第21話


「本当にここが、世界的に有名だったっていうブランシュ流の総本山なんですか……?」


「なんというか、時の流れの無情さを感じますわねえ……わたくしたちの世代はあまりピンと来ないというのが正直なところですけれど」


「すっごい寂れてる」


「ニアモ、そういう事は思っても口に出しちゃダメだよ……」


「壁がボロボロな上、汚れがそこかしこに目立ちます。おまけに鋭利な刃物で切りつけたような傷がいたるところにある事から、オディオ・ブランシュが腹いせに暴れたものと判断します」


 以上がオディオ・ブランシュ率いるブランシュ流総本山の現状を目の当たりにしたレオン少年たちとおまけでラヴィナちゃんの感想である。

 他人にはこれっぽっちも興味がないニアモを除き、若人二人はいい子ちゃんなので遠回しな表現を用いているが、ラヴィナちゃんの言った通り、この道場無駄にでかい割に建物自体ボロボロなのである。


 歴史を知らぬおバカさんが見れば、ここがかつては栄華を極めていたなどとはとてもではないが信じられないだろう。


 あ、今一緒に居るのは兄者とミリアとレオン少年、そしてネメハくんとニアモ、最後にラヴィナちゃんの六人だけだ。

 あんまり大勢引き連れても無駄に刺激するだけだから、他のティアナガードの面々にはいつでも動けるように言付けた上で待機を命じてある。


「ふん。当代のオディオ・ブランシュ……人呼んで“黄昏のオディオ”は、俺のティアナが作ったコア・ナイトに適合できなかった落ちこぼれだ。こうなるのも当然だろう」


「言い方は悪いですが、マクシミリアンの言う通りです。時代についていけなかった彼は瞬く間にその名声を失い、総本山たる目の前の道場ですらも維持が難しくなってしまう程に門下生を減らしました。いやらしい話ですが、お金が無ければこれほど大きな建造物を維持するのは不可能に近いですからね」


「さて、そんな寂れた道場の主はさぞかし私を恨んでいるだろうな。中に足を踏み入れた途端襲われるかもしれん、君たちしっかりと護衛してくれたまえよ」 


「「はいっ!」」


「元よりお母様の護衛はラヴィナの最重要任務に位置付けられています。しかし早速出番が来そうなのでワクワクです。ふんすふんす」


 当たり前だが、この場所を訪れるにあたってレオン少年たちにはブランシュ流の歴史とオディオ・ブランシュの事情を予め教えてある。

 何せ、今ではエリート校の授業ですらもブランシュ流についてはサラリとしか触れてくれないからな。全く分からない、とまではいかずとも、やはりレオン少年とネメハくんはあまりブランシュ流には詳しくなかった。


「それにしても、コア・ナイトの操縦が出来ないってどういう事なんだろう……」


「息を吐くように諳んじる事も朝飯前な君たちには理解できないだろうが、件のオディオという男はとにかくモノを覚えるのが苦手でな。コア・ナイトを起動させるために必要不可欠なコードを暗記する、という事がどうしてもできんらしい」


「えぇ……それはちょっと、想像できないですね……」


「それ、本人の前では言ってやるなよ。ブチギレて襲いかかってくるぞ」


「き、気をつけます。たしかに失礼ですよね……ダメだな、僕」


「アイ・コピー。レオンさんはダメ人間なのですね。ラヴィナ、了解しました」


「死体蹴りはやめて!?」


 本来戦うべきではない民間人が勝手に乗り込んで操縦する事を防ぐため、コア・ナイトを起動するにはそれぞれに対応する型番とパスワードを唱える必要がある。

 ちなみに、国際大会の時にレオン少年がエンドウルゴスを動かせたのは、元々中にいた私がコードを解放して操縦可能にしておいたからだゾ。少年自身は気付いていないようだがね。


