第3話 紅號という村

 シュッ。カチン。カキンキンキン。


 あちこちから音が聞こえる。刃物が立てる音が絶え間なく鳴っている。


「ここが剣芯が生まれた村なのね。本当に刀剣の村だわ。」

「あぁ、そのようだ。ここで剣芯が生まれ育ち、天民様、武尊殿と澪珠が世話になったのだ。」

泰極王と七杏妃は、村を見て歩いた。


「あら、天紅砂丸ティエンフォンシャワンだわ。懐かしい。まだこの村でも作っているのね。」

「そのようだ。我が王府にもまだ有るぞ。確かに水が豊かになったとはいえ、乾いた土の上の治水だ。風塵の多い白鹿では、今でも必要かもしれないな。」


そう二人が話していると、男が話しかけてきた。


「天紅砂丸が懐かしいですか? 見たところ白鹿の方ではなさそうですが。」

「えぇ、蒼天国の者です。白鹿の王府に用があってね。その帰り道に寄らせてもらったのです。ここは、知りあいの僧の生まれ育った村でしてね。どんな処か見てみたかったので。」


「そうでしたか。それはまた・・・ いや、まてよ。紅號村で生まれ育って僧になった奴は、一人しかいねぇ。それはもしや、剣芯のことではありませんか?」

男は目を見開き、喰いつくように泰極王に聞いた。



「あぁ、えぇ。そうです。剣芯のことです。なぜ剣芯の事を? もしかして、あなたが兄貴ですか?」

「はい。いかにも。私は、紅號村で兄貴と呼ばれています。」


「まぁ、こんな事って・・・ 泰様。この方に武尊様も澪珠もお世話になったのだわ。」

七杏妃が驚いて言った。


「あぁ、そのようだ。十数年前の事を覚えていますか? この村で武尊殿と澪珠が大変お世話になりました。私たちは、その武尊殿の即位式に出席してきた帰りなのです。」



「なんて事だ。じゃぁ、あなた方は蒼天国の・・・ 泰極王と七杏妃ですか・・・?」

兄貴の声が震えた。


「えぇ、いかにも。」

兄貴は慌てて膝を付き、頭を下げた。 



 泰極王と七杏妃は、慌てて兄貴に駆け寄り

「あっ、いやいや。お止め下さい。その節は子供らが大変お世話になりました。天民様や剣芯にもよくしてくださった。本当に、ありがとうございました。」

「本当に。そのお陰で今の両国があるのですから。」

兄貴を起こした。


「そんな・・・ 勿体なきお言葉。ありがとうございます。あぁ、そうだ。この村には刀剣しかございませんが、これを。道中の守り刀にお持ちください。」


そう言って兄貴は、小屋の中から持って来た小さな守り刀二本と、大きな剣を一本差し出した。


「いやいや。ただ通りがかっただけで、そのような大事な物を頂けません。どうかお気遣いなく。」


「いや、泰極王。あの十五年前の事は、とても多くの事を俺に教えてくれました。

 あの時、法力の何とかのお陰で、蒼天国からもたくさんの天紅砂丸を送って頂いた。どれほど有り難かったことか・・・ 本当に感謝しているんです。

 今や武尊は王になり、剣芯は僧になった。この村にも白鹿王府からの注文が来るようになった。それに治水のお陰で国中が豊かになったんです。聞けばその知恵は、武尊が蒼天国で学んだものだと云う。だから、何かお礼がしたいんです。頼みます。受け取ってください。」


兄貴は膝を付いて刀剣を掲げた。その姿に七杏妃は深く頷き、


「分かりました。有り難く頂戴致します。この大きな剣は、伴修将軍に持っていてもらいましょう。この守り刀は、私たちで。」

と、泰極王は兄貴の剣を受け取った。


「泰極王、ありがとうございます。どうか道中お気をつけて。ご無事でのご帰国をお祈りしております。」

兄貴は、深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。この守り刀を懐に、蒼天へ戻ります。」

泰極王も頭を下げ、七杏妃と共に馬車へ戻って行った。


 

その後ろ姿を見送りながら兄貴は、


〈あれが蒼天の泰極王と七杏妃か・・・ 聞いていた通り穏やかで立派な風格の方々だ。武尊が慕うのも分かる。剣も、あの二人が治める国なら安心だ。天民様もいらっしゃる。蒼天とは、誠に善き国なのだな・・・〉


自然に笑みが浮かび、温かいものが広がる胸に手を当てた。



 今、白鹿は新しい王が立ち、豊かになった国土と雨季の恵みを得て始まったばかりの日々を新しい力で歩んで行くのである。


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