第20話 婚礼行列

 二人が馬車を下り山道を上り始めると、山裾から少し上がった所に平らで大きな石があり、そこに燭台と香立てが置かれていた。


「姫様。ここでしょう。ここに香と酒を捧げ祈りましょう。」

「えぇ、雲慶様。そう致しましょう。」

二人は供え物をし静かに祈った。


 そして侍従と共に石の脇に備えられた篝火に火を点け、炎が立ち上がると、宝葉姫が銀色の言の葉を取り出し一枚くべた。


 すると、炎の中から銀色の煙が狼煙のようにまっすぐに上がった。その煙を見届けて山を下りると、御簾が上がった山車のような馬車が用意されていた。


「姫様。雲慶様。こちらの輿にお乗りください。」


 侍従に言われるままに二人が乗り込むと、深碧川沿いに続く街道を貴玉山に向け進み始めた。街道には漆烏の民が集まり始め、婚礼の儀を終えた姫の姿を見上げている。蒼天国から贈られた蒼い絹に金糸銀糸の刺繍が施された衣を纏った姫は、柔らかく清々しい光を放っているかのように美しかった。


 街道から見上げる民は口々に

「まぁ、なんと美しい。姫様があのように美しい方だったとは・・・」

「あぁ、お姿を見られて幸せな事だ。姫様は、美しい光のようだ。」

と見つめ、輿に向かって手を合わせる者もいた。


「なんとまぁ、美しい。清らかで穏やかで、観音蓮のような美しさだ。」

「あぁ、本当に。観音蓮のようだ。仏門におられた雲慶様と、よくお似合いだこと。」

沿道の民は、宝葉姫の美しさを霊木山の裾野に群生する白く清々しい観音蓮に例えた。


 薄墨色に金糸銀糸の刺繍の入った衣を纏った雲慶と並ぶ姿は、誠に似合いの夫婦のように民の目に映った。



「雲慶様。何だか恥ずかしいですね。民が皆、こちらを見ています。」

「えぇ、姫様の美しさを観音蓮のようだと云っていますよ。」

「恥ずかしいわ。でも、民が喜び笑顔を見せてくれるなんて夢のようです。」

「えぇ。これからは、たくさん民の笑顔を見られる事でしょう。」


 民の喜びの声に、自然と宝葉姫の顔もほころび、時折手を振って民の声に応えながら貴玉山への街道を進んだ。



 そうして貴玉山へ着き山を少し上がった所に、やはり平らな石があり燭台と香立てが用意されていた。宝葉姫と雲慶は、香と酒を捧げて祈り脇の篝火に火を点し、雲慶が銀色の言の葉をくべるとやはり銀色の煙が上がった。煙は真っ直ぐに天へと上ってゆく。


 宝葉姫と雲慶は、その煙を見届けると山を下り侍従と共に用意されている舟に乗り込み、今度は深碧川を下り王府を目指した。


 船からは、二つの霊山から立ち上がる銀色の煙がよく見えた。その煙を見つめながら川の流れに任せていると、二つの煙は互いに手を伸ばし合うように近付き、やがて一つに繋がって大きな銀紫色の煙になった。

 大きな銀紫色の煙はまっすぐ天に向かい高く上がると、銀紫色の煌めく雲となって天空に広がった。そして、その雲から霧雨のように美しい音霊が降り注いだ。高く澄んだ音色の音霊は、ゆっくりと柔らかく降りて来る。

唄うように降り注ぐ音霊は、これまでに聞いた事のない美しさで、国中の人々の心に優しく沁み込んでいった。


「なんて美しい調べでしょう。まるで唄っているようだわ。」

「えぇ、姫様。天上で祝いの曲を奏でているように聞こえます。」


 宝葉姫と雲慶が船の上で音霊の調べに聴き惚れていると、二神仙の孔雀が再び姿を現し銀紫色の雲の上で人のような神仙の姿に変わった。そして、音霊の響きの中に二神仙の声が聞こえてきた。



