巡りゆく蒼天の情絲

第22話 竹花と潮時

 四季は巡り歳月は流れ、王府ではすくすくと成長した獅火と紫雲の子、弦空も七歳になった。幼き皇子を見る泰極王も穏やかさが増し、目を細めて見つめる事が多くなった。しかし、公務では威厳と風格は一段と高く極まり、国内はもとより他国からも信頼を集める蒼天王となっていた。そして、父帝、辰斗王が退位した歳の頃を迎え、自らの進退についても潮時を感じていた。



 もうすぐ蒼天は初夏を迎える。草木は茂り空は爽やかに晴れ渡り、水の流れが清々しい。蒼天の蒼さが生きる季に、空心と泰極王は少し遠出をし龍峰山の麓辺りを散策していた。


「空心様。何とも気持ちがよいですね。このまま竹林の方まで行ってみませんか?」

「おぉ、よいですなぁ。青々とした気が風に乗り、外に居てちょうどよい季節になりました。ぜひ、竹林まで行ってみましょう。」


二人は御簾を上げたままの馬車を走らせ、龍峰山の西側に広がる竹林にやって来た。馬車を下り竹林に入ると、日が遮られちょうどよい柔らかな木漏れ日が降り注ぐ。


「よい香りですな。心も静かに清々しくなるようじゃ。」

「えぇ、空心様。誠にそのような。あや・・・ これは・・・」

「むっ? いかがなされた? 泰様。何かございましたか?」

泰極王が何かを見つけ、竹林を歩く足を止めた。


「空心様。これはもしや、竹の花ではございませんか?」


 泰極王が指差す先を空心も見ると、竹葉の先に何やら白い糸のような物が垂れ下がっている。


「おぉ、泰様。まさしくこれは、竹の花ですな。まだ若く黄陽国にて修行をしていた頃に、吉紫山の竹林で一度だけみた事があります。」

「そうでしたか。私は初めて見ました。これが竹の花ですか・・・ この花が咲くという事は・・・」

泰極王はそう言いかけ、竹林全体を見渡した。



「えぇ、泰様。この竹林は、世代が代わるという事ですな。そういえば昔、辰斗王と天藍の扇を見つけ、泰様の婚礼の時にそのもう半分を龍鳳様から頂いた後、どうにも昔の事が気になりましてなぁ。あの後に書庫へ行き、蒼天の建国当時の事を調べたのです。

 すると、あの世子兄弟の惨劇が起きる前、漆烏国に攻め込まれる前に、この竹林の竹の花が咲いたようです。一つの聖史が閉じる前兆だったのでしょうか? あれから百年余り、竹の花はまた、何かを告げようとしているのでしょうか?」


「なるほど。あの惨劇の前に竹の花が・・・ ではこの竹林は、蒼天国の百年の聖史を全部見て来たのですな。そして今、世代が代わろうとしている。まさに、最後に一花咲かせて終えてゆくのですな。」


「えぇ、そのようですな。世は移ろっても、また種をこぼして芽が育つ。まだまだ続いて行きますよ。この竹林も、蒼天も。聖史は記され記憶となり人々に残ります。私もきっと、近いうちに人々の記憶になりますな。はっはっはっ。」

「空心様。何を仰いますか。まだまだ、この世においで下さい。私のお守りをしてくださらないと。」

「はっはっはっ。泰様はもう、立派な大人になられた。今やお守りは、私がされているのですよ。」

「はっはっ。空心様。ですが、私もそろそろ、王府の頂から下りる時が来ているようです。この竹のように最後に一花咲かせ、善き種を残せればよいのだが・・・」


「ほう、ほう。泰様もそのようなお歳ですかな。それでは尚の事、私のお守りがお役目になりますなぁ。」

「はい。そうなりますね。ですから、空心様。まだまだこの世においで下さい。そして私は、蒼天国の自然の節目に習うと致します。今はまだ、この事は内密に。先ずは戻って杏に話してから。その後、王府の皆に伝え、民に触れを出す事に致します。」


「相分かった。老僧は、語る言葉もございません。ただ黙って頷き見守るのみでございます。はははっ。七杏に話す証に、竹林の神の許しを得て一枝持って参られますか?」

「いや、杏をここへ連れて来て直に見せよう。さすればよく分かる。肌で感じ納得し、同意してくれるはずだ。今年の七夕節を終えたら、私は退位しよう。」


 空心は黙って頷いた。二人は、竹林の清々しい気を頂き軽やかな心持ちになって、再び馬車に乗り王府へと戻って行った。



 

 翌日、泰極王は七杏を誘って、再び竹林へ向かった。


「泰様。私に見せたい物とは何ですか?」

「うん。もうすぐ着く。行けば分かるよ。」

二人が王府から馬車に揺られ竹林に着くと、泰極王は七杏の手を引いて竹林に入った。


「あぁ、清々しい。なんてよい心持ちなのでしょう。吉紫山を思い出しますわ。」

「そうか・・・ そうだな。杏は、吉紫山の竹の葉で病が癒えたのだったな。」


「えぇ、七季を二回。随分と竹の葉の煎じ薬を飲みましたわ。その後に蒼天に来てからも、あの端午節で毒矢に射られた時にも助けてもらいました。まだ黄陽に居た頃には、竹林で天女様の五色の夜露を見たのよ。あぁ、懐かしい。竹林には想い出がいっぱい。感謝がいっぱいだわ。」

「そうか。杏と竹林は、何かとご縁があるのだな。杏、ここの竹葉をよく見てごらん。」

泰極王は、七杏妃に一つの竹を指差した。


「まぁ、これは何かしら? 白い糸のようだわ。」

「あぁ、それが竹の花だ。竹の一つの生涯の終わりを知らせている。この花は、数十年から百年に一度しか咲かない。この花が終わると竹葉は枯れ、新しい世代がまた竹林を作るのだ。」


「そうでしたの。ではこの竹林は・・・ これで一度終わるのね。」

「そうだ。この前この竹林で花が咲いたのは、百年前。蒼天建国の頃、あの天藍の扇の惨劇が起きた頃だそうだ。空心様が、私たちの婚礼の後で調べていた。あれから百年。国が続き蒼天は、私と杏の世となった。」


「まぁ・・・ 何という巡り合わせでしょう。奇跡のようですわ。天藍の扇を空心様と辰斗王が見つけ、あの時の情絲が泰様と私に繋がれた。そして今、この竹林で再び花が咲いた。」

「あぁ、私も同じ事を思ったよ。それでね、杏。この竹の花は、大事なことを知らせてくれているのだと思うんだ。私の退位の時をね。」

「泰様・・・」


泰極王は、目を閉じ大きく頷いた。


 その姿を見て七杏は、

「そうですね。蒼天国の自然は、民と共に王府と共に歩んで来た。弦空の誕生を知らせた紅銀魚もそうでした。そしてこの竹の花もきっと。

 泰様は、白鹿国が乾いた土の国から水のある国に変わる術を手渡し、漆烏国とは国交を結び両国に花を咲かせ種を残しましたわ。この蒼天も蒼き水と空を保ち、平穏で希望を宿している。もう十分です。泰様、お疲れ様でした。」


「ありがとう、杏。君ならきっと、分かってくれると思っていたよ。この花は一生に一度、見られるかどうかの貴重な花。二人で見ることが出来て善かったよ。ありがとう。杏。」


 泰極王は、七杏妃の手を握った。


 建国より祖先が築いてきた日々、二人で歩んで来た日々に想いを巡らせ、泰極王と七杏妃はしばらく見つめ合ったまま目に涙を滲ませた。


 










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