サンタさんへのお手紙
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サンタさんへのお手紙
悠太がサンタクロースの正体を知ったのは小学一年生の時でした。
友達にばらされた、とかではありません。
それは不幸な事故でした。
悠太の住むマンションの一階にはスーパーマーケットがありました。
悠太は学校帰りにそのスーパーマーケットの中にあるおもちゃ屋に寄り道するのが好きでした。
そこで、悠太が欲しがっていたプラモデルを購入している母親の姿を偶然目撃してしまったのです。
なんということでしょう、「悪い子のところにはサンタさん来てくれないわよ!」というクリスマスシーズンになると必ず出てくる母親の言葉は真実だったのです。
サンタの正体を知った悠太は「玄関の鍵を閉めたらサンタさんが入ってこられないからダメ!」と言ったり、玄関から自分の部屋までの壁にクレヨンで「←ぼくのへやはこっち」と書いたりしていた過去を思い出して途端に恥ずかしくなりました。
その年のクリスマス、悠太は欲しかったプラモデルを手に入れましたが、同時に大切な何かを失ったのでした。
あの悲劇から四年。
五年生になった悠太は、もうサンタクロースを信じるような年齢ではなくなっていました。もちろん毎年クリスマスプレゼントをもらっていましたが、欲しい物を紙に書いて靴下と一緒に枕元に置いておく……といった面倒なこともしなくなっていました。
ですが、今年のクリスマスはそうもいかなくなりました。
「ゆうたはサンタさんにおてがみ、かかないの?」
四歳になる妹の美来にそう聞かれたのです。
できれば「お兄ちゃん」と呼んでほしい悠太ですが、両親が悠太のことを「ゆうた」と呼び捨てにするので、それを見ていた美来もいつの間にかそう呼ぶようになってしまったのです。
去年まではクリスマスがなんなのかよくわかっていなかった美来も、今年から保育園に通うようになってサンタクロースの存在を知ったようです。
手紙なんて書かなくてもプレゼントが貰えると知っている悠太は、当然今年も書くつもりはありませんでしたが、母親からサンタの正体を美来に絶対にばらさないように、と厳しく言われていました。
悠太もさすがに四歳の妹にサンタクロースの正体が親であることをばらすようなことをするつもりはありません。もしそんなことをしようものなら、本当にサンタが来てくれなくなってしまいます。
なので悠太は「もちろん兄ちゃんも書くよ」と笑顔で答えました。
クリスマスを間近に控えた十二月。
夕食を終えた悠太は自分の部屋のベッドの上に寝転んでゲーム雑誌を読んでいました。
何度も読んだせいでよれよれになったその雑誌は、中身もほとんど覚えています。
それでも繰り返しその雑誌を読むのは、これから訪れるお年玉シーズンを前に、なんのゲームを購入するかを検討する為でした。もちろん、クリスマスプレゼントとして貰う予定のゲームはすでに父親に伝えてあります。
「悠太、ちょっといい?」
母親が唐突に部屋に入ってきて、悠太にそう声を掛けました。
「なに? 今忙しいんだけど」
「暇そうじゃない。それよりあんた宿題はやったの?」
「もう二学期も終わるのに宿題なんて出ないって」
「冬休みの宿題があるでしょう」
「冬休みの宿題は冬休みにやるものだよ」
「別に今やったっていいのよ?」
「……そんなことを言う為に来たの?」
悠太は少しイライラしながら雑誌から顔を上げます。
「そうだった。……あのね、美来のことなんだけど」
「美来がどうかしたの?」
「あんた、あの子がクリスマスに何が欲しいかって聞いてる?」
「え? いや、聞いてないけど?」
「そう……困ったわね……」
「どうしたの?」
「あのね、あの子、クリスマスに何が欲しいのか聞いても教えてくれないのよ」
「え、もうクリスマスまで何日もないじゃない」
「そうなのよ。だから困ってるの」
なるほど、と悠太は納得しました。
何が欲しいのかわからなければプレゼントの用意ができないのですから、父親も母親もさぞ困っているはずです。
「美来は?」
「今、パパと一緒にお風呂に入ってるわ。パパがうまいこと聞き出してくれればいいんだけど……」
それは難しいだろうな、と悠太は思いました。
美来は仕事が忙しくいつも帰りが遅い父親よりも母親にべったりな子でした。
「もしパパが駄目だったら、僕からも美来に聞いてみるよ」
「お願いね?」