 この型番とパスワードを組み合わせた起動コードの暗記という単純な作業がこなせないからこそ、今の時代のオディオ・ブランシュは落ちこぼれなのだ。

 なんたってノエストラ王国の脳筋連中ですら当たり前にできてしまう事なのだから。

 それだけでなく、奴はレーダーやサーモメーターといったちょっとした機器の見方すらも分からない程筋金入りの機械オンチだ。何度説明してもダメなのだから恐れ入る。


 どんな野生児だ、と思うだろう。

 ところがどっこい、外からただ眺める分にはそこまで頭は悪くなさそうに見えるのが困りものでな。

 そのギャップが元門下生や世間の人々の侮蔑に繋がったのだろう。


 ま、おバカが背伸びして周りに対し賢いように見せかけていたのが、ひょんなことから化けの皮が剥がれたが故の結末なので自業自得だ、というのが私の見解なのだが。


「……今までコア・ナイトというのは世に平和を齎す正義の刃だ、とばかり思っていたっていうのが正直なところだったんですけど、現実にはこうしてそのせいで不幸になった人も居るんですね……」


「下らん。所詮この世は弱肉強食。時代の変化についていけなかったオディオのバカが悪いんだ。中途半端な同情などしてみても、それこそ不幸にしかならんぞ、お互いにな」


「マクシミリアン教官……」


「まあ、私たちはこれからそのオディオさんの説得に向かうわけですから、レオンくんのように相手を慮るのはそう悪い事ではありませんけどね。下手な同情は却って侮られていると受け取られてしまいかねませんよ」


「うっ、ミリア師匠まで……うぅ、僕が軟弱すぎるのかなぁ……?」


「二人とも、あまりレオンをいじめないで、ください。おいで、レオン」


「……小僧は犬か?」


「ニアモの気持ちは嬉しいけど、皆の前で喜び勇んで君の胸に飛び込む程の度胸は僕には無いかなぁ……」


「そう言いつつニアモおねえちゃんのおっぱいをガン見するレオンさんなのでした。とラヴィナはお母様とおねえちゃんに報告します。これがチクリというやつですね」


「ほう……」


「レオンのえっち」


「最低ですわね」


「さっきからラヴィナちゃんはどうしてやたらと僕に冷たいの!? もしかして嫌われてる!?」


 なんかレオン少年がセンチメンタっておられる。

 おあいにくさま、兄者とミリアにぶった切られ、挙句にラヴィナから追撃を食らい瀕死になっているが。

 というかニアモはお前、隙あらばレオン少年からの好感度を稼ごうとするな。自分はせいぜいペットぐらいにしか思っていないくせに。

 小僧は犬か、という兄者のツッコミは実に的を射ている。


「というか貴様、俺のティアナが生み出したコア・ナイトに対して文句を言うのか? なかなかいい度胸をしているじゃないか、この俺の前で」


「まったくだ、兄者。私の乙女心はズタズタだぞ、どうしてくれる」


「よし、レオンくん。オディオさんと会う前にボコ……鍛えてあげましょう。いますぐ、ここで」


「出しゃばるなミリア。ティアナを悲しませる愚か者は全て俺の敵だ。そこになおれ小僧、成敗してくれる」


「お母様イズジャスティスなのです。お母様の娘として、ラヴィナはレオンさんをシバかなければなりません」


「ごめんなさいゆるしてください僕が間違ってました」


「……ユークトリアの……学習しないおバカさんですわねえ……」


 わざとらしい私の泣き真似を見て目の色を変えた兄者とミリア、そしてラヴィナちゃんが今にもレオン少年に飛びかかりそうになっている。ちなみにラヴィナちゃんは物理的に瞳の色が通常の青から攻撃用の赤へと変わっている。

