安心です。」
「だが、今はならぬ。壮太准位の才は、私の耳にも入っている。だが、今はならぬのだ。今退位したら、噂を暗に認めた事にもなる。また新たなでたらめの噂を呼ぶであろう。」
「ですが・・・」
その時、王府の侍従が部屋に入って来た。
「泰極王。御話し中、申し訳ございません。只今、軍部の壮太准位が戸口に参っております。急ぎお取次ぎ願いたいと。」
泰極王と伴修は、顔を見合わせた。
「分かった。壮太准位を通せ。」
部屋に通された壮太准位は、伴修の姿を見るなり膝を付き泰極王に申し立てた。
「恐れながら申し上げます。今、軍部でささやかれている噂は、全くのでたらめでございます。伴修将軍は、そのような方ではございません。どうか伴修将軍をお咎めなきようお願い申し上げます。」
と床に頭を付いた。伴修は驚いて立ち尽くしている。
「壮太准位よ、面を上げよ。」
泰極王が言うと、壮太准位は顔を上げ更に話を始めた。
「伴修将軍は、私を育ててくれた師であります。武術や兵法を教えてくださり、腕を磨くことが出来ました。また、空心様の説法を聞くと善いと私を連れて行ってくれました。そこで私は、心の在り方を学びました。武だけでは治められぬものがあり、心を大切に育てる事で自然に治まる事があると空心様から学びました。
准位となり部下を持つまでになった今の私が在るのは、伴修将軍のお陰でございます。そのような方が、あの噂のような理由で刀剣を手に入れるはずがございません。」
壮太准位は、まっすぐに泰極王を見て真剣な顔で申し立てた。
「はっはっはっ。壮太准位。分かっている。あの刀剣は、紅號村で天民様も世話になった村の兄貴が、私に贈った物だ。十数年前の風砂の時の礼にとな。それを私が、刀剣を一番生かして大事に使ってくれるであろう伴修に預けたのだ。蒼天に戻るまでしっかり護ってもらわねばならぬからな・・・
それに、伴修とはもう三十年の付き合いだ。この人柄は十分に分かっている。安心せよ。」
泰極王は、高らかに笑いながら言った。
「はっ。泰極王。申し訳ございません。出過ぎた事を致しました。どうしても、此度の噂が許せずつい。しかも伴修将軍が王府へ行かれたと聞き、てっきりお咎めを受けるものと思いまして・・・」
「はっはっ。壮太准位。伴修将軍は、自ら退位を願い出たのだ。この醜聞で私に迷惑をかけたと。将軍位を解いてくれと言いに来たのだ。」
「えっ・・・ 伴修将軍。それはなりません。
恐れながら、私の父は長く文世様のお側に仕えておりました。ですから、伴修将軍の若かりし頃の
此度の噂は、軍内部から出たもの。ですから今退位されては、噂を認めたも同然。それに私はまだ、伴修将軍の下で学び共に在りたいと思っております。伴修将軍は、父が申していた通りの信頼できる方でしたから。」
壮太准位は、伴修将軍をすがるように見つめている。
じっと見つめられ、まっすぐな心を向けられた伴修は静かに話し始めた。
「壮太准位よ、私ももうよい歳になった。長く将軍位に居過ぎた。私がいつまでも将軍位に居ては、次の才ある者が活躍できぬ。だから此度の件は、よい機会かと思ったのだ。
それに私は、若気の至りで愛の言葉を失った。だから部下にかけてやる言葉がない。一言も持ち合わせていないのだ。だから、冷徹な将軍だと思われるのも仕方ない。今の若い者は、昔の事を知らぬからな。」
「えぇ、それは仕方のない事。ですが今は、退位にはよい機会ではありません。伴修将軍、お考え直しください。」
「壮太准位。分かった。もうよい。そなたの訴えは最もだ。よく分かった。もう下がりなさい。」
泰極王は、壮太准位に下がるよう命じた。
壮太准位は深く一礼すると、二人のいる部屋を出て行った。
そして、伴修と二人だけになった泰極王は
「伴修よ。確かに壮太准位はよく育ったようだな。それに、そなたを慕っておるようだ。言葉数の少ないそなたの事をよく理解し、誤解もしていない様子。だが、他の若い者の中にはやはり、伴修の事を誤解している者もおるようだ。」
「はい。誠に不徳の致すところでございます。今更ながら、愛の言葉が人との関わりに置いていかに大事なものかと痛感致しております。此度の噂は恐らく、壮太准位を慕う部下の中から出たものと思われます。壮太准位の才が報われぬのを悔しく思っている者が発端かと。」
「ほう。伴修には目星がついているようだな。まぁ、よい。発端が誰であれ、壮太准位もまた、才あり人望もあるという証でもある。どうやら次の将軍は、壮太准位のようだな。だが、今はならぬ。」
「はっ。泰極様。承知いたしました。お時間を取らせ、申し訳ございませんでした。」
「いや、構わぬ。大事な話だ。それに軍部の内情も見えた。伴修の退位も、そう遠くはないという事のようだな。これからはそれを踏まえ、壮太准位をよく導いてやってくれ。」
「はい。確かに心得ました。」
伴修は深く一礼し、部屋を出て行った。
この後、泰極王は疑惑の刀剣について王府内、軍部内に通達した。
〈白鹿国、紅號村より献上された刀剣は‘白修の剣’と銘打ち、今後は将軍位に就く者に継承していくものとする。〉
こうして伴修の醜聞は、次第に消えていった。
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