第18話



 ごきげんよう、諸君。

 殺る気満々な兄者&ミリアの二人を相手に余裕を持ってあしらっているかのように見えて、案外内心では割といっぱいいっぱいなネームレスちゃんだぞ。


 こいつらを含めたオリジナル・セブンはそう遠くない将来この星にやってくるはずの宇宙人どもを駆逐するための大切な戦力であるため、現時点で邪魔になるからと倒してしまうわけにはいかないからな。

 こちらがやられてしまわぬように注意しつつ、いい感じの塩梅で切り上げるとなると些か骨が折れるというのが正直なところである。


 色んな意味でやりたい放題している私だが、そんな私だからこそ私以外の存在にこの星を蹂躙されるのは我慢ならない。この星の生命を弄んでいいのはこの宇宙で唯一、この私だけであるべきなのだ。



『ネームレス。ソルロワールとゼイブルート隊は無事にこちらの方で回収しました。時間稼ぎはもう十分ですので、適当な所で戦いを打ち切って帰還してください』


「ういっす~☆ りょーかーい」


『……その緩い返事はどうにかならないのですか?』


「なりませんねえ。文句なら私をこういう性格にいじった首領に言ってくださいよ」


『はぁ……もういいです。では』



 ありゃりゃ、フェルトちゃんに通信を切られちった。

 どうにも生真面目な彼女とこの私は馬が合わないが、それを狙って演じているので是非も無しといったところだな。

 負けず嫌いなフェルトちゃんの事だ、今回の戦いを見て自分を鍛え直そうと奮起するはず。

 ネームレスにだけは負けたくない、と思わせる事こそが肝要なのだよ。


 首領の「一番」は自分だ、というのが常に彼女の根底にはあるからな。それを利用して戦力を増強するわけだ。



『マクシミリアン』


『ちっ、分かっている。敵の下っ端どもはロストしたか……』


『ここで雌雄を決するつもりは無い、ということでしょう』


『そのようだな。舐められたものだ』


「アッハッハ、私一人に手間取っているくせに舐めるもクソも無いんですよねえ。あなた方もティアナも、私たちが本気になればいつでも潰せるんだゾ☆」


『『この野郎……』』



 私からの煽りにイラァ……っとする兄者とミリア。

 しかし実際問題、手間取っているのは事実なので言い返す事もできないというね。


 さて、煽ったはいいけどこれからどうしましょうかね。



 とりあえず上空に逃げてみるか。



「サラダバー!」


『逃がしません!!』


『貴様は大人しくここで骸を晒して逝け!』



 しかし回り込まれてしまった!


 いやまぁそう来るわな。

 転移して逃げようにも、アレは発動までしばらくじっとしていなければいけないので戦闘中は使えない。遥か遠方に逃げる時は、だがね。ショートワープならばタイムラグも無いがこいつら相手では大した意味を成さないだろう。


 兄者がちらっと触れていたが、転移魔法は発動時に特有の波動を発するため、この二人ほどの魔法の達人であればそれを瞬時に解析して転移先を割り出す程度は容易くできてしまう。

 遠方に逃げる場合は首領が解析を妨害して転移先を誤魔化してくれるが、ショートワープだとさすがに間に合わんのだ。


 つまり距離を取ろうとしてシュンっと少しだけ転移した瞬間、ショートワープ読み必殺ぶっぱ余裕でした、なんて事も普通に有り得る。相手は死ぬ。まあ私は死なんけど実際コワイ。


 なのでこの世界でも殿しんがり役は非常に危険だ。

 戦場にポツンと取り残されて、その上撤退する手段が限られてしまうからな。



「しっつこいぞぉ!!」



 カオス・レクイエムの真っ黒いボディに生えた真っ黒い翼から大量の光線を放ち、二人を牽制してみる。



『はっ!! 行きなさい、マクシミリアン!』


『命令するなと言っている! だがよくやった!!』


「ぬぅ」



 しかしそれはミリアが駆るアイン・ソフ・オウルの聖剣を振るう事によってかき消され、それによって生じた空白を縫うように兄者が突撃してきた。

 殺意が高すぎるんだよなぁ!


「ふっ」


『はぁっ!!』


「せいっ」


『ぬんっ!』



 いよいよもって目と鼻の先に到達した兄者のデウス・ゼロと私のカオス・レクイエムが遥か空の彼方で幾度も激突し、お互いのブレードがかなり際どい所をかすめ、ブレードとブレードがぶつかる。



『許さん……ナイトメアは、皆殺しだァ!』


「おっかないんですよォお兄さァん!!」


『貴様の全てを消し潰すッ!!』



 あっこれは来ますねアレが。

 だが、今がチャンス!!



『“アニマ”ァ!!』


「ぐわー」



 棒読みで食らったフリをしておく。

 ただこの位置にいるままだとフリじゃなく普通に食らってしまうので、またまたちょちょっと因果律を操作して「ここに私がいなかった」事にする。


 こっそり、こっそーり……。



『……やりましたか?』


『いや……手応えが無い。あの顔無し野郎、また消えやがった』


『反応はありませんが……』


『逃げられたか……?』



 唸れ私のステルスちから

 大丈夫、バレテナーイ……バレテナーイ……。


 今のうちに首領にお頼み申す。




『見つけたッ!!』


「ギクゥ!」



 ギクゥ!!



