第20話
ごきげんよう、諸君。
各国へ供与する機体の手続きがようやっと終わって疲労困憊なティアナちゃんだゾ。
今回の私はひと仕事終えて早々、世界連盟の本拠地である空中戦艦マザーティアナを離れ、テレブラント帝国の東部に位置するカレンシュレンという街にやって来ている。
もちろんレオン少年たちや聖女を含めたティアナガードの面々も一緒である。護衛なのだから当たり前だが。
ついでに言うと、帝国から世界連盟へ出向して来たという体で兄者も同道している。実際のところ、帝国議会──テレブラント帝国は一般的な世襲君主制だが、上院と下院の議会により政治が執り行われる形式も採用している特殊な国なのだ──の老人どもや皇帝はしっかり洗脳してあるので、帝国の切り札である兄者だろうが好きに動かせたりする。
ま、肝心の老人どもにも皇帝にも、私に洗脳されているという自覚は無いがね。奴らは全員自分の意思で私に手を貸していると思い込み、なんなら私を利用しているつもりでありながらその実私に利用されているというわけだよ。滑稽な連中だ。
それはともかく。
上質な鉱山を持ち、それに惹かれた多くの職人たちで賑わうこのカレンシュレンという街には、兄者や聖女ミリアと同じ七星天の一人でありながらも、コア・ナイトという新時代の兵器に適合できなかった時代遅れの武人が道場を構えている。
このまま放っておけば時代の流れに取り残され、人々に忘れ去られたままこの世を去ることになるその男を、再び表舞台へと引き上げる事が今回の目的だ。
そのための特別なインターフェースもきちんと用意してある。
紹介しよう。
私がヨナベしてコツコツと作り上げた人造人間、ラヴィナちゃんだ。
「初めまして、皆様。ラヴィナです。まだ生まれたばかりの赤ん坊ですが、お役に立てるようにがんばります」
「「…………」」
いよいよ道場が遠目に見えてきたから今回のターゲットを勧誘するための秘策を披露したのだが、何故だか皆の反応が悪い。
ちなみにだが、この子の存在を知っていたのは永遠の助手であるモティエールくんただ一人である。レオン少年たちどころか、国賓級のVIPであるミリアや、世界連盟の兵たちを虐め抜く鬼教官と化していた兄者にすらも一切教えていない。
ははーん、だからだな?
「……ティアナ、この子は誰だい?」
「耳が腐ったのか兄者。私が作った自慢の娘だと言ったろう」
「お母様の言う通りです、マクシミリアンおじちゃん。ラヴィナはお母様の自慢の娘です」
「いつの間にこんなに大きな子供ができていたのですか!? というか父親は誰です!」
「む、むむむ、むす、娘だと? そういうのはせめてお兄ちゃんに一言断ってからだな……!」
「えっ、博士の娘? えっ!? 妊娠している素振りなんて全然見せなかったしそもそもお腹だって……!」
「あわわあわあわ、慌てるんじゃありませんわユークトリアの!」
「私、ニアモ。よろしく、ラヴィナ。おねえちゃんって呼んで?」
「はい。ニアモおねえちゃん」
「ん。カワイイ」
うーむなんとも愉快な連中だ。
ラヴィナの外見は完璧に生身の人間の幼女だから無理もないが、そもそもこの私の身体が生身のそれではないという事を失念しているとみえる。
よし、ラヴィナ。あれを出せぃ。
「「ドッキリ大成功」」
この後めちゃくちゃ説明した。
◆
「な、なるほど。そういう事か……まったく心臓に悪い。てっきり俺のかわいい妹がどこぞの馬の骨に垂らしこまれたのかと……」
「まったくです……次があったら、今度はきちんと事前に説明してくださいね?」
「君たちは驚きすぎなのだよ。兄者もミリアもいい加減私離れしたらどうだね」
心底安心した様子の兄者とミリアに呆れ、ジト目で二人を睨む私を他所に、件の金髪人造幼女ラヴィナはちゃっかりニアモと手を繋いで情報の共有を行っている。
いくら生身の人間に見えても、ラヴィナの中身は霊子的、かつ電子的に制御された精密機械の集合体だ。私が許可を出さなければ絶対に情報を漏らす事は有り得ないので、都合のいい駒とするべく、首領やニアモたち世界中に散らばるティアナちゃんズの事も教えておいたのだ。
それらから察してもらえるかと思うが、ラヴィナはああ見えて相当ハイスペックに仕上げてある。
あっちの方で美少女と美幼女の尊い組み合わせに悶えているレオン少年の十倍程度の魔力量しか無いが、本来ならばコア・ナイトの操作がうまくこなせない機械オンチの武人をサポートして一流のパイロットへと仕立て上げる事だけでなく、それと並行してレオン少年をサポートして私の代役となる事もできる。
まあレオン少年の方はそのうち私やラヴィナという補助輪無しでも兄者と互角に戦えるぐらいにはなってもらわないと困るが。
「つまり、あの子のサポートがあれば向こうに見える道場の主のような信じられん程の機械オンチでも、一端のパイロットになる事ができるというわけだよ。あの男、ノエストラ王国の脳筋連中ですらも理解できた事が理解できないというのだから驚きだな」
「にわかには信じ難いが、俺のティアナが言うのだから間違いは無いだろう。これであの筋肉バカも使えればいいのだが」
「事実であると証明できれば喜んで力を貸してくれるでしょう。時代の流れに取り残された事で多少卑屈になっているとは聞きますが、彼の戦いへの渇望自体は今も変わらないはずですから」
「私が生み出したコア・ナイトという兵器を使って、大半の魔物が駆逐された今の世界では尚更だろうな。奴の渇望は格下との手合わせごときではとても埋められんはずだ」
