漆烏国の異変

第6話 世継ぎと蒼天の神秘

 伴修将軍が雅里を連れて戻って来た。


「おぉ、伴修。戻って来たか。今ちょうど、事の次第が分かったところだ。」

泰極王は顔から笑みがこぼれ、手招きして伴修を呼んだ。


「事が事なので、勝手ではありますが雅里も連れて参りました。それでどのような様子で?」

ついて来た雅里も、神妙な顔で伴修に寄り添っている。そんな雅里に七杏妃が微笑み、獅火を促した。



「獅火、大事な話よ。あなたの口からお二人にお話しなさい。」


「はい。母上。伴修将軍、いや義父上、義母上。私と紫雲に子が出来ました。もうすぐ五ヶ月です。これまで黙っていて申し訳ございません。初めての子なので慎重になり、安定するまでお話するのを控えておりました。来春、桜が咲く頃に産まれる予定です。」

「まぁ・・・」

雅里は伴修にしがみついて喜んだ。



「あぁ、獅火様。おめでとうございます。話してくださり、ありがとうございます。」

伴修も涙を滲ませて獅火の手を握った。


「はい。ありがとうございます。今は紫雲の体が大事。私も寄り添っております。どうぞご安心ください。また時々、顔を見に来てください。紫雲も安心すると思います。」



「泰極様。これは誠に不思議な事でございますね。紅銀魚の大群は、誠に世継ぎの誕生を知らせる瑞兆だったのですね。」

「あぁ、伴修よ。そのようだ。先程、獅火が申していたのだが、これぞ蒼天の自然の神秘。この国は、自然と共に歩んで来たのだな。そしてこれからも、それは違えてはならぬと思うのだ。」


「えぇ、父上。私もそう思います。王府が自然に寄り添い、自然が様々な事を知らせてくれる。その兆しを受け取り、歩んで行かなければならない。それが蒼天の歩む道かと。」

「あぁ、なんとご立派な考えでしょう。この蒼天に産まれ、今将軍としてお仕え出来る事に、誠に感謝しております。この国を愛しております。」

「ありがとう。伴修将軍。」


泰極王は、伴修将軍と固く手を握り合った。その様子に、この国の確かな絆を見た一同は胸が熱くなった。



 その日のうちに都中に触書が出され、紅銀魚の大群の瑞兆の噂は、程なく朱池の都まで広まった。そして、朱池の都で起き始めていた混乱も治まった。

 この秋、いつもの年より少し多く紅銀魚を味わった蒼天の民は、自然の恵みに感謝し、瑞兆の行方を密かに楽しみにしていた。





 紅銀魚の大群が青星川を遡上してから半年が経った。

 玄京でも桜が咲き上巳節が過ぎた頃、弓なりの月が輝く夜に、獅火と紫雲に男の子が産まれた。蒼天の更なる世継ぎの誕生である。この皇子の誕生に国中が慶び街は湧き、人々に笑顔が溢れた。王府も慶びに包まれ、七杏妃と雅里は毎日のように小さな皇子に会いに行った。

 弦空シァンクウと名付けられた皇子は、たくさんの見守りの中で元気に泣き笑っている。


「獅火よ。これでそなたも父となった。これからは、家族を守り国を守り、より注意深く大きな心を持って歩まねばな。」

「はい、父上。弦空が産まれ、ぐっと肚を据え直しました。子というのは、こんなにも力をくれるものなのですね。」


「はっはっはっ。そうか。そう思ったか。かつて獅火も、私にたくさんの力をくれたのだぞ。私はそのお陰で頑張れた。お前もそうなのだな・・・ 時になぜ、弦空と名付けたのだ?」

笑みがこぼれた顔で泰極王が聞くと、


「はい、父上。弦空が産まれた時、上弦の月が空に輝いていました。その明かりは、満月かと思うほどに私には明るく見えたのです。ですから、上弦の弦と空。この空は、空心様にもあやかって一字頂きました。空にかかる弓を時に射て厳しく、平時は緩ませ穏やかな箏の音のように、広く緩急のある心を持って欲しいと願いました。」


「なるほど。そのような事を思っておったのだな。確かに国政も緩急は必要だ。厳しいばかりでは成り立たん。それは自分自身に対しても周りの人々に対してもそうだな。」


「えぇ、私もそう思います。父上も母上もそのようにして、私を育ててくれました。まだ武尊兄さんがいた頃に、皆で東風節に行った事がありましたね。その時、一緒に梅糖を食べてくれた父上は、公務の時とは別人のように穏やかで優しかった。無邪気な子供のようでした。あの時の楽しさと喜びは、今も胸に在ります。

 私も父上のような王と成り、父親になりたいと思いました。」


「ははっ。そんな事もあったな。そうだな。楽しい思い出だ。うん。

 そうして緩む事も必要なのだ。張りつめてばかりいては、持たないからな。そう言う意味でも獅火や澪珠がいてくれた事は、とても嬉しく幸せな事だったぞ。時に心配し頭を悩ます事もあったが、たくさんの笑いと喜びをくれた。それは杏にとっても同じだ。獅火と紫雲も、これから分かるだろう。」


「はい、父上。これから弦空との日々を大事にして、より一層公務にも気を入れて参ります。」

泰極王は、微笑みながら幾度も頷いた。




 そして、春の花が咲き緑が溢れる頃となり、弦空の初節句である端午節には、泰極王に抱かれた弦空が皆の前に顔を見せた。蒼天の幼き皇子はすぐに皆に囲まれた。春の陽光のような笑顔で皆を惹きつけ心を解き、大きく優しく包み込むような気を放つ弦空皇子は、小さな体にいっぱいに蒼天の未来を抱えている。


 泰極王は、我が腕の中に在る蒼天の未来を大事に抱きながら辰斗王がこの場にいない事を残念に思った。辰斗王は、とても大事に弦空を抱き愛おしく見つめた事だろう。泰極王は胸の内で思った。そして、涙がこぼれぬよう仰いだ蒼天の清々しい空には、今も変わらぬ蒼さと希望が広がっていた。











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