『転移魔法……逃がすか!! ミリア!』


『“聖剣解放”ッ!!』



 必殺技の連発は卑怯だぞぅ!!

 首領急いでー!



 アイン・ソフ・オウルの聖剣から放たれる光が天を衝く勢いで伸び、そしてミリアがそれを振り下ろす。

 転移魔法の起動中に下手に動くと“バラけて”しまうので不動の姿勢を余儀なくされる私。


 やべーい!



 あっ聖剣が目と鼻の先に──。



「あばよぉとっつぁん!!」



 ──しかし間一髪で間に合った。

 食らったところですぐに落とされる程このカオス・レクイエムは柔ではないが、修理する手間を考えるとやはり無駄なダメージは避けたいので良かったよ。





   ◆





 転移した先はもちろんナイトメアの移動する本拠地である巨大空中戦艦、ロード・ナイトメアのコア・ナイトハンガー。

 なかなかハラハラさせられた私は、思わずホッと胸を撫で下ろした。



「けっこうあぶなかった」


『ご苦労、ネームレス。予定より頭が悪くなっているように見受けられたが、調整不足か?』


「ひでぇ」


『因果律操作で“この船にいた”事にすればよかっただけだろうが。その程度の事にも気付かんとはな』


「あっ」



 帰還して早々首領にディスられた私だが、なるほど。

 言われてみれば確かにその通りである。


 しかし、しかしね。

 いかんせん因果律に関しては首領やティアナ博士の方に知識を持っていかれているのでこの私は不慣れなのだ、と声を大にして主張させていただきたい。



『やはり調整不足か。とっととラボに来い、メンテナンスを実施する必要がある』


「えぇ……後じゃダメ?」


『ダメだ。全く、私のくせに何故こんなに緩いのか……』


「かしこさを首領たちに取られているせいじゃないかな」


『やかましい』



 当たり前だがこれは首領と私の間でのみ通じる秘匿回線であり、盗聴などの心配はない。

 ま、盗聴されたとしても何の話だかいまいちわからんだろうがね。


 ありえるとすれば、「ネームレスは首領のクローンなのか」という疑惑が浮上するぐらいだろう。その程度であれば痛くも痒くもない。実際そのようなものだし。


 それにしてもメンテナンスかぁ。

 私とて腐っても人間だし、好き好んで頭の中をいじられたくは無いんだけどなぁ。首領には人の心が分からない。



 とりあえずカオス・レクイエムのコクピットを開け、ぴょんと飛び降りてハンガーを後にする。

 ナンバーズのアンジェロやフェルトちゃんのインフィニティが並ぶ中で、オートメーション化されたメンテナンスシステムが起動し、カオス・レクイエムの機体チェックをしている様がちらりと見えた。



 クソ広いロード・ナイトメアの艦内を歩き、ひっそりと存在する生体認証式の隠し通路を開き、進む。

 ここを通っていけば普段首領がいる艦橋や、主にクローン兵を生産しているラボへとショートカットできるのだ。



 そして──。



「遅いです、ネームレス」


「げっ、フェルトちゃん」


「げっ、とは何ですか失礼な。首領からの命により、あなたの脳内メンテナンスを実施する事となりました。さっさとコクーンへと入ってください。時間が惜しいので」


「あれ、しゅりょ……閣下は?」


「……次の任務に備えて仕込みをしてくる、と仰られていました。あなたならどういう意味か分かるでしょう」


「あー……」



 ラボで待ち構えていたのは首領ではなくフェルトちゃんでした。

 めちゃくちゃ嫌そうな顔をしているが、大事なメンテナンスを人任せにするのは私だって正直言って不安である。



 んー、次の仕込みか……。

 まぁ分からなくも無いけどね。


 計画通りなら確か、孤児院だったか?



 ついでに、今回の一件で「ティアナ率いる世界連盟によって送り込まれた兄者とミリアがナイトメアを撃退し、王国を悪の組織の魔の手から守り切った」という風に受け取られるように世論操作もしておく、はずだ。

 ノエストラ王国の王族であるミーナセリスが国を裏切りナイトメアに寝返った事に関しては、あまりにも不都合すぎる情報なので王国側の工作で揉み消され、「姫はナイトメアの襲撃によって義父であるマクダウェル公爵と共に命を落とした」という事にされる。


 国民に人気があったミーナセリスの死、という偽の情報が出回る事でノエストラ王国内では一気に打倒ナイトメアの気運が高まり、それまで渋っていたティアナ博士からの技術援助も快く受け入れ、戦力の大幅な増強が見込めるわけだ。



 ついでに王都を離れていたミーナセリスの婚約者にしてマクダウェル公爵の息子であるアレサンドロ・マクダウェルは復讐鬼と化し、鬼気迫る鍛錬によってその実力を大きく向上させるという筋書きだな。

 人の心が云々を完全に無視して効率のみを突き詰めた、いかにも首領らしいプランと言えるだろう。文句は無いけど。



「それではメンテナンスを開始します。手順については閣下に教えて頂いていますから安心してください」


「はーい……あばばばば!!」




 あーっ、脳が、震える……ッ!!

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