「確かにな。生き残った魔物たちを取りまとめる“魔王”なる者が存在するという話を聞いた事もあるが、少なくともここまで戦火が及ぶ事は無いだろう」
無論、こうなる事を見越してコア・ナイトの起動手順を多少煩雑化していたのだ。とは言ってもそれなりの頭があれば問題なく覚えられる程度のものなのだが、それなりの頭すら持ち合わせていないバカが一定数いるというのが現実なのだよ。
戦いを好む者から戦いを奪い、相対的に個人戦力としての価値を落とす事で戦争にも参加させない。そうして飢えたタイミングで餌を与えれば容易くこちらに靡くわけだ。バカというのは操りやすくて助かる。
ついでに、だが。
兄者が今サラッと触れた“魔王”に関してだが、人里から離れた辺境の地にて実在しており、後々の戦いに関わってくる。
あれも、利用価値があるので生かしておいたのだ。そのうち役に立ってもらうさ。
魔王と言っても精々が生身の兄者と互角に戦える程度の戦闘力しかないから、この私や首領に牙を剥いたとしても一瞬で処理できてしまう存在でしかない。
ま、表向きの人類最高戦力である兄者と互角というだけで、本来なら十分後世に語り継がれるだけの資格は持っていると言えるのだろうが。私と同じ時代に生まれた事を後悔してもらうしかないな。
それに、あくまで生身の兄者と互角、というだけだ。それならば、兄者がデウス・ゼロを持ち出せばまず負けはない。
魔王など所詮時代遅れの化石でしかないという事だな。
……随分と話が逸れたが、本題に戻ろう。
先程少し触れた通り、向こうに見える道場はこの街が誇る七星天の一人、“黄昏のオディオ”ことオディオ・ブランシュが開いた「ブランシュ流」という武術流派の総本山だ。
ちなみに、帝国の領土となったのは僅か十年前の事である。
大昔から凶悪な魔物の脅威に晒され続けてきたこの世界の人類間では武術の研究が盛んに行われていて、その中でも件のブランシュ流は十代以上続く名門で、世界中に存在する武術流派の中でも特に有名かつ強力な三大流派の一つに数えられている。
その頂点に立つ宗家たる者は始祖であるオディオ・ブランシュの名を代々受け継ぎ、現在に至るまでその命脈を繋いできた。
ちなみに今のオディオ・ブランシュは十八代目である。
が、しかし。
稀代の大天才たる私の登場によって、世界中の剣士たちの憧れであった「オディオ・ブランシュ」の名声は地に落ちる事となる。
単に乗るだけなら訓練に一年もかからない上、機体にもよるが使いこなせばブランシュ流の宗家たるオディオをも圧倒する力を発揮する新兵器、コア・ナイトの出現。
早い話が、今は私の母国であるテレブラント帝国に総本山を構えているブランシュ流を踏み台にする事でコア・ナイトの有用性を広めさせてもらったのだ。無論、実証の舞台として使ったのは戦争だが。
要するにコア・ナイトを用いた私のデビュー戦がこの街、カレンシュレンの攻略だったのである。
私が生まれる前から名声を欲しいままにしていたブランシュ流の総本山を擁する街を攻めるとあって、当時はかなり難色を示されたものだ。小国だった頃のテレブラントにも、当然ブランシュ流の道場は多数存在していたからな。
ま、それはさておき。
この世界では揺るぎない“強さ”の象徴であったはずの十八代目オディオ・ブランシュの呆気ない敗北と、華々しい戦果を挙げるコア・ナイトという新兵器の登場。
よほどのバカでもない限り、時代が変わる事を予想し、実感できないわけがない。
更に、なんと世界最強の座にも手が届くと謳われた当代のオディオ・ブランシュは、ところが時代を変える新兵器を扱う事ができなかった。
結果、ほんの少し前まではブランシュ流を修めてこその帝国人、とまで称えられていたはずのブランシュ流はみるみるうちに廃れ、帝国中どころか、世界中にあったはずの道場も次々に閉鎖。
もはや三大流派とは名ばかりで、かつては栄華を極めたブランシュ流を忘れかけている者の方が多い事だろう。他の二つの流派の宗家はきちんとコア・ナイトに適応できているだけに尚更な。
ちなみに、三大流派の残り二つはそれぞれ兄者とミリアが今の宗家にあたる。
相手の攻撃を受け流す事に長け、要人を守る近衛兵によく好まれる“クロガネ流”のマクシミリアン・エンクラッド。つまり兄者。
見た目は優雅なので貴族も道楽で修めている者が多い。
武術、というにはあまりにも異様な、しかし現在では最も使い手が多い歴史の浅い新興流派、“アストロ流”のミリア・アーカード。つまり聖女。
武器を振るう事よりも身体の使い方に重点を置いたこの流派は、その実コア・ナイトを操るのに最も適したものとして私がこっそり手を回して繁栄させた。
レオン少年やネメハ、ニアモなんかもこの流派を修めている。というか今の若い貴族はほとんどがアストロ流の門下生である。
聖女の名声にも大きく関わっており、コア・ナイトがますます活躍していくこれからの時代においてどんどん成長する事間違いなしの注目株だ。
はてさて、自分の代で見る影もなく没落したブランシュ流の宗家たる黄昏のオディオ殿は、果たして自分とは違いきっちりと新時代に適応し功績を積み重ねている兄者やミリアを見てどう思うかな。
……ま、答えるまでもないだろう。
かつては世界中に名を馳せた偉人といえど人の子には違いない。
嫉妬もするし八つ当たりもする。もちろん憎む事だってあるだろう。
少し、楽しみだ。
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