そう言って母親は部屋を出て行きました。
翌日、父親が聞き出すことに失敗したことを知った悠太は、美来の欲しい物を聞き出すべく行動を開始しました。
まずはストレートに攻めます。
「なぁ、美来はサンタさんに何をお願いするの?」
「ひみつー」
「そんなこと言わずに兄ちゃんにだけこっそり教えてよ」
「おしえなーい」
悠太がどう聞いても美来は教えないの一点張りでした。
次に悠太は新聞の折り込み広告の中からおもちゃのチラシを持って居間でお絵かきをしている美来の前で広げると、「あー、これいいなー」とか「おーこれも欲しいなー」と興味を引くように言いました。
美来もそれに釣られて一緒にチラシを覗き込みます。
しばらくの間、ふたりはチラシを眺めながらおしゃべりをしました。
「美来はこの中だったら何が欲しい?」
タイミングを見計らって悠太はそう聞きましたが、美来は「おしえなーい」と答えるだけでした。
これは予想以上に手強い、と悠太は思いました。
ふと、悠太は美来がサンタさん宛に手紙を書いていたことを思い出し、その手紙を見ることができれば、美来が何を欲しがっているのかわかるのでは、ということに気付きました。
良いアイデアだと思った悠太は、さっそくそれを実行することにしました。
美来が母親に連れられて買い物に出掛けていったのを確認した悠太は、居間にある美来のおもちゃ箱である三段の引き出しが付いた収納ボックスを探します。
引き出しの一番上の段に、その手紙はありました。
悠太は他人の手紙を盗み見ることが悪いことだとわかっていましたが、これは美来の為なんだと自分に言い聞かせて、手紙をそっと開きました。
手紙には文字ではなく、絵が描かれていました。
クレヨンで描かれたサンタクロースらしき顔。その隣にはおそらく自分の似顔絵。
そして、その下には真っ赤に塗られた箱のようなものが描かれていました。箱の左右には黒い丸がふたつずつくっ付いています。
「なんだこれ? プレゼントの箱か? でもこれじゃ何が欲しいのかわからないぞ。それにこの黒い丸はなんだろう?」
悠太にはそれがなんなのかわかりませんでした。
どこかに文字が書いてないかと手紙を裏返したりして探してみましたが、何も書かれていません。そもそも四歳の美来はまだ満足に文字が書けません。
「駄目だ、これじゃわからないや」
悠太はあっさり諦めると手紙を元の場所にしまいました。
買い物から帰ってきた母親に悠太は手紙のことを話しました。
てっきり手紙を見たことを叱られるかと思いましたが、事情が事情なだけに母親は悠太を叱りませんでした。
ですが、美来の欲しがっている物はわからないままです。
その後も母親とふたり掛かりで美来に何が欲しいのかを聞き出そうと奮闘しましたが、結局聞き出すことはできませんでした。
翌日。
その日は日曜日だったので、悠太は朝から美来と一緒にテレビを見ていました。
美来は日曜日の朝にやっている特撮の戦隊モノのテレビ番組が好きなようで、毎週欠かさずにその番組を見ていました。
悠太は五年生になっていたので、もうその手の番組は卒業していましたが、それでも美来と一緒になんとなく毎週その番組を見ていました。
テレビでは正義のヒーローたちが悪の怪人を倒すために出動するシーンが映っています。
美来はそれを目を輝かせながら見ています。
そして、リーダーの赤いヒーローが自分と同じカラーの自動車に乗り込むシーンになると、よりいっそう体を前のめりにしました。
その様子を見て、悠太ははっとしました。
美来の手紙に描かれていた赤い箱……それは、この赤いヒーローが乗っている車なのではないか、そしてあの四つの黒い丸はタイヤなのではないか、悠太はそう考えました。
番組がCMに入ったところで、悠太は確かめるべく行動を起こします。
戦隊モノのCMには必ずその戦隊モノのおもちゃのCMが入ります。悠太はそのCMを見ながら、美来にこう言いました。
「あー、レッドの乗ってる車かっこいいなー。俺、サンタさんにレッドの車のおもちゃをお願いしようかなー」
すると、美来は慌てたように「だめーっ!」と言いました。
「なんで駄目なの?」
悠太は美来にそう聞きましたが、美来は「とにかくだめーっ」としか言いません。
美来が泣きだしそうになってしまったので、悠太は慌てて「わかったわかった、兄ちゃんはゲームソフト頼むから」と言って宥めました。
悠太が赤い車を諦めたことでほっとしたのか、美来は再びテレビにかじりつきます。
(当たりだ!)