 ひぃ、と情けない声を上げながら土下座するレオン少年と、呆れながらそれを眺めるネメハ。そして、助ける気ゼロなニアモ。見捨てるのが早すぎなんだよなぁ。


 ま、茶番はこんなもんでよかろう。


「さて、そろそろ緊張も余計な悩みも吹き飛んだかね? いい加減ぞろぞろ並んで寂れた道場を眺めるのは終わりにして、中に入ろうじゃないか」


「ああ、そうしよう。ティアナの素晴らしい気配りに感謝しろよ、小僧」


「博士……もしかして、僕のために……?」


「やれやれ、今頃気付いたのか? とラヴィナはマクシミリアンおじちゃんの声真似をしつつレオンさんをバカにします」


「ラヴィナちゃんやっぱり僕のこと嫌いだよね!?」


「いいぞラヴィナ、もっと言ってやれ」


「はい、おじちゃん」


 ……少しラヴィナの調整をミスったか?

 あの子に感情があるわけではなく、ただ単に膨大な会話データをインプットして、そこから私の娘らしく見える言葉を自動で抜き出して声に乗せて出力しているだけなのだが、少々レオン少年に対して当たりが強すぎる気がする。


 ……ま、いっか。

 どうせレオン少年だしな。


「ティアナ。マクシミリアンは少しばかりラヴィナさんの教育に悪い気がするのですが」


「別に構わんさ。君がいればどうとでもなるだろう、聖女様?」


「……まったく、貴女は……。そこまで言われたら、頑張るしかないじゃないですか。本当に人を乗せるのが上手いんですから」


「ふっ、なんの事やら」


 とりあえずこの場での仕込みはこんなものでよかろうな。

 そろそろ本当に行くとしようか。



 ──そして道場に足を踏み入れると、立ち入りを拒むような強い殺気が我々、というか私を襲った。


 そらそうだ。

 何せオディオの奴にしてみれば、私こそが奴の凋落の原因なのだからな。

 今更どの面下げて来やがったんだメェーン? という事だろう。



「──やれやれ、こうまで拒絶されるか」


「ちっ、あの筋肉バカが……ティアナ、これでも本当にオディオの奴を仲間に引き入れるのかい?」


「まあ、曲がりなりにも七星天の一角だからな。今の世界情勢からして、使わん手は無いだろう。万が一にもナイトメアに拾われでもすれば面倒だし。兄者とラヴィナは私の傍で護衛を、ミリアはレオン少年たちと共に前に出て迎撃の用意を頼む。とりあえず頭に血が上っているだろうオディオの奴を一度冷静にさせなければどうにもならん」


「ああ、お兄ちゃんに任せてくれ」


「はい、お母様」


「わかりました。準備はいいですね、レオンくん、ネメハさん、ニアモさん」


「すごい殺気だ……でも、動けます!」


「やっぱり博士を恨んでいますのね、オディオ様とやらは……気持ちはわからなくもないですが、逆恨みですわよまったく!」


「ん。準備万端」


 私がいる以上、その気になればいつでもコア・ナイトを呼び寄せる事が可能だが、少なくとも今現在は全員が生身だ。誰一人として乗り付けてきた者はいない。

 一応目的は黄昏のオディオを説得して仲間にする事なので、奴を無駄に刺激する事は避けるべきだからな。

 ただでさえ、私が来たというだけでこれ程強く拒んでくるのだから、これ以上下手な真似はできんという事は猿でも分かる。



 そして──。



「──落ちぶれた儂を笑いにでも来たか? 早々に立ち去れ、最早老骨が立つ時代は終わったのだ。儂はそれを貴様に思い知らされたのだから」



 殊勝な言葉とは裏腹に、誰がどう見ても殺る気満々なフル武装の武人、オディオ・ブランシュが姿を現した。


 尚、自分で老骨とか言っているが、奴はまだ五十歳。この世界の基準で言えば全然現役バリバリで働ける年齢である。

 まあ、儂は時代遅れらしいからもう働かんぞ、という軽い自虐ネタなのだろう。

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パーガトリー・リボルヴ 初音MkIII @ouga1992

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