「今日、私たち姉弟神は元神の姿から目覚め、神仙の姿に還りました。また昔のように、この国を守り導いてゆきます。

 漆烏の民よ、心に光を取り戻し私たちを目覚めさせてくれて、ありがとう。さぁ、これより光と希望を思い出し共に歩みましょう。」


とても柔らかく美しい姉神の声だった。その声を国中の民も聞いた。



「まぁ、なんと喜ばしい事でしょう。今日は、なんと素晴らしい日なのでしょう。」

「えぇ、姫様。誠に善き日となりました。蛇鼠様は、この二神仙を完全に目覚めさせるために私たちを両霊山に行かせたのですね。」

「えぇ、雲慶様。そのようです。何と慈悲深き事でしょう。蒼天国の龍峰山の神仙様なのに、他国の漆烏にまで手を差し伸べてくださるなんて・・・ 」


「宝葉姫。永らく不安と悲嘆の中に国を置き、すまなかった。これからは我ら姉弟が、この漆烏国と民を守る。安心して王位を継ぐがよい。天空を覆っていた暗雲は、地中深く鎮め大地の守りに変えよう。宝葉姫よ、雲慶と共に手を携えて進め。」

今度は、若々しく活気のある声で弟神が言った。



 すると、漆烏の大地が黒く濃く深まりゴォーと低い音を立て震えると、草木がしっかりと立ち上がった。国中の全ての草木が、命を吹き返したように生き生きと枝葉を広げた。


 宝葉姫は、二神仙の声がする銀紫色の雲に向かって、

「誠に有り難き幸せにございます。神仙様の目覚めで国中が甦りました。私も善き伴侶を得まして、これから二人手を携えて国を想い歩んで参ります。」

と両手を合わせている。


「神仙様。ありがとうございます。どうか永く永く、国と民を見守ってください。我々も精進致します。」

雲慶も手を合わせた。



 天に広がる銀紫色の雲間からは、幾本もの光の柱が漆烏の地へ下り天と地を結んでいる。漆烏の天と地が光の柱で繋がった。


「姫様。誠にあの藍孔雀の石板にあった通りになりましたね。」

「えぇ、本当に。このような神秘が目の前で起こるなんて。ただただ、神仙様に感謝です。雲慶様、我々はこの先もしかと祈り続けましょう。」


 雲慶は、宝葉姫の手を取り微笑んで深く頷いた。


 雲の上の姉弟神仙は、深碧川を行く船が王府に近い橋のたもとに着いたのを見届けると、それぞれの霊山へ帰って行った。




 王府に戻った宝葉姫と雲慶は大広間での宴に出て婚礼の儀に関わる全てが終わると、二人の部屋に入った。二人は安堵の表情で向かい合う。


「雲慶様。無事に終わりましたね。お疲れ様でした。」

「えぇ、無事に終わりました。今、とても安堵しております。今日からは姫様と夫婦となり、国を想い共に歩む日々が始まったのですね。」


「はい。雲慶様は私の夫であり、将来の漆烏国の王です。どうか今日より私の事を、宝葉とお呼びください。私も・・・ 雲様とお呼び致しますから・・・」


「あぁ・・・ そうですね。きっと、そうするのが自然なのでしょうが、私は僧侶として長らく姫様と王府に仕えてきた身です。急にはなかなか・・・ 少しずつ慣らしてゆくという事でよいでしょうか?」


「えぇ、もちろんです。これから私たちが、共に歩む歳月は長いのです。少しずつ、ゆっくりと歩み寄って参りましょう。」


優しく微笑み合う二人を柔らかな甘い香が包む。


 まだぎこちなく、恋にも満たない二人ではあるが、その心には互いを想い慈しむ慈愛がある。漆烏の国と民を想う心は、まっすぐに同じ方向を向いている。これから歩む道は、同じ一本道であるという確信がある。

 深く確かな安堵と信頼は、やがて強く太い絆となり二人を繋ぐ情絲があったのだと気づく。誰にも奪われず、誰にも壊すことの出来ない天に定められた情絲があったのだと。


 この確かな情絲を胸に二人は、部屋に敷き詰められた木蓮の花弁が放つ香と共に一つとなる初めての夜を過ごした。















 

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