第19話


 ごきげんよう、諸君。

 珍しくロード・ナイトメアを離れて、人里離れた辺鄙な山奥に佇むとある孤児院を訪れている首領ドン・ナイトメアだ。


 ここを営んでいる者たちは全て私の駒であり、しかして表向きは慈愛に溢れた善人として振る舞わせている。いくら人里離れた山奥とは言っても、訪問者が全く無いわけではないのだ。

 戦災や野盗の襲撃などによって親を失った孤児たちを無料で引き取り、育てている事実と併せて、まさかこの孤児院が裏で我がナイトメアと繋がっているなどとは誰も思わんだろうな。


「これは閣下! わざわざ御足労頂き誠に申し訳ございません」

「構わんさ。まさか貴様が我が居城に足を運ぶ訳にもいくまい」

「はっ、恐れ入ります。おかげさまで万事順調でございます。子供たちもすくすくと育っておりますよ」

「それは結構」


 孤児院の敷地内に入る手前で私を待っていたこの男の名は、Dr.ガディウス。

 こいつにはこの施設の院長を任せてあり、例に漏れず部外者には善人中の善人として広く知られているし、何も知らない子供たちも随分と懐いているようだ。


 こいつと一緒に歩いているだけで、頭部をすっぽりと覆う仮面を被った怪しさ満点の黒ローブである私すらも他人からは好意的に見られる程だと言えば、この男の擬態の上手さが理解できるだろう。


 擬態。そう、擬態だ。


 聖人と呼ぶに相応しい人格者、などと認識されているこの男はその実、裏で子供たちを使った人体実験に手を染めている極悪人だったりするのだよ。

 しかし、子供たちもたまの訪問者もそれに気付く事はない。


 何せ、人体実験と言っても私のそれとは違って死人が出る程のものではないからな。



「さて、では報告を聞こう」

「はっ」


 子供たちが「勉強」に励んでいる間にガディウスの私室でもある院長室まで足を運び、普段は奴が使っているだろう貧相な木製の椅子に腰掛ける。

 普段は私のそばにいるフェルトちゃんを今回は連れて来ていないのは、このような貧相な椅子に座るとあの子が機嫌を悪くしてしまい面倒だからだ。


「閣下に施して頂いた魔法により、この孤児院を“卒業”していった者たちは予定通り何ら怪しまれる事なく全てが傭兵として活動する事に成功しております」

「ふむ。認識操作は問題なく働いているようだな。大変結構」

「ええ、まさに。そして、彼らのことごとくが短期間で高い戦果を挙げている事が注目され、当院は“奇跡の家”と呼ばれ始めているようです」

耐久性寿命の損耗は」

「問題ありませんな。削れていたとしても精々十年かそこらでしょう。その程度ならば特に怪しまれる程でもありません」

「そうか」


 この孤児院を設立するにあたって私は建物自体に魔法をかけた。

 その効果は、まぁざっくり言えば「中で暮らす未成年の人間が成長する速度を早める」ものだな。細かい調整をして、成人済みの人間には効果が無いようにしてあるからスタッフには何ら影響が無い。

 これによって、この孤児院で暮らす子供たちは瞬く間に大きくなり、例え小さな幼児であろうと三年もあれば成人と同程度の体格になり、卒業していく。

 加えてそれが怪しまれないようにと、スタッフ以外でこの施設に関わった者全てに認識操作を施し、疑問を抱かれないようにもしている。


 そして、その早すぎる成長を補って余りある効果を発揮しているのが、目の前にいるDr.ガディウスの人体実験だ。

 こいつが研究しているのは「手術を用いずに人体を改造する方法」であり、つまりは毎日の食事に特製の薬物を投与する事で、何も知らずにここで暮らす子供たちを改造しているのである。


 無論、そんなお薬を作るとあらば都合のいいモルモットが必要不可欠。

 更に言うなら完成品を投与する対象である子供たちと同年代の被検体が望ましいという事で、これまでに千人を軽く超える数の「病で急死した児童」が出ている。

 それどころか、突然子供たちがポンポン死んでいく事を怪しまれないようにと、わざわざ実験の対象外である大人たちまでをも巻き込み、街が一つ“不思議な流行病”によって死んだ。


 な? 私には負けるが、極悪人だろう?


 ま、こうして成果が出ている以上はどうでもいい話だがな。


 ちなみに、Dr.ガディウスの口からチラッと出た“傭兵”というのは、まぁ分かりやすく言えば金で依頼を請け負う何でも屋だ。

 野生の魔物がそこら中を闊歩していた一昔前までは主にそれらの討伐を請け負っていたんだが、コア・ナイトの登場後、各国が連携して実施した掃討作戦によって魔物が姿を消してからは、もっぱら野盗の相手をしている連中だな。

 アレだよ、諸君らが言うところの冒険者みたいなもんだ。


 傭兵の大半が庶民の出だから、幼少期よりビシバシ鍛えられてきたエリートである貴族、ひいてはコア・ナイト乗りにはてんで敵わない雑魚ばかり。戦争に使われる事もあるが、大抵が驚く程あっさり死ぬ。


 と、いうのが少し前までの傭兵という連中だった。


 しかし、Dr.ガディウスとその助手であるシスターたちによって鍛えられたこの孤児院出身の傭兵はワケが違う。

 何せ、毎食に紛れた薬物投与を受けている上に、この私が考えた育成プランに則って遊びに見せかけた修行を毎日こなしているのだからな。


 はっきり言って、そこらの貴族連中よりも余程鍛え抜かれたエリート揃いだ。

 しかもここに迎えられているのは孤児とはいえ、そのルーツを遡れば由緒ある大貴族に連なる血を持つ者ばかり。

 いくら出自を調べても素質が期待できない雑草に対しては、ガディウス自身が行っている調査で事前に弾き、孤児院に迎える前に不幸な事故で死んでもらっているのである。来る途中で運悪く野盗に襲われたりとかな。