美来の反応で悠太は自分の予想が当たったことを知りました。
ですが、まだ確証は得られていません。
悠太は番組が終わると、美来にサンタさんへの手紙について聞くことにしました。
「美来はもうサンタさんへの手紙は書いたのか?」
「かいたよー」
「すごいなー、美来はもうひらがな書けるのかー」
「かけないけど、えをかいたよ」
「えっ、絵を描いたの? でも、それだとサンタさん、美来が何が欲しいかわからないんじゃないかなー?」
「わかるもん、サンタさんはすごいから、みくのほしいものわかるもん」
美来のサンタさんへの信頼が厚すぎて悠太は困ってしまいました。
残念ながら悠太の家のサンタさんは本物のサンタさんほど万能ではないのです。
「で、でも、絵だけじゃなくて、ひらがなでちゃんと書いたほうが良いと思うな。ほら、サンタさんは他の家にもプレゼントを配らないといけないから、とっても忙しいんだ。だから、わかりやすくしたほうがいいと思うな!」
そう言われて美来は唸ります。
「うー、でもみくひらがなかけないもん……」
「わかった。だったら兄ちゃんが書いてやるよ」
「ほんと?」
「ああ、兄ちゃんにまかせろ」
「わかった! おてがみもってくるーっ」
美来が目を輝かせながら持ってきた手紙の空いているスペースに、悠太はクレヨンで美来の欲しい物をひらがなで書いてあげました。
こうして、悠太は美来が欲しがっている物を知ることができたのでした。
悠太から報告を受けた母親は、急いで外出している父親に連絡しました。
これで一安心、と母親はほっと一息ついています。
「でも、なんで美来は欲しい物を誰にも教えようとしなかったのかな?」
悠太の質問に母親は
「きっと恥ずかしかったんじゃないかしら」
と答えました。
「恥ずかしい?」
「あの子はおしゃまさんだから、男の子が好きそうな物を欲しがっていることを知られたくなかったのよ」
「ふーん」
悠太にはよくわかりませんでした。
たしかに戦隊モノの車を女の子が欲しがるのは珍しい気がしましたが、あの赤い車は格好良かったので、別にいいんじゃないかと思いました。
その後、父親から無事にプレゼントが買えたという連絡がありました。
どうやら赤いヒーローの車は人気商品だったらしく、父親は方々のデパートを探し回ったようで、帰ってきた時にはへとへとになっていましたが、娘の為に頑張れたことが嬉しかったのか、とてもご機嫌でした。
さぁ、後はクリスマス当日を待つばかりです。
これでめでたしめでたし……となるかと思いきや。
それはクリスマスを数日後に控えたある日のことでした。
部屋でゲームをしていた悠太のところに、美来がやってきました。
「ゆうた、おてがみかきなおしたい」
「えっ!?」
悠太はびっくりしてゲーム画面から目を離して美来を見ました。
美来の手にはまっさらな紙とクレヨンがありました。
「い、いきなりどうしたの?」
聞けば、美来はサンタさんにお願いする物を変えたいとのことでした。
どうやら赤いヒーローの車ではなく、ピンクのヒロインが乗っている車の方が欲しくなってしまったようなのです。
「そ、そんな急に変えたらサンタさんも困るんじゃないかなー」
「サンタさんはすごいからだいじょうぶだもん」
相変わらず美来のサンタさんへの信頼が厚すぎて悠太は困りました。
なんといってももう美来のプレゼントは購入済みなのです。今さら欲しい物を変更されては大変です。
悠太は大慌てで母親の元へと走りました。
その日からクリスマス当日まで、悠太の家では赤い車を褒めたたえる日々が始まりました。
悠太は録画してあった戦隊モノの番組を美来と一緒に見ながら、しきりに「やっぱレッドの車が一番カッコいいなー」と褒めました。
すると「なら、ゆうたはれっどのくるまをサンタさんにおねがいすれば?」と美来に返されて慌てる羽目になりました。
それでもめげずに悠太は美来に赤い車を薦めます。
赤い車だけではなく、戦隊モノの赤いヒーローがリーダーとしてどれだけ素晴らしいかも力説します。たぶん美来は半分以上理解できていなかったことでしょう。
悠太だけではありません。父親も母親も、なにかにつけて赤い車を褒めました。
テレビに赤い車のCMが流れれば、
「やっぱり車は赤いのが一番カッコいいな!」
「そうねー」
とわざとらしい会話まで繰り広げられる始末です。ちなみに悠太の家の車は白のセダンです。
とにかく、それだけみんな必死でした。
そんな説得の甲斐あってか、クリスマスの前日になってようやく美来は「やっぱりあかいのにするー」と悠太に告げました。
その一言で家族みんなが胸を撫でおろしたのは言うまでもありません。
そしてクリスマス当日。
サンタさんに貰った赤い車のおもちゃで楽しそうに遊んでいる美来を見て、悠太は「サンタさんって大変なんだなぁ」としみじみ思いました。
こんなに苦労するならさっさと美来にサンタさんの正体を教えてしまおうかとも考えましたが、自分がサンタの正体を知ってショックを受けたことを思い出してやめました。
その日の夜、悠太が居間を通りかかると美来に声を掛けられました。
「ゆうた、ひらがなおしえて」
なんでも、サンタさんへのお礼のお手紙を書きたいのだそうです。
サンタへのお礼の手紙など悠太にとっては前代未聞な話でしたが、美来のその気持ちは大切にしてあげたいと悠太は思いました。
「よし、兄ちゃんにまかせろ」
きっと来年のクリスマスまでには美来もひらがなが書けるようになっていることでしょう。
悠太は美来の隣に座って「ありがとう」の書き方を教えてあげたのでした。
サンタさんへのお手紙 SDN @S-D-N
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