第21話 芽吹く霊木の森 

 木蓮節からひと月して霊木の森へ行ってみると、雲慶と宝葉姫は木々に新しく若い葉が芽吹いているのを見つけた。そして残っていた葉も艶やかな緑色を取り戻している。


「宝姫。森が生き返っているよ。ほら、新しい葉がここにも。そこにも。」

「えぇ、雲様。よかったわ。森が戻って来ました。」

「この森の木々は、漆烏国の宝。本当によかった。これで安心だ。この国の人々が希望の言葉を取り戻し、悲嘆から抜け出して光を見つめるようになったからだね。」

「えぇ。凰扇様の仰った通りだわ。これでやっと漆烏も変われる。国が動き出しましたね。先ずは私たち二人が、祈りと希望の言葉を大事にして参りましょう。」

「あぁ、そうだね。宝姫。そうしよう。これから末永く共に。」


 二人は手を繋ぎ、静かに息を吹き返した森を歩いた。森は新鮮な葉と湿った土の匂いがする。風が吹くと木の葉は揺れ生命の音を運ぶ。


「これが霊木の森の息吹ですよ。宝姫。」


二人は、森の息吹をめいいっぱい吸い込んだ。



 

 宝葉姫と雲慶が無事に婚礼の儀を済ませた事や霊木の孔雀の目覚めは、蒼天王府にも知らせがもたらされていた。その嬉しい知らせと共に漆烏国からは、碧雀石が施された装飾品や木工品が、これまでのお礼として届けられた。その中に紛れて、瑞々しい緑色の木の葉が数枚、丁寧に美しい布に包まれて届いている。


「泰様。この緑の葉は何でしょう?」

「んっ? 何かなぁ? ・・・もしや、霊木の森の木の葉ではないか? ほら、霊木の森にも新しい芽吹きがあったと文にもあったではないか。」


「えぇ、そうでしたね。新しく芽吹いた霊木の森の葉・・・ そうだわ。この葉を持って祈りの部屋へ行ってみましょうよ。」

「あぁ、杏。よい考えだ。よし、空心様も呼んで三人で行ってみよう。」


 泰極王は、急いで侍従に空心を呼びに行かせ、七杏と共に祈りの部屋へ行き空心の到着を待った。



しばらくすると空心がやって来た。


「おぉ、泰様。お待たせ致しました。何やら漆烏から文が届いたとか・・・」


「えぇ、空心様。お二人の婚礼の儀の報告と共に、木の葉が数枚届いたのですよ。きっとこれは、霊木の森の木の葉だと思いましてね。」

「きっとそうよ。そうに違いないわ。だからね、今から誓いの泉に浸してみようと思うの。永果がやったように。一緒に見ましょう。空心様。」

「おぅ、おぅ。誠ですか・・・ そのように瑞々しい緑の葉が芽吹いたとは、何とも喜ばしい事。さぁ、誓いの泉の法力をお借り致しましょう。」


三人は顔を見合わせて頷き合うと、泰極王が誓いの泉に木の葉をそっと浸した。



 すると泉の水は水球となり、その中に婚礼の儀で街道を馬車で進む宝葉姫と雲慶の姿が写し出された。蒼や薄紅、黄などの衣を着て沿道で喜ぶ民の笑顔もある。


「まぁ、美しいわ。宝葉姫様は、蒼天から贈った衣を着てくださったのね。とてもお似合いだわ。」

「あぁ、雲慶様もお召しになってくれたのだな。二人は、よくお似合いの夫婦だ。民もあんなに明るい笑顔を見せ喜んでいる。」

「えぇ、えぇ。誠に喜ばしい事ですな。漆烏に光と喜びが戻ったようですな。あぁ、見てください。二羽の孔雀が・・・ 銀紫雲の上を・・・」


「えぇ、空心様。誠に美しい。この孔雀が、龍鳳様と蛇鼠様が仰っていた神仙様ですね。」

「なんと美しいこと。私たちの婚礼の時の光霧の龍と鳳凰を思い出しますわ・・・」


七杏の言葉に、泰極王と空心も感慨深く頷いた。


 その時、泉の底の木の葉が揺れ、

「まぁ、なんと美しい。姫様は、観音蓮のようだ。仏門におられた雲慶様とよくお似合いだ。このお二人の姿を見られて幸せだ。眩い光を見るようだ。」

と話した。


 そして、民の喜びの声が次々と続き、二羽の孔雀がもたらした五色の美しい音霊が響いた。それに続き二神仙の目覚めの言葉が聞こえた。


「漆烏の民よ、心に光を取り戻し私たちを目覚めさせてくれて、ありがとう。」

「これからは、神仙の姿に還った我ら姉弟がこの漆烏国と民を守る。」


木の葉から聞こえた音霊は、二神仙の言葉を乗せ部屋中に響く確かなものだった。


「誠に美しい調べだ。何と清らかな音霊だ。」

「泰様。漆烏国はもう大丈夫ですね。これからは、孔雀の二神仙が守り導いてくださる。」

「あぁ、そのようだ。これで安心だな。龍峰山の神仙様方もきっと安心し、喜んでおられるであろう。」


「誠に善きこと。泰様、七杏。善きものを見せてくださった。ありがとう。今世での善き宝じゃ。」

空心は微笑んで静かに言った。


「嫌だわ、空心様。そんな言い方。でも、誠に美しく喜びに溢れた嬉しい姿でしたね。」

空心は七杏の手を取り軽く叩き、笑顔で幾度も頷いた。



 漆烏国から届いた木の葉は、泉からすくい上げるとそのまま布に包み木箱に納め祈りの部屋に残した。水球に浮かんだ喜びの様子が、末永く続く事を祈って。三人は、漆烏国の喜びと光に満ちた姿を胸に納め、祈りの部屋を後にした。







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