 そんな子供たちを集めているのだから、デビューから間もなくして突出した成果を挙げる「卒業生」ばかりなのは当たり前だろう。


 さて、ここまで言えば諸君らには理解出来たのではないかと思う。この孤児院が何のためにこんな事をしているのかを、な。


「閣下、こちらの資料をご覧下さい」

「ふむ」

「当院の中でも頭一つ抜けた才能を見せている子でしてね。少々人見知りをする難点はございますが、そのポテンシャルを思えば目を瞑るべきかと」

「まあ、そうだな……」


 いつもニコニコと笑みを貼り付けているこの男にしては珍しく、自信ありげにドヤ顔を浮かべながら差し出した資料を見る。


 名は、レティス。十二歳、♀。

 本人は両親の顔も名前も知らないらしく、姓はない。

 曰く相当苦労して調べ上げた結果、二百年ほど前に滅亡したティグレイティアという国の王族の血を引いているらしい。

 そこから付けるとするなら、フルネームはレティス・ティグレイティア、といったところかな。


 なるほど、言うだけあって私の知識から見ても大した才能の持ち主だ。

 経験を積ませ、この子の素質を活かせる専用機を造ってやれば、フェルトちゃんの代わりにもなり得る。


 余談だが、Dr.ガディウスの薬物投与を受けている割に発育が悪く、周囲よりもちびっこい事を少し気にしているようだな。

 胸も無いし。一部の紳士は喜びそうだ。


「良かろう、連れて来たまえ」

「はっ! 我が自信作です、とくと御照覧あれ!!」


 そう言うと、Dr.ガディウスはウッキウキで部屋を出ていった。

 どうやら余程気に入っているらしい。


 手塩にかけて育てた実験体が死んでも「あっ、死んじゃいましたか。いやー残念残念」などとちっとも残念そうじゃない声色で宣うあの男にしては珍しいな。



 そして──。


「閣下、失礼します」

「入りたまえ」

「はっ! ほら、行くよ。レティ」

「う、うん……」



 誰が聞いても分かるほどに弾んだDr.ガディウスの声と、扉の向こうでオドオドしているのが手に取るように分かる気弱そうな声。


 人見知り、ねえ。

 ま、何とでもなるか……。


「……し、失礼……しましゅ……はぅ、かんじゃった……」

「やあ、初めまして。君がレティスちゃんだね? 院長から話は聞いているよ」

「は、はい。あの、あなたは……?」


 なるほど、本当にちっこいな。

 恐らく140も無いんじゃないか?


「この方はこの孤児院の出資者様でね。建物を建てて、私やシスターの皆を雇ってくれた御方なんだ。つまりは君や私たちの大恩人というわけだね」

「そ、そうなんですか……!? あ、え、えっと、ありがとう、ございますっ!」

「……ああ、どういたしまして。早速だが本題に入らせてもらおう。実は今回、そこにいるガディウス君から推薦があってね。卒業生も含めた全院生の中で最も優れた才能を持つ君を、私が引き取る事になったんだ」

「えっ……」


 控えめに言ってへんたいふしんしゃさん待ったなしな格好をしている私に怯え、足も声も震えまくりなレティスちゃんだったが、Dr.ガディウスから紹介されるや否や勢いよく頭を下げてきた。

 どうやらかなり優しい性格をしているようだな。素晴らしい事だ。


 しかし、「君を引き取りに来た」という突然の告白に目を白黒させており、忙しなく視線を彷徨わせている。


 えっ、本当に? とでもDr.ガディウスに聞きたそうな顔をしているな。

 すかさず、それを察した彼が頷く。


「本当だよ。君の才能を腐らせておくのはもったいないからね。少しばかり苦労をさせてしまうだろうが、許しておくれ」

「先生……えっと、もしかして、今すぐ……ですか……?」

「察しがいいな。その通りだよ」

「………………」


 まあ彼女からしたらあまりにも突然すぎて困惑するのも無理はない。

 無理はないが、そんなものは私の知った事ではない。


 椅子から立ち上がり、ゆっくりとレティスの元へ近付く。


「……ッ!?」


 私から噴き出る暴力的なまでの凄まじい魔力に怖気付いたのだろう、一歩、二歩、とレティスが後退りしていく。


「ガディウス」

「……はっ!」


 ふとガディウスを見れば、普段は飄々としている奴までもが冷や汗を流しており、返事が少し遅れた。


「いや……こわい……こわい……ッ!」


 ──ガディウスが防音魔法を唱えた。




「あまり手間取らせるなよ。つい手が狂ってしまいそうになる」



 ガタガタ震えるレティスの頭に手を置き──。



「……あ、ああ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?」



 彼女の心を、ぐちゃぐちゃに掻き回した。

 ふむ、どうやらこの子の中ではDr.ガディウスを親として慕う心が最も大きいらしい。


 とりあえずこれを私への忠誠心に置き換えておこう。

 ああ、心配せずともしっかりガディウスを慕う心も他所から持ってきておくさ。

 この子は奴のお気に入りらしいからな。



 さて、では連れて帰ろうか。


「ガディウス、ご苦労だった。次も期待しているよ」

「は、はっ!! ありがとうございます!」



 とりあえず専用機を造ってやるのはいいとして、当面の間はゼイブルートあたりを使わせて経験を積ませなければな。


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